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終焉の十三階段  作者: 速水静香


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第八話:復路

 住宅地を逃げまどう私たちの前に、大通りが見えてきた。そこへ向かえば…。


「アイリ…。」


 ユイが声を詰まらせた。

 大通りには人通りが多いはずだった。


 なのに、そこには誰一人としていない。


 その代わり、道路の上にはこれまでに見たことがない、不思議な光景が広がっていた。


 車両が道路の中央に停まっているのだ。

 それも一台ではない。何台もの車が、まるで運転中に運転手が突然消えてしまったかのように、無造作に止まっている。


 どの車もエンジンがかかったままだ。

 けれども、車の中を見ると、ハンドルの前には誰もいない。


 私は車のドアを開けた。

 その中は、無人だ。

 シートベルトは装着されたままの状態で、誰もいない席にかかっており、ドリンクホルダーには、まだ飲みかけのペットボトルがあった。

 そして、エアコンの風が吹き出し、ラジオがノイズを発し続けている。


 車に乗っていた人達が、何の前触れもなく、突然この世界から消えてしまったとしか思えない光景だった。

 周囲を見る。

 いや、車だけではない。

 歩道には無人の自転車が、荷物を周囲に散乱させたまま、道路に倒れている。


 そう。全ての人が瞬間的に消え去り、その痕跡だけが取り残されたかのような。

 世界が終わり、全ての人が消え去ってしまったような光景が、私たちの目の前に広がっていた。


「まさか、みんな…。」


 全てが繋がり始めていた。

 失踪した人々は、完全に居なくなってしまったのだ。

 そして、私たち以外の人たちはもう…。


 私たちはその場から必死で逃げ出した。この異様な光景から目を逸らすように。まるで私たちも消されてしまうことを恐れるかのように。

 ただ、前へ前へと。


 そんな中、コンビニが目に入った。


「アイリ、あそこなら…。」


 ユイが声を絞り出す。建物の中なら、少しは安全かもしれない。

 私たちは自動ドアの前に立った。


「入ってみましょう。」


 センサーに反応して、ドアが開く。

 店内からは、冷蔵ケースの低い唸りと、いつもの店内BGМが聞こえてきた。


「電気、まだ通じているのね。」


 私たちは店内に入った。商品は棚に整然と並び、レジには買い物かごが置かれている。

 人がいる気配こそまったくないけれど、いつもの雰囲気が残っていた。BGМが流れる店内は、どこか心強く感じられた。


「誰かいますかぁ?」


 ユイが叫んだ。

 私とユイは、駄目だとは思いつつも、店員を探した。


 その時、ふと私は何かに気が付いた。

 商品が並ぶ棚にいる私たち。その棚の隣に何かがいる気がしたのだ。


 棚の隙間から、一瞬だけコンビニの制服を着た人が見えた気がする。


「あ、あの!」


 私は、その方向へ声を掛ける。


「…うっ。」


 でも、気がついた。

 急に息が止まりそうになった。


 私は思わず目を凝らす。誰もいないはずの通路。

 けれど、確かに誰かがいる気配。

 まるで私たちを見ている何かがいるかのような感覚。


「アイリ?」


 ユイの声も上ずっている。


 目を凝らしても、そこにはもう誰もいなかった。

 私は必死で冷静を装おうとした。気のせいだと思い込もうとした。

 でも、確かに見えた気がする。制服の裾。誰かの姿。


 次の瞬間、私の背後に人がいる気配を強く感じた。

 息が止まりそうになる。振り返ることができない。

 いや、振り返ってはいけない気がした。


 ユイの表情が強張るのが見えた。彼女も何かを感じ取ったのだろう。

 私の背後にいる異質な存在に、気付いているのが分かった。


 それは確実に私たちを見ている。

 振り向けば、きっとコンビニ店員の制服を着た何かがいるはず。その視線が、私の背中に突き刺さるように感じられた。


 でも、振り返っちゃいけない。


 まるで私たちを引きずり込もうとするかのような、異様な気配。

 この場から逃れなければ。


「出ましょう。」


 強く私は言った。

 ユイは、何も言わないかったけれど、意味は理解している。

 

 店内を走る。

 前へ前へと、進んだ。


 決して後ろを向いちゃいけない。

 私たちは急いで、そのコンビニを出た。


 外に出ると、街全体が一層色褪せて見えた。

 建物も、道路も、空さえも赤褐色に染まりつつある。


 しばらく、走った。


 どこまで走っても、無人だ。

 そして、世界が終わってしまったかのような雰囲気。


「アイリ。ちょっと、ごめん。」


 ユイが立ち止まった。

 私もそれに合わせて、その場に立ち止まる。


 周囲を少しだけ確認した。


 少なくとも、先ほどコンビニ店内にいた存在の気配は消えていた。

 少しだけ、それに安心した。


 だけれども、状況は改善していない。

 この異常な状況から逃れる場所を探さなければならないのだ。


 私とユイは、そこで少しだけ立ち止まっていた。

 これから、私たちはどこへ向かえばいいのか?

 分からないけれど。


「アイリ、どうすればいいの…。」


 ユイの声が震えていた。私にも答えは見つからなかった。

 ただ、このままだと、私たちもまた消えてしまうかもしれない。


「学校…。」


 突然、私の頭に浮かんだ。


「学校?」

「ええ。そこで全てが始まったのだとしたら…。」


 私の言葉の意味を理解したのか、ユイは小さく頷いた。


 私たちは顔を見合わせた。

 確かに危険かもしれない。でも、このまま逃げ回っているだけでは何も解決しない。

 だけど、真相を知るためには、全てが始まった場所。

 つまり、学校へ向かうのが適切なのかもしれない。


「行きましょう。」


 私が言うと、ユイは不安そうな表情を見せながらも頷いた。


 大通りを横切る。人気のない道路には、信号が虚しく色を変えていた。

 その先には、ぼんやりと北高の校舎が見えていた。


 近づくにつれて、校舎の異様さが際立ってくる。

 窓という窓が、まるで瞳のように私たちを見つめているような錯覚。

 そして、校舎全体が赤褐色の色調を帯びていた。


「アイリ…。」


 ユイの声が震える。

 私も感じていた。この校舎には、もう誰もいないような気配を。

 けれど、私たちは立ち止まるわけにはいかない。

 真相は、この中にあるはずだから。


 校門をくぐる。中庭には誰の姿もない。

 そして、あの北校舎の階段が、私たちを待ち受けているかのようだった。


 校庭を横切る私たちの足音だけが響く。

 いつもなら部活動の声が聞こえるはずなのに、今は完全な静寂が支配していた。


「誰もいないの?」


 ユイの呟きが、不気味に空間を満たす。

 私たちは、まず南校舎へと向かった。


 昇降口の靴箱には、整然と上履きが並んでいる。

 先ほどまで、生徒がいたかのような。しかし誰もいない。

 世界が突然終わってしまい、それについていけなくなかったかのような状況だ。


 私たちは上履きに履き替えた。その音が廊下に響く。

 ふと、廊下から、教室を見て回ることにした。


 教室を一つずつ確認していく。

 どの教室も、机や椅子は整然と並んでいるけれど、そこには生徒の気配がない。ノートや教科書が、机の中に整然と並べられている。


「職員室へ行ってみましょう。」


 私は、ユイに声をかけた。

 

「うん。」


 ユイの声は弱弱しい。


 職員室のドアの前。

 部屋の中からは、誰かがいるような感じはしない。

 だけど。

 万が一、誰が居れば…。


 私はそう思いながら、ドアに手をかけると、鍵はかかっていなかった。

 ゆっくりとドアを開けた。


 中は、まるで時間が止まったかのようだった、

 先生たちが座っている、机の上にある、パソコンの画面はまだついたままだった。

 書類や束になったプリントがあちこちに置かれている。


 入れたてのコーヒーが置かれていて、独特な職員室の匂いを感じた。

 ただ、今でも人さえいれば、いつもの職員室そのもの。


 ただ、問題は今、職員室には誰もいなかいことだった。

 まるで、人が瞬時に消え失せてしまったかのような雰囲気だった。


「アイリ。ここにも、誰もいないね。」


 ユイがぽつりとつぶやく。


「そうね。」


 私はユイに頷くことしかできない。


 まるで、全ての人が突然消えてしまったかのような光景。

 それは私たちの教室で見た光景と同じだった。


 ただ、ここにはより重たい空気が漂っていた。

 職員室を出ると、廊下の空気が一層重く感じられた。窓から差し込む光も、徐々に色を失っているような気がした。


「出ましょう。」

「うん。」


 簡単な会話。

 それだけで意思疎通は終わった。


 私たちは足早に職員室から離れる。廊下の窓から差し込む光が、さらに赤褐色を帯びていく。


 私とユイは特に行く当てもなく、廊下を進んだ。

 ただ、何となく進んでいった先に、私たちの教室が見えた。


 いつもの習慣なのか、私とユイはそのまま教室へと近づいていった。

 ドアを開ける。


 教室の中は、まるで授業が始まる直前のよう。

 けれど、そこにいるはずの生徒たちの姿が、完全に消えている。


「誰もいないね。」


 ユイの声が小さく響く。


 誰もいない教室。

 私は窓の外を見た。そこから見える北校舎が、異様な存在感を放っていた。


 ユイも北校舎のほうを見ていた。

 そして、こちらを向いた。


「アイリ。」


 ユイの言葉が途切れる。


 私たちは、お互いの顔を見合わせた。

 すべての始まりとなった、あの場所へ向かわなければならない。


「分かったわ。」


 不自然な静けさの中、私たちは廊下を進んだ。

 二人分の足音が空っぽの校舎に反響する。

 私たちの周りの世界が、ゆっくりと色を失っていくのを感じながら。


 私とユイは渡り廊下へと向かった。

 南校舎と北校舎をつなぐ通路。いつもはごく当たり前に通る場所なのに、今は重圧を感じさせる空間へと変容していた。


 二人の心は同じだった。先に進まなくてはと。

 でも、一歩を踏み出すたびに、恐れの気持ちが大きくなっていく。


「アイリ?」

「そうもいかないわ。この状況が始まったところに、原因があるはずだもの。」


 私は自分に言い聞かせるように返した。


 渡り廊下へと足を進める。目の前には、薄暗い北校舎の姿が広がっていた。


「アイリ、見て。」


 ユイは、廊下にある窓から外を見ている。

 私も、その視線の先を確認する。

 その窓を通して見える北校舎が、赤褐色の色調が強くかかっているかのように見えた。

 それは、まるで別世界のように見えた。世界が終わっている。


「急ぎましょう。ユイ。」


 私は、足を早めた。


 そう、私とユイが消えてしまう前に、北校舎へと辿り着かなければ。

 そして、世界の終わりに飲み込まれてしまう前に、真相を知らなければ…。

 

 ユイと私は渡り廊下を進んでいく。

 そして、私たちの前に、北校舎の入り口が見えてきた。

 しばらく、北校舎内の廊下を進んでいく。

 するとそこには、あの動画で見た階段が、まるで私たちを招き入れるかのようにそびえ立っていた。


 私とユイは足を止めた。

 階段は、まったく変わらない。

 その何も変わっていないこと事態が、その階段の異様さを物語っていた。


 そこで私は気が付いた。

 そうだ、この階段が変わらないのではない、その他がこの階段のようになってしまったのだ。


 私たちは階段の前に立つ。まるで深淵を覗き込むような感覚。今まで経験したことのない重圧が、私たちを包み込んでいた。


「図書室へ行きましょう。」


 咄嗟に私は、そう言い出した。この階段から目を逸らすように。

 今、階段を見ているのが辛かった。まるで吸い込まれそうな気がして。この階段を上った先には、消えていった人たちが待っているのかもしれない。


「早く、図書室に行こう?」


 ユイは、そう言って階段から目を逸らすように足を進めた。

 私たちは図書室へと移動を始めた。

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