婚約は復讐です ~崖っぷち孤児から賢妃への逆転劇
ワイマークセル侯爵家はフォルテウス王国でも五本の指に入る大貴族だ。
しかし領地が辺境にあるせいか、代々当主はあまり社交に熱心でないことが知られている。
現在の当主シミオン殿も趣味人だしな。
もっとも侯爵が実力者であることは疑いない。
王立アカデミーで大変に優秀として知られるコトネ・ワイマークセル侯爵令嬢は、第一王子である僕クリフォードの婚約者候補ナンバーワンと一般に思われている。
コトネ嬢はアカデミーで僕の一学年下だ。
小柄で可愛らしい淑女だということは知ってるけど、学年が違うこともあってほぼ絡みがない。
娘を王族に嫁がせようとする考えが、ワイマークセル侯爵家にないからかもしれないな。
まあとにかく今日、王宮でコトネ嬢と顔合わせってことになったんだよ。
完璧な淑女の礼を披露するコトネ嬢。
「本日はお招きいただきありがとう存じます。コトネ・ワイマークセルにございます」
「言葉を崩してよ。君はあの孤児院のコトネなんだろう?」
「あれっ? バレてら。クリフォード殿下はやるなー」
「ハハッ、その方が僕も喋りやすいよ」
淑女の仮面の下から現れた人懐こい笑顔。
ああ、記憶にあるコトネと重なる。
ほぼ絡みがないはずなのにどういうことだって?
貴族令嬢になったコトネと話す機会がなかったってだけだよ。
実はもっと昔、コトネとは六年前に一度会ったことがあるんだ。
◇
――――――――――六年前。王都の聖教会運営の孤児院にて。
「ふうん、あんたはこの国の王子様なのか。あたしはコトネだよ。よろしくね」
僕も王族であるからには公務があるんだ。
といっても子供に何ができるわけでもなく。
今日は孤児院に慰問に来ていた。
慰問の辞書的な意味としては、何らかの原因で不幸な境遇にある人を見舞う、ということだそうで。
身寄りのない子供の集まる孤児院は、確かに慰問すべき場所なんだろうなあとは思った。
でもコトネや他の孤児達を見る限り、全然不幸そうには見えなくて。
ニコニコしていて活発そうで。
それよりも僕は王子として敬われることが常だったから、フレンドリーに接してくれるコトネがとても新鮮に映った。
また孤児院の大人も僕の従者も、それをダメなこととは考えてないみたい。
コトネって認められてる子なんだなあと思った。
「今日はあたしが王子の世話係を仰せつかってるんだ」
「そうなの?」
「院長先生が脅すんだよ。王子に失礼があると死刑になるかもしれないって。だからお上品な私が役を押しつけられちゃったわ」
「あはは!」
死刑になんかならないよ。
コトネは面白い子だなあ。
「孤児院ってもっと何と言うか、大人しい場所というイメージがあったんだけど」
親もいなくて寂しくて、将来を悲観してるものかと。
孤児院の人員も善意でやってるだけで、積極的に孤児と関わったりしないと思ってた。
「大人しくはないね。孤児院は戦場なの」
「戦場?」
「食べ物を奪い合う戦場だね。生存競争というものを感じられるよ。殿下も今日の食事に参加してみる?」
「ええと、いいのかな?」
食べ物が少ないなら、外部の者が御相伴に与るのは迷惑なのでは?
「構わない構わない。慰問とは食料を持ってきてくれることと引き換えに、あたし達の生活を見せたり参加させたりするアトラクションだと、孤児院の子達も理解してるから」
「えっ?」
確かに手土産としてたくさん食料を持参しているけど。
全く悲壮感の感じられない感想というか、実に独特な解釈だなあ。
ちなみにその後僕も孤児院の食事争奪戦に参加させてもらった。
でも全然太刀打ちできなかった。
孤児院の子達はすごく素早くて、あっという間に盛りつけてある料理がなくなるのにはビックリした。
「これ王子にあげる」
「ありがとう」
何も獲得できなかった僕に、コトネがそっとふかしイモをくれた。
孤児院で栽培してるやつだから皆食べ飽きててあんまり人気がないんだと、コトネが笑っていた。
何も味付けしてなかったけど、素朴な甘みがおいしいと思った。
そうコトネに伝えたら、王子は孤児院向きだねと笑われた。
「さて、王子はあたしに何を話してくれるかな?」
「えっ?」
「あたしは慰問に食料だけを期待してるわけじゃないんだ。孤児院ってのは狭い世界じゃん?」
「かもしれないね」
「孤児院のルールとか、せいぜい下町のルールくらいまでは知る機会があるんだけど、その他はなかなか」
「そう言えばこの孤児院には本が多いね」
事前の情報では、孤児院は食べるのに精一杯って話だったんだけど。
実際に来てみてもっとアクティブな場所だなと思った。
そして本がずらっと並んでいるのはかなり意外。
「本が多いのはあたしの提案でさ」
「コトネの?」
「まーあたし達も将来は孤児院を出ていかなきゃならんわけで。となるとそれまでにできるだけ知識なり技術なりを得て、使える人間にならなきゃいけないんだよ」
「つまり知識が欲しいから本を?」
「そーゆーことだね。幸いここは聖教会の孤児院だからさ。信者さんにいらない本を寄付してくれってお願いすると、結構集まるんだ」
自分で学ぼうとする意識がすごい。
コトネの考えなのか。
どうしてコトネが今日僕の世話係になったのか、ちょっと見えてきた気がする。
「孤児院の子達は皆字が読めるの?」
「孤児院にはいろんな人達が慰問に来るんで、外の話をたくさん聞くわけよ。そーするとどうしても読み書き計算が必要だと感じるね」
「うんうん、僕にもわかる」
「となれば院長先生を脅して教えてもらえばいいじゃん?」
「脅してって」
「孤児院長はいい人だとあたし達から司教様に言ってもらいたければ、読み書き計算を教えろって」
これ冗談なんだろうな?
でも何かをしてもらいたければ何かと交換という考え方に、僕はこの時初めて思い至った。
王族は命じればやってもらえると考えるものだから。
「孤児院にいる子達は、来るタイミングがバラバラじゃん? 生まれたばかりで捨てられた子もいれば、結構大きくなってからくる子もいる。でもとにかく読み書き計算は覚えろって、全員に号令かけてるね」
「コトネが号令かけてるのか。孤児院長でなくて」
「院長先生はあたし達を食わせるのが仕事で、教育までは義務じゃない気がするんだ」
「なるほど」
義務じゃないことまで求めるなら対価をということか。
考え方がシャープだ。
すごいのはコトネだと理解した。
「コトネはいつから孤児院にいるの?」
「生まれた時からだね。あたしは自分を生んでくれた父ちゃん母ちゃんのことは何も知らない」
「寂しいと思ったことはない?」
「ないな。寂しいとゆーのは、孤児院と無縁の感情だよ。皆きょうだいみたいなもんだから」
「そうか、そうだね」
「むしろ王族はどうなんだろ? 王子は本音で話せる人いる?」
ハッとさせられる。
本気で対等に話せる人なんていない。
コトネが初めてだ。
今日は本当に気付きが多いなあ。
「ま、いいや。王子が来てくれる機会はあんまりないからさ。お仕事について教えてちょうだい」
「お仕事について?」
「将来どんな仕事に就きたいかってことは、常に考えないといけないんだよね。具体的にゆーと、孤児院に置いてもらえるのは最長で一五歳までなんだ。それまでに就きたい職業で雇ってもらえるだけの、知識なり技術なりを持ってないといけないじゃん?」
「一五歳……。コトネは今何歳なの?」
「八歳だよ」
「僕より一つ下だね」
僕自分の仕事について真剣に考えたことなかったな。
でも孤児院の子は働くことを考えてるのか。
本当に意識が高い。
「ごめんね。今日の慰問も僕の仕事ではあるんだ。でもそのことについて深く考えたことがなかったよ」
「そーか、仕方ない。上のほうの人ほどたくさんのことを考えないといけないだろうしな」
「いや、あんまり考えてなかったんだ。僕は恥ずかしい」
まだ九歳という年齢に甘えてたのかもしれない。
でも僕より年下の孤児でも考えてることなのに、将来フォルテウス王国の王になる僕が疑問を覚えなかったということが情けない。
「んー? でも王子のお仕事について聞いても、孤児のあたし達の役には立たんかなとは思ってたよ。だからいいんだ」
「今度会う時までに、僕は絶対にもっと勉強しておく。コトネの質問に答えられるようになりたい」
「あはは、頑張ってね」
最後にコトネが笑ったのは、もう二度と会う機会はないと思っていたからだろう。
でも僕の意識を変える忘れられない日だったんだ。
◇
――――――――――再び現在。王宮にて。
「殿下が昔のあたしを覚えていたことにビックリ」
「あの日の孤児院の慰問は、僕にとって大きな意味のあることだったからね」
「ふーん?」
「そもそもどうしてコトネが僕の婚約者候補になったのか、そこのところから話してよ」
「話せば長いことながらって、そんなに長くないわ。クリフォード殿下が孤児院に来た日から一年後くらいだったかな? あたしワイマークセル侯爵家にもらわれて」
「いや、コトネがワイマークセル侯爵家に養子に入ったことはもちろん知ってるんだけど。どうして孤児が侯爵家にっていう疑問があるんだ」
「そこはあたしも完全には把握してない部分でさ」
首を捻るコトネは可愛いな。
もっともコトネの賢さや指導力は、身分が高いほど世のためになる気がする。
「義父ちゃんがおかしな人なんだ」
「ワイマークセル侯爵家の当主シミオン殿だね?」
「そうそう。自分に男の子しかいないから、女の子が欲しいって思っちゃったみたい」
「だから孤児を引き取ろうという考えになった?」
「みたいだね。別に孤児をもらおうなんて考えんでも、侯爵家の養女になりたい子なんて他の貴族家にたくさんいると思うんだ。ところが義父ちゃんは人付き合いが得意な人じゃないから、あんまり貴族の人脈がなくて」
ええっ?
コトネがワイマークセル侯爵家に引き取られたのは、とんでもない偶然に思える。
「もっとも義父ちゃんは敬虔な聖教徒ではあってさ。そっちの人間関係で教会運営の孤児院に注目したことはあるかも。生意気なあたしを追い出したい孤児院長の陰謀と合わさって、ワイマークセル侯爵家行けってことになったような気がする」
「陰謀って」
頭がよくて物怖じしないコトネならば間違いないと思われたんだろうな。
偶然は偶然なんだろうけど、決してまぐれではない。
コトネの積極性あってのことだろう。
「そこからはふつーだね。ワイマークセル侯爵家に来て、貴族っぽいこと教わって。普通じゃないことと言えば、お茶の淹れ方をメッチャ特訓させられたことくらい」
「お茶? 侍女の仕事じゃないの?」
「何か義父ちゃん、自分の娘が淹れたお茶は美味いみたいな幻想を持ってる人でさ。義父ちゃんのお茶淹れるのはあたしの任務だったわ」
「ふうん、面白いね」
「面白くないわ。ムダとまでは思わんけど、どうでもいい訓練させられた、余計な時間を現在進行形で使わされてるっていう思いが消えんわ。絶対に復讐してやる」
「えっ? 復讐?」
「あたしが殿下の婚約者になることだね。そーすると貴族間の勢力バランス的に、ワイマークセル侯爵家にコンタクトを取ろうとする人は必ず増える。義父ちゃんはやりたくもない社交に勤しまなければならなくなるわけよ」
いたずらっぽい顔を向けてくるコトネ。
ドキッとするなあ、ありがとう。
僕の婚約者になりたいという意思は受け取った。
独特で変則的な理由だったけど、僕への好意くらいはわかるよ。
だってコトネが、自分で嫌だと思う未来を望んで掴もうとするはずがないもの。
「コトネは王立アカデミーでも優秀な成績なんでしょ?」
「そーだね。まー成績がいいからどうしたとゆーわけじゃないんだけど、一種の権威を感じる人もいるみたいだね。成績がよくて損なことはなさそう」
「成績がいいから僕の婚約者に推されているんだと思うけど」
「ワイマークセル侯爵家の娘で可愛いってだけでは足りなかったか。まー教育をしっかり受けさせてもらえるのはありがたいね。お茶淹れ以外は」
アハハと笑い合う。
復讐なんて言ってたけど、シミオン殿には随分感謝しているみたいだな。
当たり前か。
しかしこれでコトネが僕の前に再び現れた理由はわかった。
全力少女だからだ。
自分で運命を手繰り寄せている。
「……僕に課せられた宿題だけど」
「宿題?」
「以前孤児院でコトネに会った時、王子の仕事について聞かれたでしょ?」
「あったあった、覚えてる」
「答えられなかったのが恥ずかしくて、悔しくて」
「マジか。ごめんね」
いや、あの日以来僕は変わったと思ってる。
きっかけをくれたコトネにもう一度会えて、僕は嬉しいんだ。
「王子の仕事は王の仕事の補佐であり、王の予備だ」
「うんうん、そーだね」
「だから僕はフォルテウス王国において、尊敬されるべき人間にならなくてはならない。賢人良臣の意見を聞いて判断を下すのが僕の役割だ」
「やっぱ殿下は生まれながらの王子だなー」
「えっ? どういうこと?」
「正しい理念だなってこと」
理念、か。
するとコトネには違った考えがある?
「あたしは元々庶民だから、税金のことを考えちゃうわけよ」
「税金か」
「うん。庶民から巻き上げた税金をどうやって効率的に使うべきか、それが上の人のお仕事だと思っててさ」
「実務面では確かに」
「いや、庶民へ多く還元しようと思うと効率的にせざるを得ないんだけどさ。遊びの部分が少な過ぎるってどーなのと疑問に思うこともあるんだ。いざって時に対応できないなとか、税金取られる側のマインドが浮き立たないんじゃないかとか。匙加減が難しい気がするね」
僕の視点は統治者の理念だった。
一方コトネの視点は為政者的だ。
王としては両方の視点を持つべきなんだろうな。
「やっぱりコトネは僕の気付かない点を教えてくれるなあ」
「そお?」
「コトネは僕の婚約者になってくれる?」
「もちろんだよ」
「ありがとう。シミオン殿への復讐のため?」
再びアハハと笑い合う。
コトネは素敵な女の子だなあ。
気を使わなくていいし、喋りやすいし。
「義父ちゃんいい人なんだけどさ。他人に色々誤解されてるみたいなんだ。もっと社交に精を出して、誤解を解くべきだよ」
「シミオン殿には僕も会ったことがないんで、どういう人だかわからないな」
「殿下も会ったことなかったか。よろしくないな。絶対に陽の当たるところに連れ出して干からびさせてやる」
独特の言い回しだなあ。
コトネはとても面白い子。
「近い内に侯爵邸へ使いを遣るから」
「うん、気楽に待ってるね」
◇
――――――――――その後。
クリフォードとコトネの婚約が成立する。
コトネが平民出身の養女であることを、知る者は知っていた。
平民孤児を引き取ってクリフォードの婚約者にまで育てたワイマークセル侯爵家当主シミオンの見る目と手腕は、コトネ自身の優秀さとともに賞賛された。
クリフォードとコトネは大変仲が良かった。
いつも笑い声に満ちていた。
そしてクリフォードとコトネの献策が少しずつ採用され、実現されていく。
その一つに公営の職業斡旋所がある。
これまでにあった民間のものと違い仲介料が必要ないため、失業者が減って経済が活性化したと言われている。
クリフォードが王になった暁には、さぞかし素晴らしい治世になるだろうと思われた。
賢妃コトネがしっかり支えるだろうと。
フォルテウス王国繁栄の足音はすぐそこまで迫っていると。
不満があったのは一人だけだ。
コトネの養父であるその男は言った。
「おい、俺から娘を取り上げて、仕事だけ押しつけるつもりか? 冗談じゃないわ!」
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