孤独
人に生まれたことのなぜ?を私はいつも考えている――。
「・・・」
いつもの帰り道。私はふと夜空を見上げる。
宇宙に漂う星雲の美しさに魅了され、しかし、よくよく見てみればその星々の構成の隙間にある広大な空域は寂しさでしかなく、そのことに気づいてしまった私は、どこまで行っても世界は孤独なのだと知ってしまう。
神さまは意地悪だ。私が神さまだったら、絶対にこんな残酷な世界は作らない。みんなが無条件に幸福で、常に平和で温かいそんな世界を私は作る。
「あなたはあなたを許せていますか?」
駅前でふいに声をかけられ、私は驚きその方を振り返る。そんなオーラでも出ているのか、私はなぜか 宗教系の人によく声をかけられる。
「あなたはあなたを許せていますか?」
「・・・」
私が私を許す?私は固まってしまった。
そんなこと、考えたこともなかった・・。
この街の夜を一人歩くことほど、惨めなことはない。そう思いながらもどうすることもできず、私は今日も一人この街の夜を歩く。
私はこの街を彷徨う家のあるホームレス。私に居場所はない。都会の底辺で夜の街を彷徨う家出娘と何も変わらない社会的立ち位置。
茫漠とした社会に投げ出された私の孤独を笑われながら、孤独という字を書くことだけがうまくなっていく。
孤独は罪じゃない。
病でもない。
ただ悲しいだけ・・。
誰もいない部屋に帰り、今日も、私は一人の夜に眠りつく。
――目をつむったその先に、誰も傷つかない世界を夢想する――
そんな世界があったっていいじゃないか。
「いいじゃないか・・」
理想を呟く、その、でも――、虚しさだけが、世界の片隅にあるこの部屋の闇に溶けていく。
もしかしたらあり得たかも知れない青春を夢想し、私は、惨めな今をさらに惨めに嘆く。
友だちがいて、夢があって、明るい未来があって、輝く日常があって、家族とも仲がよくて、中学も高校も楽しくて、卒業なんてあっという間で、同級生との別れに涙して、当然大学にも行って、何もかもが順調で、そこには楽しい毎日があって、友だちと毎日下らないことで笑って、友だち同士誕生日なんか祝ったりして、時には、踊ったり歌ったりふざけたりして、じゃれ合って、そんなことでいい、そんな青春――。
まだかさぶたにすらなっていない心の生傷から、また少し血が流れた。何度も何度も傷つけられたその場所を、私は何ども何度も引っ掻いた。もう、二度と治ることのないその傷の痛みに、私は歪な快感すらも感じていた。
何をしてもいつも傷ついて、同じところを彷徨い、同じ失敗をグルグルと繰り返しながら、同じ辛酸を舐め、同じ場所に同じ傷を作り、結局また同じ不幸の中に戻っている。私という業の中に囚われた哀れな人間の輪廻。
それが、私。
田舎に適応できない人間が都会に適応できるはずもなく、私もいつしか都会の孤独の中で生きながら死んでいた。私の顔は、いつしか冷たい鉄の仮面のように硬く固まっていた。
自分でそれが分かった。
私は、上手に傷つくこともできず、ただ、虚空を見つめる。
「どうしたらいいの?」
私という人生を、どうしたらいいの?どうしたらよかったの?
誰か教えて。
豊かな時代に豊かな時代の苦しみがある。平和な時代には平和な時代の苦しみがある。だから、今、この戦争や貧困のない恵まれた時代に生まれても、私は自分を幸せだとは決して思わない。
戦争も、飢えるほどの貧困もないけれど、ここには、孤独、いじめ、差別、格差、競争、自尊心を堪らなくえぐりつくすような、そんなことは山ほどにある。
安心できる人間関係、思いやり、やさしさ、温かさ、包容力、共感、そんなものは欠片もない。少なくとも私の人生には皆無だった。
バラバラな心を縫い合わせて、今日も何とか生きている私という屍。
ただ傷つかないことだけで毎日が精一杯で、人生に設計なんてとてもできなかった。痛みにまみれた過去と、不安と恐怖に満ちた私の未来。絶望という圧倒に、無力な今・・。
もう一ミリも生きたくはない。でも、死にたくない。私はいつもそんな分裂した私の中に鬩ぎ合っていた。
「生きる。死ぬ。生きる。死ぬ」
私は私の中に鬩ぎ合っている。鬩ぎ合っている。
なんとなく眠れなくて、闇の中に私は目を開ける。
「・・・」
真っ暗な天井を見上げると、ふいに、私を見降ろす高文の顔が目の前に浮かんだ。私の上に乗り必死に腰を動かす高文はいつも私を見てはいなかった――。
高文は生きているのだろうか。大震災の後、一度携帯に電話してみたが、電源が入っていないか電波の・・、というあのお決まりの無機質な声が聞こえてくるだけだった。
モテない者同士、クラスの底辺で生きる者同士、妥協と打算の中でつき合っていることを自覚した関係だった。私たちのような醜く弱い人間が人並みのことをしている事がどこか後ろめたく、本当に幸せそうな美男美女のカップルを見るといつも二人で俯いた。
なんだかみんなに笑われているような気がしていつもおどおどし、こそこそと人眼を忍ぶように人気のない影の方影の方へと二人の居場所を探した。愛などという高尚なものは、感じる心のゆとりすらもなく、自分たちが儀礼的に青春のゆきずりでつき合っている自覚が自分たちを常に圧迫していた。二人でいる時は、お互いそれを意識して白けるのをいつも恐れていた。
ちょっとでも、ほんのちょっとでも、言葉を発してしまえば、その言葉の端に真実の私たちを見つけてしまいそうで、だから、お互い何かを言うことを私たちは怯えるようにいつも避けていた。
セックスをしていれば、言葉はいらなかった。さしてしたいとも思わないセックスを会う度にしていたのも、そのせいかもしれない。
「高文・・」
愛だとか恋だとかなんだとかそんな関係ではなかった。でも、でも、今はなぜか堪らなく高文に会いたかった。
震災直後に電話してから一年近く経つが、なんだか怖くてあれから一度も電話をしていない。明日、電話してみようかと、絶対しないだろうなと思いながら私はもう一度目をつぶった。