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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「権助提灯」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/10/22


落語声劇「権助提灯(ごんすけちょうちん)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約20分


必要演者数:3~4名

      (0:0:3)

      (3:0:0)

      (2:1:0)【性別準拠人数比率】

      (1:2:0)

      (0:3:0)

      (0:0:4)

      (4:0:0)

      (3:1:0)

      (2:2:0)【性別準拠人数比率】

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


旦那(だんな):どこかの商家(しょうか)の旦那(だんな)。本妻公認(ほんさいこうにん)の妾(めかけ)持ち。

   押しが弱く流されやすい。


権助(ごんすけ):落語における権助(ごんすけ)は、たいていが田舎から出てきた飯炊(めした)き男の役回

   りを与えられる。今回は旦那(だんな)の供(とも)で提灯持(ちょうちんも)ち、妾(めかけ)の家へいざ行かん

   。


女房(にょうぼう):旦那(だんな)の本妻(ほんさい)。

   普通なら妾(めかけ)の存在に嫉妬(しっと)なり激怒なりするはずなのだが、着物や

   芝居(しばい)の切符を送るなど、あまり仲が悪そうには見えない。

   風が強い晩だから妾(めかけ)が心配と、旦那(だんな)を行かせるほど。


妾(めかけ):旦那(だんな)の愛人さん。

  いつも気を使ってくれる本妻(ほんさい)に恐縮(きょうしゅく)しきり。



●配役例


【3人】

旦那:

権助:

女房・妾:


【4人】

旦那:

権助:

女房:

妾:



※枕は旦那役以外の誰かが適宜(てきぎ)兼(か)ねてください。



枕:「悋気(りんき)は女の慎(つつし)むところ、疝気(せんき)は男の苦しむところ」なんてことを

  言います。

  焼きもちってのは女の専売特許(せんばいとっきょ)のように言われがちですが、

  これはとんでもない間違(まちが)いで、野郎でもずいぶん焼きもちを焼くとい

  う事がありますが、これは陰(いん)にこもって嫌なもんでございます。

  かたや女でも、焼きもちを焼かないという方もいらっしゃる。

  そうすると男というものは調子に乗るもので、他にお妾(めかけ)さん、愛人を

  作っちゃったりなんかする。今だと大問題ですな。

  不倫(ふりん)だ、浮気(うわき)だ、慰謝料(いしゃりょう)だ!とくるわけでございます。

  江戸の昔でも不倫(ふりん)、いわゆる不義密通(ふぎみっつう)というものは重罪(じゅうざい)として扱われ

  、場合によっては死罪もありえました…が、これは建前(たてまえ)で、

  現実には不倫(ふりん)された側、サレというそうですが、不倫(ふりん)相手に間男代(まおとこだい)…

  現代での慰謝料(いしゃりょう)を払わせることで示談(じだん)にして、表(おもて)ざたになる事はあま

  りなかったそうです。

  だから不義密通(ふぎみっつう)は当時、かなり横行(おうこう)してたわけです。

  だからこんな噺(はなし)もできあがって、現代に残っちゃったりしてるわけな

  んですな。

  ことに奥さんもお妾(めかけ)さんも焼きもちを焼かない、一部の男にとっては

  夢のような話もできあがっちゃったりするわけでございまして。


旦那:あぁあぁ、くたびれた…。

   ようやく帳面(ちょうめん)が付け終わった。

   もう目がしょぼしょぼしょぼしょぼしてるよ。

   そうだ、お湯がまだ冷めてないようだったら、すまないがお茶を

   煎(い)れてくれるかい。


女房:はい、お仕事はもう済んだんでございますか?


旦那:うん、だいたい片(かた)が付いた。

   毎月の事なんだけどもね、いや、番頭(ばんとう)さんに任(まか)しちゃえばいいんだけ

   ども、月末(つきずえ)くらいはやっぱり主(あるじ)の私が帳面(ちょうめん)を見ておかないとね。

   別に疑っているわけじゃないんだけども、これも私の仕事だから

   仕方(しかた)がない。

   あ、そうだ、濃いお茶よりもほうじ茶の方が美味しいから、

   ほうじ茶をひとつ煎(い)れてもらおうかな。


女房:さようでございますか。

   少々お待ちを…。


   【二拍】


   どうもお疲れさまでございました。

   それであの、今日は夜分(やぶん)からずいぶんと風が強くなるようですよ。


旦那:そうだね、西北(にしきた)の風ってやつだ。

   あぁ表(おもて)の戸をバンバンバンバン叩いてるな。

   こういう時は火事が多いなんて事を言うからね、

   気を付けてくれなくちゃ困るよ。


女房:それよりも、さっきからあたしが気がかりなのは、あの子のとこな

   んですよ。ばあやと二人っきりとあと狆(ちん)が二匹でしょう?

   狆(ちん)が何の役に立つわけでもなし、ただただくるくるくるくる回って

   るだけでしょうし。

   ですから今晩あたり、向こうへ行ってお泊(と)まりになってあげたら

   よろしいんじゃないですか?

   男手(おとこで)の一つもないと、あの子が安心して寝られないんじゃないかと

   思うんです。

   そういう時に来てくれると女というものは嬉しいもんですし、

   あたしもそのぐらいの事はしてやりたいんですよ。

   どうです、お前さん?


旦那:えっ、お前、それは本気で言ってるのかい…?

   これは驚いたね…お前が焼きもちを焼かないのは知ってはいたけ

   ど、まさかお前からそういう言葉が出てくるとは思わなかったよ。

   ふぅむ…お前がそう言うならまぁ…うん、うん……けどお前、

   本当にいいのかい?


女房:ええ、ぜひそうしてあげてくださいな。

   うちは大ぜい奉公人がいるから男手(おとこで)もございます。

   だから大丈夫ですよ。


旦那:うん、そう言ってくれるなら、わかった。

   それじゃ、行ってくるかな。


女房:そうしてくださいな。あたしもそれでいいんですから。

   あ、着物を着替(きが)えて下さいね。

   結城(ゆうき)ものがありますよ。


旦那:いやあ、夜だからいいよ。


女房:いけませんよ、あたしが嫌なんです。

   表(おもて)へ敷居(しきい)をまたいで出ると、男には七人の敵(かたき)があると言うじゃあり

   ませんか。

   あたしもちゃんとしてあげたいんですから、どうか着替えてくださいな。

   お願いしますから。


旦那:まあ…確かにそう言うな。

   うん、わかったよ。着物を出してくれ。


女房:はい、ただいま。


旦那:あ、それからね、供(とも)を一人頼むよ。

   いやね、横丁(よこちょう)の角が暗い上に、誰が何のために掘ったか知らんが、

   大きな穴があるんだ。

   つまづいて転んで怪我(けが)をしても馬鹿馬鹿しいし、穴に落っこっても

   実にくだらないからね。

   だから誰か供(とも)を一人つけてくれ。

   長松(ちょうまつ)でも定吉(さだきち)でもいいよ。


女房:それなんですけど、みんな寝込んだとこなんです。

   弱りましたね…起こしましょうか?


旦那:むむ、起こすってのもなんだな…誰かいないかな。

   一人でいいんだ、誰かしら起きてるだろ。


女房:あ、一人おります。


旦那:おぉそれでいいや。そいつを起こしてきてくれ。

   ところで誰だい?


女房:飯炊(めした)きの権助(ごんすけ)ですよ。


旦那:権助(ごんすけ)ぇ?

   そりゃ勘弁しておくれよ。


女房:え、でも誰でもいいっておっしゃったじゃありませんか。


旦那:いや実はね、こないだ真(ま)っ昼間(ぴるま)に連れて歩いて懲(こ)りたんだよ。

   尻(しり)っ端折(ぱしょ)りしてるところに汚い越中(えっちゅう)ふんどしの布がだらーんって

   垂(た)れてるんだ。

   すり切れた草履(ぞうり)を履(は)いて、醤油(しょうゆ)で煮(に)しめたような汚い手ぬぐいでほっかむ

   りしてる。穴が空(あ)いてるもんだから、そこから毛がぼうぼうと生えて出て

   るんだ。夕立(ゆうだち)の後の雀(すずめ)みたいで実にざまあないよ。

   おまけに手を後ろに組んで唾(つばき)は吐くし、手鼻(てばな)はかむし、立小便(たちしょうべん)はするし

   、品(ひん)なくゲラゲラ笑うしで、私はたいそう恥(はじ)をかいた。

   もうあれだけはご免(めん)だよ。


女房:そうですか…。

   じゃあどうします?誰か起こしますか?


旦那:うぅぅん……あぁまぁいいや…、あれでいい。夜の事だし、

   権助(ごんすけ)でいいよ。


女房:それじゃあたしが呼んできましょうか。


旦那:あぁいや、いいよ。呼びつけるから。

   権助(ごんすけ)!権助(ごんすけ)や!


権助:ぅう~えぁい。

   さっきから返事してるべよ。

   なんか用かい!?


旦那:聞き返してる暇があったらこっちへ来なさい。


権助:行かなきゃダメかい?

   うっかり行って夜夜中(よるよなか)に変な所を見せられても困るでよ。


旦那:~~いいから早くこっちへ来な。


権助:へえい。


   こんばんわ、なんだね?


旦那:なんだい、ぼーっとつっ立って。

   なんで座らないんだ。


権助:立ったままの方が動きやすいでよ。

   用(よ)ォ言いつけられりゃあすぐ行けるから、この方がよかんべ。


旦那:いいから座んなさい。

   いや、大した用じゃないんだ。

   ちょいと提灯(ちょうちん)持ちで、あたしの供(とも)をしておくれ。


権助:はあ、供(とも)かい。

   それァかまわねえけんど、どこさ行くんだべ?


旦那:どこでもいいだろ。


権助:ダぁメだァ、そりゃよかァねえだよ。

   旦那(だんな)様ァ行く先わかってるけんど、おらァ分からねえだからなァ。

   どこへ連れて行かれるか、心許(こころもと)なかんべ。

   鹿児島(かごしま)へ連れてかれるか、台湾(たいわん)に連れてかれるか、はたまた北京(ぺきん)か

   上海(しゃんはい)かーー


旦那:この野郎、そんなとこへ連れて行くわけがないだろう。

   そんなバカな事があるか。


権助:へへへ、ダメだよ。

   バカな事があるだなんて思わねえ事が、世の中には起きるだでなあ。

   あんな堅(かて)え堅(かて)え言ってた番頭(ばんとう)さんが、女ァこしらえたくれえだで。


旦那:うるさいね。

   なんだな…うん、横丁(よこちょう)のアレのとこへ行くんだから、ちと付いて

   きなさい。


権助:あははァ、あぁアレかい?

   えぇよろしゅうございます。

   まぁどこへでも供(とも)するけんど、どんな具合(ぐあい)になるだね?


旦那:うん、これからすぐに行くんだ。

   だからお前は提灯(ちょうちん)に火を入れてくれ。


権助:あぁ分かっとるで。

   そいだら高張提灯(たかはりちょうちん)下げて行くべか。


旦那:お前ね…どこの世の中に高張(たかはり)を下げて女のとこへ行く奴があるんだ

   い。


権助:別によかんべぇ。おらァ聞いたど?

   この話はおかみさんも知っとるだし、ご親類も取引先もみぃんな

   知ったうえでもらったっちゅうことでねえか。

   なに一つやましいこたァねえし、隠す事もねえべよ。


旦那:ああ、その通りだよ。


権助:ならよかんべぇよ。

   こせこせ裏から行くよりも堂々と高張(たかはり)立てて行きなせえ。

   こういう者がいるちゅう事を世の中の野郎に堂々と見(み)してやったら

   よかんべぇ。

   「一人ぐれえはこういうバカが、いなきゃ世間(せけん)の目が覚めぬ」

   てな、歌の文句にあるべや。


旦那:何を言いやがるんだこんちきしょう。

   ふざけんじゃないよ、まったく。

   いいからそこのぶら提灯(ちょうちん)に火を付けて、支度(したく)しな。


権助:…なんでごぜえますだ?


旦那:~~だから、ぶら提灯(ちょうちん)に火をつけろってんだよ。


権助:はぁそうでごぜえますか。

   このぶら提灯(ちょうちん)に火を付けたら燃えるけんどええべか?


旦那:~~ッあのな、なんでいちいちそういう理屈を言うんだ。

   わかりそうなもんだろ。

   ぶら提灯(ちょうちん)の中のろうそく立てにろうそくを立てて、そのろうそくの

   頭に火を付けろってんだよ!


権助:ははは分かっとるだよォ。

   からかっただけでねえか。ムキになって大人げねえなあ旦那(だんな)様は。


旦那:~~…ったく、しょうがないやつだ。

   それじゃ、行ってくるよ。


女房:はい、よろしく伝えて下さい。

   たまには遊びにくるようにと。ええ、わたしは構わないんですから。


旦那:ああ、わかった。


   おい権助(ごんすけ)、支度(したく)はできてるかい?


権助:もうできとるだよ。


旦那:…あのな、できてたらなぜできましたと言わないんだ。


権助:言おうと思ったがね、名残(なごり)を惜(お)しんでるようで可哀想(かわいそう)だったでな。

   さ、出かけべぇ出かけべぇ。


旦那:~~…はぁ。


   じゃ、留守(るす)を頼んだよ。


権助:ははは、こらァ風がびゅーびゅー言ってるだなァ。

   鼻がもげそうだでよ。

   しかしなんだべ、旦那(だんな)様も嬉(うれ)しかんべえ。


旦那:何がだよ。


権助:おかみさんもええ女にゃあ違(ちげ)えねえが、だいぶトウが立ってきたで

   なァ、若(わけ)えアマっこにはかなわねえってやつだなァ。


旦那:うるさいね。

   さぁさぁさぁ、どんどん歩きな。

   どんどん歩くんだよ。


権助:へいへい、歩いとるだよ。


旦那:歩いとるってお前、あたしの後ろを歩いてちゃしょうがないだろ。

   前に立って歩きな。


権助:へへ、よかんべ。

   「三尺(さんじゃく)下がって師の影を踏(ふ)まず」と言うでな、

   おらァ家来(けらい)だから出しゃばっちゃいけねえと思ってな。


旦那:提灯(ちょうちん)持ちが後ろから歩いてきてどうするってんだよ!

   暗いんだから、お前があたしの先を歩かなきゃしょうがないじゃな

   いか。


権助:はは、そうかねえ。

   先を歩かなきゃしょうがねえなんてな事を言って、何か出てきても

   おらに任(まか)して逃げんべぇと思っとるだべ。


旦那:そんな事をする奴があるか。


権助:そりゃあまあ冗談だがな。

   なんのかんの言うけんど、旦那(だんな)様ァなんだね。

   よくおらァ起こして供(とも)にしようと思っただね。

   この間の立ちしょんべんで懲(こ)りてるはずだけんど。


旦那:なんだとこの野郎。

   お前、承知のうえでやってたのか。悪い奴だな。

   みんなぐっすり寝てるんだ。起こすのも可哀想(かわいそう)だろ。


権助:ははは、そうだんべなァ。

   【つぶやくように】

   寝てるのをおこしてこれから妾(めかけ)ンとこ行くから提灯(ちょうちん)持ててえのは、

   いくらなんでも恥(はじ)があって言いにくかんべぇ。


旦那:何かいったか、権助(ごんすけ)。


権助:あぁいや、なんでもねえ。

   ほんのわずかなこった。


旦那:この野郎、男らしくない奴だな。

   なんかあったら大きな声で堂々と言いな。


権助:ははは、そうかい。大きな声で言って構(かま)わねえか。

   じゃあまぁ、大きな声で喋(しゃべ)るかな。

   

   【クソデカ声で】

   えぇ~一年ぐれえあのアマっこと続いてるが、夜寝た味はどうだべ

   ェ!?


旦那:ぉっこっ、この野郎、はっきりした事を言いやがるな…!

   なんてこと言うんだ!


権助:へへ、まあ気にすることはねえ。

   わずかなこった。


旦那:急に小さくなりやがったよ。

   どうも嫌な奴だなお前は。


   こまごました所へ気が付いてなかなかいい子だよ。


権助:何がこまごましたとこに気が付いてだ。

   そんな事はおらァ別に聞きてえわけでねえだよ。

   話をそらしたってダメだァ。逃げようったってそうはいかねえべ。

   うちのおかみさんだってなかなかいい女でねえかい。


旦那:あぁなかなかいい女だよ。


権助:そうだんべなぁ。

   なんでまた脇(わき)に一人持つ気になっただ?


旦那:そりゃあ男というもんにはな、いろいろ欲の深い所があるんだ。


権助:はは、そうかねえ。

   欲の深すぎるような気もするべ。

   この夜夜中(よるよなか)、達者(たっしゃ)なもんだ。


旦那:何を言ってるんだこの野郎。


権助:はは、でー何(なに)けぇ?こうやって供(とも)してくと、いくらか小遣(こづか)いくれる

   んだべな?


旦那:なんだ?欲が深いな。


権助:男は欲の深いもんだって、旦那(だんな)様がそう言ったでねえか。

   言ってることが時々違ってくるってのはだらしねえもんだべ。


旦那:~~ぐずぐず言わないで、ちゃんと照らして歩きゃそれでいいんだ

   よ。


権助:へへへ…お、着いたけんど旦那(だんな)様、どうするべ?


旦那:起こしなさい。


権助:起こして構わねえかい?

   【ドンドン戸を叩きながら】

   起きれェ―いッ!

   おぉーいッ!起きれェーーーいッ!!

   アマっこ起きろほれェ!

   旦那(だんな)が来たってなァ!

   月(つき)づき金(かね)を持って来る旦那(だんな)が来たから起きろォ!

   眠たがらねえで起きろォほれ!

   金の冥利(みょうり)だァ!


旦那:ッなんて起こし方をするんだ、バカ!


妾:はぁい、どなた…?


旦那:ああ、あたしだ、あたしだよ。


妾:!まあ、どうなすったんですか、こんなに遅くに。

  お仕事のお帰りなんですか?


旦那:いや、別に帰りでも何でもないんだ。

   家(うち)で寝ようとしてたんだ。

   すると家(うち)のやつが、「風も強いし、こんな晩こそ向こうへ泊まって

   やると、女というものは心強く思うから」なんて言うんでな。

   まあ、家(うち)のに言われてきたようなもんだ。


妾:そうなんですか。まあ嬉しいじゃありませんか。

  なんのかんのと…私みたいに幸せな者はございませんよ。

  いつもいつもまあ世話(せわ)になって…そればかりじゃありませんのよ。

  ふつうこんな事をしていたら白い目で見られるとか、意地悪(いじわる)されるとか

  、嫌がらせされるのが当たり前なのに、やれ着物だ帯だと頂戴(ちょうだい)して…

  こないだなんて、芝居(しばい)の切符(きっぷ)が入ったからどうだなんてお誘いを

  受けたりしたんですよ。

  その上こんな晩に行ってやれだなんて…本当にもう私は果報者(かほうもの)で

  ございます。


旦那:お前がそう思ってくれてありがたいよ。

   それじゃ、上がらしてもらおうか。


妾:ぁっちょっ、ちょっと待ってください。


旦那:?なんだい急に。


妾:お願いがあるんです、聞いて下さいな。

  その、大変にありがたいんですけど、そのお気持ちを私がそのまま

  受けてしまったら、本当に甘えっぱなしで、物の分からない女に

  なり下がります。

  お願いですから、今晩だけはお宅へ帰って下さい。


旦那:うぅん…そんなに気にしなくたっていいんだが…そうか。

   まあ分かったよ。戸締(とじま)りをちゃんとして寝なさい。

   おい権助(ごんすけ)、提灯(ちょうちん)に火を入れろ。


権助:おぇあ?どうしたんだい?


旦那:なんでもいいから、先を歩きなさい。


権助:なんでおらが先を歩くんだ?

   どうした、泊(と)めてくれねえのか?

   そんなバカな事なかんべぇ。てめえのもんなんだから、押し入って

   入ったってよかんべ。

   それとも何(なに)け?ここんとこの月(つき)づきの払いが溜(た)まったりなんかして

   んのかい?


旦那:そうじゃないよ。あれの言う事ももっともだ。

   良いところがあるよ。


権助:へへへ、良いところがあるだなんて…ま、振(ふ)られて褒(ほ)めてりゃあ

   世話(せわ)ァねえべ。

   さてどうするだ?今さら帰らなかんべえ?

   おらと遊びにでも行くかァ?うん?もう一人こさえるかァ?


旦那:うるさいな。


権助:へへ、なんか言うとうるせえうるせえーーっほれ危ねえ!気を付け

   ろ!穴があるでな。

   旦那(だんな)様がおっこって死んじまうと、二軒(にけん)店が潰(つぶ)れちまうべ。

   …さ、着いたけんど、どうすべ?


旦那:ああ、起こしなさい。


権助:【ドンドン戸を叩きながら】

   起きれェ―いッ!

   おぉーいッ!

   起きれェーーーいッ!!

   出戻りの旦那(だんな)様が帰(けえ)って来たでェ!

   無駄足(むだあし)踏(ふ)んで帰(けえ)って来たァ!


女房:はい…あれ、どうなすったんですか?

   留守(るす)だったんですか?


旦那:いや、いたんだ。で、話をしたんだよ。

   お前の事を言うと大変喜んでたよ。

   それで、いろいろ気を使ってくれてるらしいな。

   大変にありがたいって嬉しがっていたんだけど、あまりそれに甘え

   て物の分からない女になるのが嫌だと言うんだ。

   それで今晩だけはお宅へ帰ってくれと、そう言うから帰って来たん

   だ。


女房:まぁそうですか…あの子は立派ですね。


旦那:ああ。で、あたしもそう思うからこうして帰って来たんだ。


女房:そうでしたか…これは驚きました。

   お話は分かりました。けど、それはそれです。

   あちらへ泊(と)まって下さい。


旦那:えっな、なんでだい…!?

   いいじゃないか。


女房:いいえ、いけませんよ。

   気持ちはわかります。気持ちはわかりますとも。

   でもだからと言って私が家(うち)へ泊めたら、今後お前さんの示(しめ)しが

   着かなくなりますよ。

   こうしておめおめと帰って来られたら、私の立場もないじゃありま

   せんか。

   後生(ごしょう)ですから、向こうへ泊(と)まって下さいな。


旦那:うぅむ…わかった。

   権助(ごんすけ)、提灯(ちょうちん)に火を入れろ。


権助:ああ、消さずに待ってただよ。


旦那:お前ね、何て無駄な事をするんだバカ野郎。

   なんだって一つで済むものを二つも使って。

   それを無駄と言うんだ。


権助:こりゃあすまねえべ。言われりゃもっともだべ。

   一つで済むものを二つも使ってなんてな、近所にある話だ。


旦那:皮肉を言うんじゃないよ。


権助:うへへへ、皮肉に感じるところを見ると、これでもわかるか。


旦那:わかるよ、バカ野郎っ…!


権助:向こうもダメでこっちもダメか。

   いよいよ住むところが無くなったべ。

   おらァの村でも来いや。

   旦那(だんな)様一人の世話(せわ)ぐれえするでな。

   おらの村は米もうめえしよ、ドジョウもたんといるし、

   タニシも獲(と)れるべ。


旦那:そんなことはどうでもいいんだよ。


権助:へへへ、あっち行ってダメ、こっち行ってダメ…、

   ほれ、着いたべ。

   【ドンドン戸を叩きながら】

   おぉ―いィッ!

   また来たぞォーぃッ!

   開けろやほれェーーーッ!!

   寝たふりすんなァーーッ!!


旦那:寝たふりする奴があるか。


妾:…どうなすったんですか、旦那(だんな)様?


旦那:ああいやな、お前の事を話したら大変に喜んでたよ。

   それで、女には女の示しがつかない道があるから、やはりこっちへ

   泊まってくれてな事を言われてな、こっちへ来たんだ。

   今日はここで泊(と)めてもらおうか。


妾:まあ…涙が出るほど嬉(うれ)しいです…!

  でも、奥様の気持ちは分かりますけど…それでもし私が泊(と)めたら、

  明日からもう二度と奥様に顔向けができなくなります。

  どうかお宅へお戻りになってください。


旦那:うぅぅん……。

   権助(ごんすけ)、提灯(ちょうちん)に火を入れろ。

   …何にも言わずに黙って歩けよ。


権助:へえい。


   【二拍】


   旦那(だんな)様、着いたで。

   【ドンドン戸を叩きながら】

   おぉ―いィッ!

   また帰(けえ)って来たぞォーぃッ!

   開けろォーーーッ!!


旦那:あー、あたしだ、あたしだ…!


女房:あら、どうなすったんですか。


旦那:いや…向こうも泊(と)めてくれないんだ。

   明日からお前に顔向けできなくなるからお宅へ戻れって言うんだ。


女房:そうはおっしゃっても、私も泊(と)めるわけには参りません。

   一度言い出したんですから、どうか向こうへ泊(と)まってください。


旦那:~~権助(ごんすけ)、提灯(ちょうちん)に火を入れろ。


権助:はあぁ行ったり来たり忙(せわ)しねえべ。

   【ドンドン戸を叩きながら】

   おぉーーーいッ!

   また来たぞォーーーッ!


妾:後生(ごしょう)ですから、今晩だけはお宅へ戻って下さい。


旦那:【だんだんベソをかき始める】

   権助(ごんすけ)ェ、提灯(ちょうちん)に火を入れろ!


権助:まるで飛脚(ひきゃく)だべ。

   やっぱり小遣(こづか)いもらわにゃ割(わり)にあわねえだよ。

   【ドンドン戸を叩きながら】

   ぅおぉーーーいッ!

   開けろォーーーいッ!!


女房:何べん言わせるんです。女には女の道があるんですから、向こうへ

   お泊(と)まりになって。


旦那:【半泣きになっている】

   ッ権助(ごんすけ)ェッ、提灯(ちょうちん)に火を入れろォ!


権助:ぁ~それには及ばねえべ。


旦那:どうしてだ?


権助:夜が明けたぁい。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


立川談志(七代目)

柳家一琴



※用語解説



・悋気(りんき)

男女間の事で(主に女が)焼くやきもち。


・疝気(せんき)

男性特有の、下腹部や睾丸が痛む病気の総称です。

現代医学では、脱腸(ヘルニア)や睾丸炎、神経性腸炎、寄生虫症などの

病気を指し、当時の人々はこれらの症状をまとめて「疝気」と呼んでいた

。


・妾(めかけ)

愛人。二号さん。


・狆(ちん)

日本原産の愛玩犬種。

他の小型犬に比べ、長い日本の歴史の中で独特の飼育がされてきたため、

体臭が少なく性格は穏和で物静かな愛玩犬。『狆』という文字は和製漢字

で、屋内で飼う(日本では犬は屋外で飼うものと認識されていた)犬と猫

の中間の獣の意味から作られたようである。開国後に各種の洋犬が入って

くるまでは、姿・形に関係なくいわゆる小型犬のことを狆と呼んでいた。

庶民には「ちんころ」などと呼ばれていた。


・結城(ゆうき)もの

結城紬の着物の事。

茨城県・栃木県を主な生産の場とする絹織物。単に結城ともいう。

奈良時代から続く高級織物で、本結城の工程は国の重要無形文化財。

近現代の技術革新による細かい縞・絣を特色とした最高級品が主流。

元来は堅くて丈夫な織物であったが、絣の精緻化に伴い糸が細くなってき

たため、現在は「軽くて柔らかい」と形容されることが多い。


・敷居(しきい)をまたいで出ると、男には七人の敵(かたき)がある  ませんか。

正しくは「男は敷居を跨げば七人の敵あり」

一歩家を出れば社会には多くの敵(競争相手や困難)がいるため、

油断してはならないという意味。この「七人」は特定の7人を指すのでは

なく、多くの敵がいることのたとえである。


・越中(えっちゅう)ふんどし

長さ三尺(約91 cm)、幅一尺(約30 cm)の布の端を筒状に縫い、

その筒に腰紐を通した下着である。一部ではクラシックパンツ、

サムライパンツとも呼ばれている。


・高張提灯(たかはりちょうちん)

長竿の先に大きな棗(なつめ)型の提灯を掲げる提灯の一種。

江戸時代初期に武家の照明器具として使われ始めたのが起源で、

現代では祭礼や葬儀の行列、飲食店の看板、店舗装飾などに目印として

広く用いられている。


・ぶら提灯(ちょうちん)

まっすぐな柄の先につけてぶら下げるようにした提灯。

ぶらりちょうちん、またはぶらとも言う。


・三尺(さんじゃく)下がって師の影を踏(ふ)まず

弟子が師を敬うために、三尺(約90cm)ほど下がって歩き、

師の影さえも踏まないようにする、という意味。

師匠を尊敬し、常に礼儀を正しく保つべきであるという戒めの言葉。


・トウがたつ

人が若い年頃や盛りの頃を過ぎてしまうこと。

もともとは野菜が「薹が立つ」状態から来ている比喩表現。






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