街
私がこの街に来て、初めての夏。私の中の凍るような寂しさに、この夏の異様な暑さはどこか不釣り合いだった。
誰もいない街の闇に、赤い信号だけが光っている。深夜も過ぎた誰もいない街。閑散とした世界に、赤だけが光るその不気味さに、そこに一人立つ私は怯えた。
田舎の感覚でいた私は、心のない人間っていうのが、本当にいるということになかなか気づけないでいた。この街では、そんなことは当たり前だったというのに――。
純粋な私を誰が愛するだろうか。この邪な世の中で――。
私は自由だった。あの日、町という無言の囚われから私は解放された。物心ついた頃からずっと縛られていたあの二十四時間常にあらゆる角度から私を監視している町の空気から、私は生まれて初めて釈放された。
世界はこんなに自由だったんだ。世界とはこんなにも広かったんだ。私はその時、町を出て初めて知った。
「アイムフリー」
私は叫びたかった。全世界に向かって叫びたかった。全身を使って叫びたかった。
「アイムフリー、アイムフリー」
私は自由だった。
でも、故郷からやっとの思いで逃げて逃げて、必死に逃げて辿り着いたその場所は、世界の果てにある田舎の片隅から見えていたキラキラと輝く理想郷なんかじゃなかった。私はそのことにすぐに気づく。
この街は何かが死んでいた。人はいっぱいいるのに、生きているものが一人もいない世界。無機質で灰色の世界。そこは、子どもの頃に読んだSF漫画の世界に出てくる機械と泥でできた世界だった。
心も魂もなく、人だけがうじゃうじゃと蠢く、人によって作られた人の最も快適とされる人口空間。都会。
みんな目が死にながら歩き続ける。早くも魂の抜けた人生の終着点に佇む若者たち。何ものをも見失った老人たち。
この街はみんな病んでいる。みんな病気だから、誰も自分が病気だということにすら気づくことがない。病気であることが当たり前なのだから、ここではそれは正常なのだった。
愛されなかったものたちの残骸。愛されなかったものたちの屍の群れ。愛されなかったものたち叫び。それがこの街の正体だった。
裸の男たちを相手にしているとそれがよく分かった。
卑屈に笑うと男たちは喜んだ。それが、この街で私が最初に学んだことだった。
人に温もりを求めてはならない。
人にやさしくしてはならない。
人に弱さを見せてはならない。
私はこの街のルールを次々と学んでいった。
みんな笑っているのに、幸福な人間は誰もいない街。みんな恵まれているのに、そのことに気づいている人間は誰もいない街。みんな豊かなのに、満足している人間は誰もいない街。平和なのにいつも誰かと戦っている街。
まるで、満たされれば満たされるほどに、不満が肥大化し飢えていくかのように、この街の人たちは、いつも何かに怒り、何かにイラついていた。
欲望の渦の中で溺れながら生きている、そんな悲しい生き物たち――。欲望は人を堕落させ、そして、腐らせていく。貪るような欲望の渦潮の中で、欲望が欲望を飲み込んでいく。私はその中の最弱の立場で生き、その欲望の渦の中で、ただただ人間の汚さに搾取され、傷つき穢されていく。
街のネオンだけが妙に明るい。だが、それは人々の幸福を照らし出す光りではない。不安。明るくないとみんな不安だった。動機がそんな光。
この街をどれほどの明かりで、ピカピカと煌びやかに明るく照らし出しても、決して埋まりはしない孤独と空虚を胸の奥に隠して、人々は幸せであるという虚構と幻想を演じながらこの街をチンドン屋の如くおどけて練り歩く。