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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「権助提灯」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「権助提灯ごんすけちょうちん


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約20分


必要演者数:3~4名

      (0:0:3)

      (0:0:4)

      (0:3:0)

      (1:2:0)

      (2:1:0)

      (3:0:0)

      (4:0:0)

      (3:1:0)

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


旦那だんな:どこかの商家しょうか旦那だんな本妻公認ほんさいこうにんめかけ持ち。

   押しが弱く流されやすい。


権助ごんすけ:落語における権助ごんすけは、たいていが田舎から出てきた飯炊めしたき男の役回

   りを与えられる。今回は旦那だんなとも提灯持ちょうちんもち、めかけの家へいざ行かん

   。


女房にょうぼう旦那だんな本妻ほんさい

   普通ならめかけの存在に嫉妬しっとなり激怒なりするはずなのだが、着物や

   芝居しばいの切符を送るなど、あまり仲が悪そうには見えない。

   風が強い晩だからめかけが心配と、旦那だんなを行かせるほど。


めかけ旦那だんなの愛人さん。

  いつも気を使ってくれる本妻ほんさい恐縮きょうしゅくしきり。



●配役例


【3人】

旦那:

権助:

女房・妾:


【4人】

旦那:

権助:

女房:

妾:



※枕は旦那役以外の誰かが適宜てきぎねてください。



枕:「悋気りんきは女のつつしむところ、疝気せんきは男の苦しむところ」なんてことを

  言います。

  焼きもちってのは女の専売特許せんばいとっきょのように言われがちですが、

  これはとんでもない間違まちがいで、野郎でもずいぶん焼きもちを焼くとい

  う事がありますが、これはいんにこもって嫌なもんでございます。

  かたや女でも、焼きもちを焼かないという方もいらっしゃる。

  そうすると男というものは調子に乗るもので、他におめかけさん、愛人を

  作っちゃったりなんかする。今だと大問題ですな。

  不倫ふりんだ、浮気うわきだ、慰謝料いしゃりょうだ!とくるわけでございます。

  江戸の昔でも不倫ふりん、いわゆる不義密通ふぎみっつうというものは重罪じゅうざいとして扱われ

  、場合によっては死罪もありえました…が、これは建前たてまえで、

  現実には不倫ふりんされた側、サレというそうですが、不倫ふりん相手に間男代まおとこだい

  現代での慰謝料いしゃりょうを払わせることで示談じだんにして、おもてざたになる事はあま

  りなかったそうです。

  だから不義密通ふぎみっつうは当時、かなり横行おうこうしてたわけです。

  だからこんなはなしもできあがって、現代に残っちゃったりしてるわけな

  んですな。

  ことに奥さんもおめかけさんも焼きもちを焼かない、一部の男にとっては

  夢のような話もできあがっちゃったりするわけでございまして。


旦那:あぁあぁ、くたびれた…。

   ようやく帳面ちょうめんが付け終わった。

   もう目がしょぼしょぼしょぼしょぼしてるよ。

   そうだ、お湯がまだ冷めてないようだったら、すまないがお茶を

   れてくれるかい。


女房:はい、お仕事はもう済んだんでございますか?


旦那:うん、だいたいかたが付いた。

   毎月の事なんだけどもね、いや、番頭ばんとうさんにまかしちゃえばいいんだけ

   ども、月末つきずえくらいはやっぱりあるじの私が帳面ちょうめんを見ておかないとね。

   別に疑っているわけじゃないんだけども、これも私の仕事だから

   仕方しかたがない。

   あ、そうだ、濃いお茶よりもほうじ茶の方が美味しいから、

   ほうじ茶をひとつれてもらおうかな。


女房:さようでございますか。

   少々お待ちを…。


   【二拍】


   どうもお疲れさまでございました。

   それであの、今日は夜分やぶんからずいぶんと風が強くなるようですよ。


旦那:そうだね、西北にしきたの風ってやつだ。

   あぁおもての戸をバンバンバンバン叩いてるな。

   こういう時は火事が多いなんて事を言うからね、

   気を付けてくれなくちゃ困るよ。


女房:それよりも、さっきからあたしが気がかりなのは、あの子のとこな

   んですよ。ばあやと二人っきりとあとちんが二匹でしょう?

   ちんが何の役に立つわけでもなし、ただただくるくるくるくる回って

   るだけでしょうし。

   ですから今晩あたり、向こうへ行っておまりになってあげたら

   よろしいんじゃないですか?

   男手おとこでの一つもないと、あの子が安心して寝られないんじゃないかと

   思うんです。

   そういう時に来てくれると女というものは嬉しいもんですし、

   あたしもそのぐらいの事はしてやりたいんですよ。

   どうです、お前さん?


旦那:えっ、お前、それは本気で言ってるのかい…?

   これは驚いたね…お前が焼きもちを焼かないのは知ってはいたけ

   ど、まさかお前からそういう言葉が出てくるとは思わなかったよ。

   ふぅむ…お前がそう言うならまぁ…うん、うん……けどお前、

   本当にいいのかい?


女房:ええ、ぜひそうしてあげてくださいな。

   うちは大ぜい奉公人がいるから男手おとこでもございます。

   だから大丈夫ですよ。


旦那:うん、そう言ってくれるなら、わかった。

   それじゃ、行ってくるかな。


女房:そうしてくださいな。あたしもそれでいいんですから。

   あ、着物を着替きがえて下さいね。

   結城ゆうきものがありますよ。


旦那:いやあ、夜だからいいよ。


女房:いけませんよ、あたしが嫌なんです。

   おもて敷居しきいをまたいで出ると、男には七人のかたきがあると言うじゃあり

   ませんか。

   あたしもちゃんとしてあげたいんですから、どうか着替えてくださいな。

   お願いしますから。


旦那:まあ…確かにそう言うな。

   うん、わかったよ。着物を出してくれ。


女房:はい、ただいま。


旦那:あ、それからね、ともを一人頼むよ。

   いやね、横丁よこちょうの角が暗い上に、誰が何のために掘ったか知らんが、

   大きな穴があるんだ。

   つまづいて転んで怪我けがをしても馬鹿馬鹿しいし、穴に落っこっても

   実にくだらないからね。

   だから誰かともを一人つけてくれ。

   長松ちょうまつでも定吉さだきちでもいいよ。


女房:それなんですけど、みんな寝込んだとこなんです。

   弱りましたね…起こしましょうか?


旦那:むむ、起こすってのもなんだな…誰かいないかな。

   一人でいいんだ、誰かしら起きてるだろ。


女房:あ、一人おります。


旦那:おぉそれでいいや。そいつを起こしてきてくれ。

   ところで誰だい?


女房:飯炊めしたきの権助ごんすけですよ。


旦那:権助ごんすけぇ?

   そりゃ勘弁しておくれよ。


女房:え、でも誰でもいいっておっしゃったじゃありませんか。


旦那:いや実はね、こないだ昼間ぴるまに連れて歩いてりたんだよ。

   しり端折ぱしょりしてるところに汚い越中えっちゅうふんどしの布がだらーんって

   れてるんだ。

   すり切れた草履ぞうりいて、醤油しょうゆしめたような汚い手ぬぐいでほっかむ

   りしてる。穴がいてるもんだから、そこから毛がぼうぼうと生えて出て

   るんだ。夕立ゆうだちの後のすずめみたいで実にざまあないよ。

   おまけに手を後ろに組んでつばきは吐くし、手鼻てばなはかむし、立小便たちしょうべんはするし

   、ひんなくゲラゲラ笑うしで、私はたいそうはじをかいた。

   もうあれだけはごめんだよ。


女房:そうですか…。

   じゃあどうします?誰か起こしますか?


旦那:うぅぅん……あぁまぁいいや…、あれでいい。夜の事だし、

   権助ごんすけでいいよ。


女房:それじゃあたしが呼んできましょうか。


旦那:あぁいや、いいよ。呼びつけるから。

   権助ごんすけ権助ごんすけや!


権助:ぅう~えぁい。

   さっきから返事してるべよ。

   なんか用かい!?


旦那:聞き返してる暇があったらこっちへ来なさい。


権助:行かなきゃダメかい?

   うっかり行って夜夜中よるよなかに変な所を見せられても困るでよ。


旦那:~~いいから早くこっちへ来な。


権助:へえい。


   こんばんわ、なんだね?


旦那:なんだい、ぼーっとつっ立って。

   なんで座らないんだ。


権助:立ったままの方が動きやすいでよ。

   ォ言いつけられりゃあすぐ行けるから、この方がよかんべ。


旦那:いいから座んなさい。

   いや、大した用じゃないんだ。

   ちょいと提灯ちょうちん持ちで、あたしのともをしておくれ。


権助:はあ、ともかい。

   それァかまわねえけんど、どこさ行くんだべ?


旦那:どこでもいいだろ。


権助:ダぁメだァ、そりゃよかァねえだよ。

   旦那だんな様ァ行く先わかってるけんど、おらァ分からねえだからなァ。

   どこへ連れて行かれるか、心許こころもとなかんべ。

   鹿児島かごしまへ連れてかれるか、台湾たいわんに連れてかれるか、はたまた北京ぺきん

   上海しゃんはいかーー


旦那:この野郎、そんなとこへ連れて行くわけがないだろう。

   そんなバカな事があるか。


権助:へへへ、ダメだよ。

   バカな事があるだなんて思わねえ事が、世の中には起きるだでなあ。

   あんなかてかてえ言ってた番頭ばんとうさんが、女ァこしらえたくれえだで。


旦那:うるさいね。

   なんだな…うん、横丁よこちょうのアレのとこへ行くんだから、ちと付いて

   きなさい。


権助:あははァ、あぁアレかい?

   えぇよろしゅうございます。

   まぁどこへでもともするけんど、どんな具合ぐあいになるだね?


旦那:うん、これからすぐに行くんだ。

   だからお前は提灯ちょうちんに火を入れてくれ。


権助:あぁ分かっとるで。

   そいだら高張提灯たかはりちょうちん下げて行くべか。


旦那:お前ね…どこの世の中に高張たかはりを下げて女のとこへ行く奴があるんだ

   い。


権助:別によかんべぇ。おらァ聞いたど?

   この話はおかみさんも知っとるだし、ご親類も取引先もみぃんな

   知ったうえでもらったっちゅうことでねえか。

   なに一つやましいこたァねえし、隠す事もねえべよ。


旦那:ああ、その通りだよ。


権助:ならよかんべぇよ。

   こせこせ裏から行くよりも堂々と高張たかはり立てて行きなせえ。

   こういう者がいるちゅう事を世の中の野郎に堂々としてやったら

   よかんべぇ。

   「一人ぐれえはこういうバカが、いなきゃ世間せけんの目が覚めぬ」

   てな、歌の文句にあるべや。


旦那:何を言いやがるんだこんちきしょう。

   ふざけんじゃないよ、まったく。

   いいからそこのぶら提灯ちょうちんに火を付けて、支度したくしな。


権助:…なんでごぜえますだ?


旦那:~~だから、ぶら提灯ちょうちんに火をつけろってんだよ。


権助:はぁそうでごぜえますか。

   このぶら提灯ちょうちんに火を付けたら燃えるけんどええべか?


旦那:~~ッあのな、なんでいちいちそういう理屈を言うんだ。

   わかりそうなもんだろ。

   ぶら提灯ちょうちんの中のろうそく立てにろうそくを立てて、そのろうそくの

   頭に火を付けろってんだよ!


権助:ははは分かっとるだよォ。

   からかっただけでねえか。ムキになって大人げねえなあ旦那だんな様は。


旦那:~~…ったく、しょうがないやつだ。

   それじゃ、行ってくるよ。


女房:はい、よろしく伝えて下さい。

   たまには遊びにくるようにと。ええ、わたしは構わないんですから。


旦那:ああ、わかった。


   おい権助ごんすけ支度したくはできてるかい?


権助:もうできとるだよ。


旦那:…あのな、できてたらなぜできましたと言わないんだ。


権助:言おうと思ったがね、名残なごりしんでるようで可哀想かわいそうだったでな。

   さ、出かけべぇ出かけべぇ。


旦那:~~…はぁ。


   じゃ、留守るすを頼んだよ。


権助:ははは、こらァ風がびゅーびゅー言ってるだなァ。

   鼻がもげそうだでよ。

   しかしなんだべ、旦那だんな様もうれしかんべえ。


旦那:何がだよ。


権助:おかみさんもええ女にゃあちげえねえが、だいぶトウが立ってきたで

   なァ、わけえアマっこにはかなわねえってやつだなァ。


旦那:うるさいね。

   さぁさぁさぁ、どんどん歩きな。

   どんどん歩くんだよ。


権助:へいへい、歩いとるだよ。


旦那:歩いとるってお前、あたしの後ろを歩いてちゃしょうがないだろ。

   前に立って歩きな。


権助:へへ、よかんべ。

   「三尺さんじゃく下がって師の影をまず」と言うでな、

   おらァ家来けらいだから出しゃばっちゃいけねえと思ってな。


旦那:提灯ちょうちん持ちが後ろから歩いてきてどうするってんだよ!

   暗いんだから、お前があたしの先を歩かなきゃしょうがないじゃな

   いか。


権助:はは、そうかねえ。

   先を歩かなきゃしょうがねえなんてな事を言って、何か出てきても

   おらにまかして逃げんべぇと思っとるだべ。


旦那:そんな事をする奴があるか。


権助:そりゃあまあ冗談だがな。

   なんのかんの言うけんど、旦那だんな様ァなんだね。

   よくおらァ起こしてともにしようと思っただね。

   この間の立ちしょんべんでりてるはずだけんど。


旦那:なんだとこの野郎。

   お前、承知のうえでやってたのか。悪い奴だな。

   みんなぐっすり寝てるんだ。起こすのも可哀想かわいそうだろ。


権助:ははは、そうだんべなァ。

   【つぶやくように】

   寝てるのをおこしてこれからめかけンとこ行くから提灯ちょうちん持ててえのは、

   いくらなんでもはじがあって言いにくかんべぇ。


旦那:何かいったか、権助ごんすけ


権助:あぁいや、なんでもねえ。

   ほんのわずかなこった。


旦那:この野郎、男らしくない奴だな。

   なんかあったら大きな声で堂々と言いな。


権助:ははは、そうかい。大きな声で言ってかまわねえか。

   じゃあまぁ、大きな声でしゃべるかな。

   

   【クソデカ声で】

   えぇ~一年ぐれえあのアマっこと続いてるが、夜寝た味はどうだべ

   ェ!?


旦那:ぉっこっ、この野郎、はっきりした事を言いやがるな…!

   なんてこと言うんだ!


権助:へへ、まあ気にすることはねえ。

   わずかなこった。


旦那:急に小さくなりやがったよ。

   どうも嫌な奴だなお前は。


   こまごました所へ気が付いてなかなかいい子だよ。


権助:何がこまごましたとこに気が付いてだ。

   そんな事はおらァ別に聞きてえわけでねえだよ。

   話をそらしたってダメだァ。逃げようったってそうはいかねえべ。

   うちのおかみさんだってなかなかいい女でねえかい。


旦那:あぁなかなかいい女だよ。


権助:そうだんべなぁ。

   なんでまたわきに一人持つ気になっただ?


旦那:そりゃあ男というもんにはな、いろいろ欲の深い所があるんだ。


権助:はは、そうかねえ。

   欲の深すぎるような気もするべ。

   この夜夜中よるよなか達者たっしゃなもんだ。


旦那:何を言ってるんだこの野郎。


権助:はは、でーなにけぇ?こうやってともしてくと、いくらか小遣こづかいくれる

   んだべな?


旦那:なんだ?欲が深いな。


権助:男は欲の深いもんだって、旦那だんな様がそう言ったでねえか。

   言ってることが時々違ってくるってのはだらしねえもんだべ。


旦那:~~ぐずぐず言わないで、ちゃんと照らして歩きゃそれでいいんだ

   よ。


権助:へへへ…お、着いたけんど旦那だんな様、どうするべ?


旦那:起こしなさい。


権助:起こして構わねえかい?

   【ドンドン戸を叩きながら】

   起きれェ―いッ!

   おぉーいッ!起きれェーーーいッ!!

   アマっこ起きろほれェ!

   旦那だんなが来たってなァ!

   つきづきかねを持って来る旦那だんなが来たから起きろォ!

   眠たがらねえで起きろォほれ!

   金の冥利みょうりだァ!


旦那:ッなんて起こし方をするんだ、バカ!


妾:はぁい、どなた…?


旦那:ああ、あたしだ、あたしだよ。


妾:!まあ、どうなすったんですか、こんなに遅くに。

  お仕事のお帰りなんですか?


旦那:いや、別に帰りでも何でもないんだ。

   うちで寝ようとしてたんだ。

   するとうちのやつが、「風も強いし、こんな晩こそ向こうへ泊まって

   やると、女というものは心強く思うから」なんて言うんでな。

   まあ、うちのに言われてきたようなもんだ。


妾:そうなんですか。まあ嬉しいじゃありませんか。

  なんのかんのと…私みたいに幸せな者はございませんよ。

  いつもいつもまあ世話せわになって…そればかりじゃありませんのよ。

  ふつうこんな事をしていたら白い目で見られるとか、意地悪いじわるされるとか

  、嫌がらせされるのが当たり前なのに、やれ着物だ帯だと頂戴ちょうだいして…

  こないだなんて、芝居しばい切符きっぷが入ったからどうだなんてお誘いを

  受けたりしたんですよ。

  その上こんな晩に行ってやれだなんて…本当にもう私は果報者かほうもの

  ございます。


旦那:お前がそう思ってくれてありがたいよ。

   それじゃ、上がらしてもらおうか。


妾:ぁっちょっ、ちょっと待ってください。


旦那:?なんだい急に。


妾:お願いがあるんです、聞いて下さいな。

  その、大変にありがたいんですけど、そのお気持ちを私がそのまま

  受けてしまったら、本当に甘えっぱなしで、物の分からない女に

  なり下がります。

  お願いですから、今晩だけはお宅へ帰って下さい。


旦那:うぅん…そんなに気にしなくたっていいんだが…そうか。

   まあ分かったよ。戸締とじまりをちゃんとして寝なさい。

   おい権助ごんすけ提灯ちょうちんに火を入れろ。


権助:おぇあ?どうしたんだい?


旦那:なんでもいいから、先を歩きなさい。


権助:なんでおらが先を歩くんだ?

   どうした、めてくれねえのか?

   そんなバカな事なかんべぇ。てめえのもんなんだから、押し入って

   入ったってよかんべ。

   それともなにけ?ここんとこのつきづきの払いがまったりなんかして

   んのかい?


旦那:そうじゃないよ。あれの言う事ももっともだ。

   良いところがあるよ。


権助:へへへ、良いところがあるだなんて…ま、られてめてりゃあ

   世話せわァねえべ。

   さてどうするだ?今さら帰らなかんべえ?

   おらと遊びにでも行くかァ?うん?もう一人こさえるかァ?


旦那:うるさいな。


権助:へへ、なんか言うとうるせえうるせえーーっほれ危ねえ!気を付け

   ろ!穴があるでな。

   旦那だんな様がおっこって死んじまうと、二軒にけん店がつぶれちまうべ。

   …さ、着いたけんど、どうすべ?


旦那:ああ、起こしなさい。


権助:【ドンドン戸を叩きながら】

   起きれェ―いッ!

   おぉーいッ!

   起きれェーーーいッ!!

   出戻りの旦那だんな様がけえって来たでェ!

   無駄足むだあしんでけえって来たァ!


女房:はい…あれ、どうなすったんですか?

   留守るすだったんですか?


旦那:いや、いたんだ。で、話をしたんだよ。

   お前の事を言うと大変喜んでたよ。

   それで、いろいろ気を使ってくれてるらしいな。

   大変にありがたいって嬉しがっていたんだけど、あまりそれに甘え

   て物の分からない女になるのが嫌だと言うんだ。

   それで今晩だけはお宅へ帰ってくれと、そう言うから帰って来たん

   だ。


女房:まぁそうですか…あの子は立派ですね。


旦那:ああ。で、あたしもそう思うからこうして帰って来たんだ。


女房:そうでしたか…これは驚きました。

   お話は分かりました。けど、それはそれです。

   あちらへまって下さい。


旦那:えっな、なんでだい…!?

   いいじゃないか。


女房:いいえ、いけませんよ。

   気持ちはわかります。気持ちはわかりますとも。

   でもだからと言って私がうちへ泊めたら、今後お前さんのしめしが

   着かなくなりますよ。

   こうしておめおめと帰って来られたら、私の立場もないじゃありま

   せんか。

   後生ごしょうですから、向こうへまって下さいな。


旦那:うぅむ…わかった。

   権助ごんすけ提灯ちょうちんに火を入れろ。


権助:ああ、消さずに待ってただよ。


旦那:お前ね、何て無駄な事をするんだバカ野郎。

   なんだって一つで済むものを二つも使って。

   それを無駄と言うんだ。


権助:こりゃあすまねえべ。言われりゃもっともだべ。

   一つで済むものを二つも使ってなんてな、近所にある話だ。


旦那:皮肉を言うんじゃないよ。


権助:うへへへ、皮肉に感じるところを見ると、これでもわかるか。


旦那:わかるよ、バカ野郎っ…!


権助:向こうもダメでこっちもダメか。

   いよいよ住むところが無くなったべ。

   おらァの村でも来いや。

   旦那だんな様一人の世話せわぐれえするでな。

   おらの村は米もうめえしよ、ドジョウもたんといるし、

   タニシもれるべ。


旦那:そんなことはどうでもいいんだよ。


権助:へへへ、あっち行ってダメ、こっち行ってダメ…、

   ほれ、着いたべ。

   【ドンドン戸を叩きながら】

   おぉ―いィッ!

   また来たぞォーぃッ!

   開けろやほれェーーーッ!!

   寝たふりすんなァーーッ!!


旦那:寝たふりする奴があるか。


妾:…どうなすったんですか、旦那だんな様?


旦那:ああいやな、お前の事を話したら大変に喜んでたよ。

   それで、女には女の示しがつかない道があるから、やはりこっちへ

   泊まってくれてな事を言われてな、こっちへ来たんだ。

   今日はここでめてもらおうか。


妾:まあ…涙が出るほどうれしいです…!

  でも、奥様の気持ちは分かりますけど…それでもし私がめたら、

  明日からもう二度と奥様に顔向けができなくなります。

  どうかお宅へお戻りになってください。


旦那:うぅぅん……。

   権助ごんすけ提灯ちょうちんに火を入れろ。

   …何にも言わずに黙って歩けよ。


権助:へえい。


   【二拍】


   旦那だんな様、着いたで。

   【ドンドン戸を叩きながら】

   おぉ―いィッ!

   またけえって来たぞォーぃッ!

   開けろォーーーッ!!


旦那:あー、あたしだ、あたしだ…!


女房:あら、どうなすったんですか。


旦那:いや…向こうもめてくれないんだ。

   明日からお前に顔向けできなくなるからお宅へ戻れって言うんだ。


女房:そうはおっしゃっても、私もめるわけには参りません。

   一度言い出したんですから、どうか向こうへまってください。


旦那:~~権助ごんすけ提灯ちょうちんに火を入れろ。


権助:はあぁ行ったり来たりせわしねえべ。

   【ドンドン戸を叩きながら】

   おぉーーーいッ!

   また来たぞォーーーッ!


妾:後生ごしょうですから、今晩だけはお宅へ戻って下さい。


旦那:【だんだんベソをかき始める】

   権助ごんすけェ、提灯ちょうちんに火を入れろ!


権助:まるで飛脚ひきゃくだべ。

   やっぱり小遣こづかいもらわにゃわりにあわねえだよ。

   【ドンドン戸を叩きながら】

   ぅおぉーーーいッ!

   開けろォーーーいッ!!


女房:何べん言わせるんです。女には女の道があるんですから、向こうへ

   おまりになって。


旦那:【半泣きになっている】

   ッ権助ごんすけェッ、提灯ちょうちんに火を入れろォ!


権助:ぁ~それには及ばねえべ。


旦那:どうしてだ?


権助:夜が明けたぁい。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


立川談志(七代目)

柳家一琴



※用語解説



悋気りんき

男女間の事で(主に女が)焼くやきもち。


疝気せんき

男性特有の、下腹部や睾丸が痛む病気の総称です。

現代医学では、脱腸ヘルニアや睾丸炎、神経性腸炎、寄生虫症などの

病気を指し、当時の人々はこれらの症状をまとめて「疝気」と呼んでいた


めかけ

愛人。二号さん。


ちん

日本原産の愛玩犬種。

他の小型犬に比べ、長い日本の歴史の中で独特の飼育がされてきたため、

体臭が少なく性格は穏和で物静かな愛玩犬。『狆』という文字は和製漢字

で、屋内で飼う(日本では犬は屋外で飼うものと認識されていた)犬と猫

の中間の獣の意味から作られたようである。開国後に各種の洋犬が入って

くるまでは、姿・形に関係なくいわゆる小型犬のことを狆と呼んでいた。

庶民には「ちんころ」などと呼ばれていた。


結城ゆうきもの

結城紬の着物の事。

茨城県・栃木県を主な生産の場とする絹織物。単に結城ともいう。

奈良時代から続く高級織物で、本結城の工程は国の重要無形文化財。

近現代の技術革新による細かい縞・絣を特色とした最高級品が主流。

元来は堅くて丈夫な織物であったが、絣の精緻化に伴い糸が細くなってき

たため、現在は「軽くて柔らかい」と形容されることが多い。


敷居しきいをまたいで出ると、男には七人のかたきがある  ませんか。

正しくは「男は敷居を跨げば七人の敵あり」

一歩家を出れば社会には多くの敵(競争相手や困難)がいるため、

油断してはならないという意味。この「七人」は特定の7人を指すのでは

なく、多くの敵がいることのたとえである。


越中えっちゅうふんどし

長さ三尺(約91 cm)、幅一尺(約30 cm)の布の端を筒状に縫い、

その筒に腰紐を通した下着である。一部ではクラシックパンツ、

サムライパンツとも呼ばれている。


高張提灯たかはりちょうちん

長竿の先に大きななつめ型の提灯を掲げる提灯の一種。

江戸時代初期に武家の照明器具として使われ始めたのが起源で、

現代では祭礼や葬儀の行列、飲食店の看板、店舗装飾などに目印として

広く用いられている。


・ぶら提灯ちょうちん

まっすぐな柄の先につけてぶら下げるようにした提灯。

ぶらりちょうちん、またはぶらとも言う。


三尺さんじゃく下がって師の影をまず

弟子が師を敬うために、三尺(約90cm)ほど下がって歩き、

師の影さえも踏まないようにする、という意味。

師匠を尊敬し、常に礼儀を正しく保つべきであるという戒めの言葉。


・トウがたつ

人が若い年頃や盛りの頃を過ぎてしまうこと。

もともとは野菜が「薹が立つ」状態から来ている比喩表現。






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