道化師
今日も世界は滅びていない。目覚めると今日もあの私がいる。まだ薄ぼんやりした意識が、堪らない絶望の中に溶けてゆく。今日も私はあの私だった――。
気づくと私は私になっていた。確定した私。私という絶望。明日吹く風がどこに吹こうと私には関係ない。私は明日も私なのだから――。
「もう少し努力しましょうね」
二者面談の時に担任の先生が言った。
「・・・」
私は言葉もなくうつむいた。
スクールカーストの最底辺だった私は、日々、いじめられないように、クラスで浮かないように、バカにされないように、疎まれないように、無視されないように、仲間外れにされないように、そのことだけに必死だった。それだけで、もう一日のすべてのエネルギーと意識を使い果たしてしまい、勉強どころではなかった。勉強なんて、すり減った精神の中で、する気力すらが持てなかった。そんな私がどう努力しろというのか。
「ふざけるな」
私は叫んだ。
「ふざけるな」
私は持っていた。テレビのリモコンを思いっきり壁に投げつけた。
たくさんの、どこまでも残酷な暴力が日々私を蝕んだ。
どうしてそんなに上手に人を傷つけることができるの?
私にはできない。どうして?
すべての言葉の欠片に、悪意を感じるようになったのはいつの頃からだったろうか・・。
「お前は絶対に許さないから」
私の目の前に立つ、矢川さんは、私を鋭く睨みつけていた。私をいじめる同級生たちの主犯格の人だった。
「お前を絶対に許さないから」
許さないのは、私の方ではなかったのか・・?その倒錯した彼女の傲慢に膨らんだ思考に私はたじろぐ。
しかし、彼女の目は、私を恐ろしいほどに見据え、憎んでいた。
どうしても許せない奴がいる。絶対に許すことのできない人間がいる。
どこに向けていいのか分からない怒りが常にあって、向ける先もないまま、私は憎しみに悶える。
「似顔絵描いてあげるね」
そう言った姉の描いた絵には、ただ、言葉で大きく、ブ・サ・イ・クと書かれていた。
最悪に性格の悪い人間だった。虐待に近いいじめを小さい頃から私はこの姉から受けていた。彼女は、ことあるごとに私のすべてを否定した。私が、何をしても何を言ってもすべてを、お前は間違っていると侮辱した。私が骨折した時でさえ、お前が弱いからだと姉は言った。
でも、姉の方が、生きるのはうまかった。学校では友だちも多く、家では家族みんなから愛され信頼されていた。
「正義はどこ?」
学校で教わったあの悪がくじかれる正義はどこにあるの?テレビに出てくるあの悪を倒すヒーローはどこ?
もしも、もしも、生きることに何の意味もなくて、いいことも悪いこともたんなる人間の主観でしかなくて、だから、悪いことをしても地獄に落ちることもなくて、神さまから天罰を受けることもなくて、何事もなく、ただ死ぬだけだったとしたら・・、ただ死ぬだけだったとしたら・・、私の魂はどうなるの・・。私のこの傷ついた魂はどうなるの・・。
私は堪らなく不安になる。
結局、私の周りは常に敵だらけだった。今にして思えば、成功するはずのない努力を、私は必死になってやっていただけだった。
哀れな、惨め過ぎるとんだ道化師。
それが私――。