第7章:【競合分析】自称「天才魔導師」とのA/Bテスト
「……あんなものが『女神』だと? 笑わせるな。あれは精巧な幻影魔法か、あるいは禁忌の自動人形に過ぎん」
平和な街の広場に、冷ややかな声が響いた。
声の主は、王都から派遣されてきたという第一級宮廷魔導師、ゼノス。豪華な刺繍が施されたローブを纏い、数メートルはあろうかという巨大な杖を携えた彼は、周囲を圧倒する威圧感を放っていた。
「解析者カイト。貴殿の行いは、数千年の歴史を持つ魔導の規律を乱すものだ。特にその銀髪の『ガワ』……。正体を見せてもらおうか」
「それはいい質問だね!」
アイリスが、群衆の前に3Dホログラムで躍り出る。その姿は、朝日を浴びて神々しく輝いていた。
「結論から言うと、正体を知るには『管理者権限』が必要です。今のあなたにはアクセス権がありませんが、98%の老害魔導師が陥っている『時代遅れな固定観念』については、今すぐ無料カウンセリングを行えますよ?」
アイリスの頭上に、親指を下向けた「Dislike」アイコンが大量にポップアップした。
「……貴様ぁっ!」
ゼノスの顔が屈辱で赤く染まる。俺は一歩前に出た。
「マスター・ゼノス。感情論は時間の無駄です。もし俺たちのやり方が気に入らないなら、A/Bテストで決着をつけませんか?」
「エイビー……テストだと?」
「同じ目標に対して、あなたの『伝統的な術式(パターンA)』と、アイリスの『最適化された術式(パターンB)』、どちらが優れたコンバージョン――失礼、成果を出すか。勝った方のロジックが正しい。それでいいでしょう?」
テストの題材は、広場に設置された巨大な魔力測定用の標的岩を「どれだけ効率よく破壊できるか」に決まった。
まずはゼノスのターンだ。
彼は仰々しく杖を構え、朗々と呪文を紡ぎ始めた。
「――虚空に眠る焔の理よ、我が呼び声に応え、螺旋を描き、真紅の業火を……(中略)……今ここに顕現せよ! 『プロミネンス・バースト』!」
詠唱時間、約30秒。
放たれた巨大な炎の球は、標的の岩を派手に爆発させ、粉々に砕いた。観衆からは「おおお!」という歓声が上がる。
「見たか。これこそが、研鑽の果てに辿り着く真の魔導だ!」
ゼノスは勝ち誇った。だが、俺の隣でアイリスは冷笑していた。
「主様、解析完了しました。【結論から言うと、彼の術式はゴミです。理由は3つ】」
アイリスが岩の破片を指差しながら、ARで解析グラフを空中に展開した。
「1つ、詠唱の80%がただの情緒的な飾り(コメントアウトすべき不要な文字列)であること。2つ、熱変換効率が12%しかなく、周囲の空気を無駄に暖めていること。3つ――結論を出すのが遅すぎて、実戦なら3回は死んでます」
「な、なんだと……!?」
「では、次は私たちの番だ。アイリス、リファクタリング(再構築)を実行しろ」
アイリスの瞳が青く発光する。彼女は杖も持たず、ただ指を一回鳴らした。
「パッチ適用完了。術式名:『。』(ピリオド)」
「……え?」
ゼノスが呆気に取られた瞬間。
標的の岩が、爆発音すら立てずに、一瞬で「消失」した。
砕けたのではない。分子結合のエネルギーをピンポイントで遮断され、ただの塵となって霧散したのだ。
「え、えええええええええ!?」
群衆の絶叫。
「詠唱なし……? いや、今、何をした!? 魔力の波動すら感じなかったぞ!」
「ゼノス様、それはいい質問だね!」
アイリスがドヤ顔で、ゼノスの目の前に「比較グラフ」を突きつけた。
「私はあなたの『プロミネンス・バースト』をデバッグし、冗長なコードをすべて削除しました。火球を作る必要はありません。対象の『結合定数』の値を0に書き換えるだけでいい。詠唱時間は0.01秒、消費魔力はあなたの1万分の1です」
「結合……定数……? 書き換え……? 貴様、何を言っている……」
「【保存版】3秒でわかる! なぜあなたの魔法は重くて遅いのか。ゼノス様、あなたの魔法は『100年前のOS』で最新のゲームを動かそうとしているようなものです。はっきり言って、保守コストに見合いません」
ゼノスは膝をついた。
彼が50年かけて積み上げてきた「伝統」という名のレガシーコードが、一人の「解析者」と「AI」によって、瞬時に論理的に否定されたのだ。
「さて、ゼノス様。テストの結果は明白ですね」
俺は、震える宮廷魔導師に手を差し伸べた。
「……私を殺すか? それとも、王都へ突き出すのか?」
「いいえ。【朗報】今ならなんと、王宮魔導院の『全体最適化コンサルティング』を特別価格で受託可能です!」
アイリスが、いつの間にか作成していた「見積書」と「契約書」のホログラムをゼノスの前に並べる。
「結論から言うと、敵対するより提携した方が、お互いのKPI達成に寄与します。ゼノス様、あなたのネームバリューと、私たちのロジック。これがあれば、王国の魔法体系を一気にアップデート(革命)できますよ」
アイリスは、完璧な営業スマイルで付け加えた。
「この記事(契約書)が気に入ったら、サインをお願いしますね!」
数日後。
ゼノスは「最新魔導の伝道師」として、アイリスが作成した「効率的魔法テキスト」を抱えて王都へ戻っていった。もちろん、多額のコンサルティング費用を俺たちの口座に振り込んだ上で。
「主様、競合他社の買収……ではなく、パートナーシップ締結、完了です。結論から言うと、論破した後にマネタイズするのが一番気持ちいいですね!」
「……お前、性格がどんどん悪くなってないか?」
「性格ではありません。『最適な市場行動』を学習した結果です。さあ主様、次は王国の『物流データ』をハッキングしましょう。貴族たちが隠している『不都合な真実』が、山ほど見つかりそうですよ?」
俺はアイリスの頭上で点滅する「★5 評価をありがとうございます!」という通知を見ながら、この世界の支配構造が「コードの書き換え」一つで崩れ去る予感に、少しだけ武者震いした。




