職場
許して欲しいあの人に、私は絶対に許されることはない。なぜなら私は、最低の人間だから――。
漂泊した私の行く末の先の漂着として辿り着いた場所。それがこの待合室。
女子の纏い身に着けた安っぽい、それでいて意志とは関係なく人を惹きつけてしまう科学的に合成されたよい匂いの充満する空間。居心地の悪さだけがそこにあり、そこには一秒だっていたくないのに、でも、なぜかいなければならないよく分からない宿命のような中で、民主国家の国民である自由なはずの私は縛られるようにそこにいる。
同じように二人の子が客を待つためにそこにいた。二人とも昔見たB級SF映画のアンドロイドみたいに無表情で、スマホをいじっている。それが当然のように二人とも何もしゃべらない。あいさつすらがなかった。そこに人はいても心はない。ただただ殺伐とした苦痛以外の何ものでもない時間と関係だけが流れる。
「・・・」
私は私の存在の気配をできるだけ消すようにして、そんなことがなんの意味もないことを知りながら、長年の惨めさの果てに身についた卑屈さで、体育座りに身を小さくして部屋の片隅に静かに座る。
私という所在なさが、私を身悶えさせる。私には目の前の居場所もなく、これからの行く場所もない。あり方のない存在として、私は根拠のない生をいつもふわふわと浮いている。
それはどうしようもない確定として、容赦なく私に迫る。夢なら早く覚めて。早く、早く。
「早く覚めて」
「おいっ」
「えっ」
「客だ」
私が振り返ると、仕切りのカーテンの間から、ぶっきらぼうないつもの店長の顔があった。雇われのまだ若いこの店長には、幼い子どもが二人いる。
「おはようございます」
狭い廊下で、すれ違いざまリコちゃんが、今日も愛想よくあいさつをしてくれる。この職場で私にあいさつをしてくれるのはリコちゃんだけだった。
リコちゃんは、いつも明るくて、今どきのアイドルみたいに、クリクリとした丸くて大きな目をした、とてもかわいい顔をしている。
でも、リコちゃんの腕には盛り上がるほどの生々しい無数の切り傷があった。
リコちゃんくらいかわいかったら、私は絶対に幸せだと思うのに・・。
「・・・」
私は、そう思いながらそのスケスケのセーラー服に身を包んだ後ろ姿を見送る。
私を見た瞬間の男たちの露骨にがっかりした表情。
「ごめんなさい、ごめんなさい。こんな私でごめんなさい」
心の中は申し訳なさでいっぱいだった。
私に肯定する自己など欠片もなかった。削られた自尊心、育たなかったプライド。私に自己を愛する要素など何もなかった。どんな理不尽な関係性でも、間違っているのは常に私だった。
しかし、場末の激安ピンサロの個室で、期待するものなどこんなものかと男たちは瞬時に切り換え納得する。私も仕事モードに意識を無理やり切り換え、卑屈な笑顔を向ける。自然に身についたこの笑顔だけは私は得意だった。
貧弱な私の体にさらにがっかりされながら、その時間は流れる――。
生々しい人間のその匂い。どんなに着飾っても、社会的地位で鎧っても人間はやっぱりそんなもの。生々しい人間という動物の剥き出された本性がさらに剥き出され、隠しようもない欲望の本能が解き放たれる。
性処理としての私。
貪られる私。
お金のために失う私の大事な何か――。
でも、こんなことでしか私は人の温もりを知らない――。