影と瞳
その日はいつもより静寂だった。歩く人影がまるで大きな化け物のように見える。誰かが呟くがひそひそと流れていった。
空からの来訪者。降り立った場所は、誰もが寝静まる時間。動く者はいない。
「エネルギーを・・・」
呟きは風にかき消される。黒いマントで覆い、足音すら聞こえてこない。
人間の持つとあるものを狩りにきた彼は、遠い宇宙からの来訪者だ。数人で手分けして自らの星に、痛みを伴わないようにはるばるやってきた。
エネルギーが枯渇した自身の星で、戦争が起きてさらに悲惨になるぐらいなら、と、この星に来た。今、この星は高度な技術をもっていない。だから、狩りやすい。
数日間、誰も動かず、横になっていた。誰かが動くときは死を意味していいる。ひとり、また一人と、空気が揺れ、死が確定していく。
ーお願いだから、まだ、俺の番にならないでくれ・・・
激しい緊張はひどい頭痛を引き起こしていた。影はゆっくりと、確実に、自分の喉元まで進んでいる。動くことを全身で禁じるが、返って身体は動こうとした。
ー頼むから・・・
影はゆっくりと動く。その恐怖が汗を噴き出させた。あと少し、あと少し。
「グゥゥゥゥルルルルル・・・・」
獣が低いうなり声を出した。影が、ゆっくりと引いていった。もう少しで、彼は死んでいただろう。獣は大きく駆けだしていった。
謎の影が支配するようになった世界。支配ではない。影が死を与える世界と言い換えよう。その影は、人間の持っている遺伝子を探し、襲う。姿が見えずとも、見たことのない影が地面に映し出されると、たちまちその影に乗った人間は息絶えた。
襲われるタイミングも当初は解明できなかった。だが、人を襲う影について噂から、大きな事件に変わると、大勢の人間が解明しようとした。解明は出来なかったが、いくつかの特徴が存在した。それだけで生き延びられるほど、今の人間の文明は高くなかった。
走り去ったはずの獣は、飼い主の元に戻った。大きな体躯の獣は今は彼を慕っている。
「・・・助かった、リズ。」
乾いた喉から、なんとか声を出した。リズと呼ばれた獣は嬉しそうに耳を下げた。獣は実験され、死にそうだったところを、飼い主に助け出された。リズは飼い主がひどく辛そうにしていることを理解し、そのまま横に腰を落ち着けた。
吹きさらされた大地には骸がいくつも転がっていた。生きていたのは、飼い主だけだった。
「行こうか、リズ。」
飼い主は、傷だらけだった。もう何日も食事を採っていない。生きているのが不思議なほどだ。それでも、飼い主が移動をするというならば、リズもついて行った。
飼い主はとある場所に向かっていた。まだ人間が生きている町だ。
影は、数人の定まった者を襲わない。それは、欠損した人間だ。遺伝子の欠損した人間を襲わないのだ。
飼い主も、それは知っていた。が、欠損した人間がいる町が存在していたとは知らなかった。その町の話を聞いて、そこへ向かおうとする人間は多かった。そして、その町の周囲に影が多く現れるのも必然だった。影は捕食しているかのように、人間が訪れるのを待っていた。
先ほども、大勢の人間があっという間に命を落とした。飼い主が生きていたのはまぐれ。そして、リズのおかげだ。
見えてきた町に入ろうとして、飼い主は愕然とした。町に、人はいない。たくさんの、リズのような獣がうろついている。リズはうなり声をあげる。獣たちは、リズを歓迎しているが、飼い主に殺意を向けた。
「リズ。」
飼い主は、ようやく、理解した。人は、滅ぶ。この横にいる生き物は人間だったもの。影が何かわからなくとも、きっかけは、きっとなんでも同じ。
飼い主は、リズに頼んだ。自分を殺して欲しいと。せめて、最後に出会った。優しいものに。
「俺は、きっと、最後の人間だ。お前も、同じ。人だった。せめて、せめて・・・。」
だが、リズはそれを理解できずに、飼い主に刃を向けない。
飼い主は、リズの目をみた。見てしまった。リズの目は。
影は急いで逃げた。あの獣は恐ろしい。あれは、一体何だ。見たことのない生き物。どうやって生まれたのだ。
「本当に、最近増えた化け物は・・・。」
影は、黒いフードを脱いだ。ただの人間だ。だが、この星に生きる人間とは違う。彼がやってきたのは、遙か彼方宇宙だ。この星の人間が持つエネルギーを手にするために、降り立ち、一定の成果を上げていた。
「そろそろ頃合いだな。この星にいる理由はない。」
影はもう一度、黒いフードを纏った。振り返ると、遠くに町が見える。あそこには、大量の恐ろしいあの生き物。瞳を見てしまえば、すぐに命を落とす。
「・・・みたことのない、形態の生物。瞳に謎の死線を用意しているなんて。」
影は身震いして、自分の宇宙船に乗る。しん、と静かな船の中。影が船のボタンを押した。船内が明るくなった。
「・・・!!!!!!」
影は声もなく命を落とした。
数体の獣。こうこうと瞳を輝かし、死を与えていた。
星に人は消えた。人が生きられない星に変わった。
宇宙の彼方から、迎えがやってくるのは、もう少し先の話。だが、この地に人類はもういない。あの、生き物が闊歩し、やってくる人間に刃を向ける。彼らは、人類が造り出した生物、ではない。彼らは生き残るために遙か昔からこの星に寄生し、生まれた『瞳』だ。
次にやってくる人類を捕食するために、静かに暮らす。ただ静かに捕食するために悲鳴すら吸い取る。この星の人類が消滅した原因は、『瞳』だ。きっかけは『影』であるが、それを理解できる生き物はきっといないだろう。
「迎えにいくメッセージが届いているはずだが・・・。」
宇宙船に乗る船員の一人が呟いた。届いているのに読まれない。何かおかしなことが起きている。だが、それを誰もが首を傾げて、それでも行こうと言う。
何かが起きていても、行けば分かるだろうという、安易な考えが、彼らを待ち受ける、これから起きる惨劇を、誰も考えつかなかった。
人類が滅亡した星にいる、邪悪な生き物との相対は、星に着陸するまで気づきもしない。この星が、すでにエネルギーを手に入れられない場所だと理解するまで、もう、あと少し。
恐怖と絶望の冒険がはじまる。




