思い
今日も世界は滅びていない。目覚めると今日もあの私がいる。まだ薄ぼんやりした意識が、堪らない絶望の中に溶けてゆく。今日も私はあの私だった――。
何も変わらない惨めで悲しい私・・の朝――。
昨日と変わらないあの現実は、今日も続いている――。
世界が冷たいから、ちょっとした温もりをとても温かいと感じてしまう。でも、本当に温かい世界は、誰もそんな温もりを知らない。
今日も電車がとまっている。極限まで追及された合理的システムのこの街のその有能なシステムの機能は、その緻密な合理性故に追い詰められた者たちの、その命と絶望によって、その機能を障害されていく。
『この国では、毎日三十分に一人が自殺する』
今のこの豊かな社会は、白い飯を腹いっぱいたらふく食えたら幸せだと言っていた先人たちが夢見ていた理想世界ではなかったのか――。
他の生命を殺さなければ生きていけない残酷な存在。他の生命の犠牲なくして生きていけない悲しい存在。人間はそんな存在。傷つけられた私は、でも、たくさんの生命を傷つけている。
「やさしくあれ、やさしくあれ、すべての生命にやさしくあれ」
私は小さい頃から、町の大人たちにそう教えられてきた。その矛盾を抱えながら、それでも生きていかなければならない人間。
自然がなくては人は生きてはいけない。しかし、その自然に殺されてしまう人間。そんな矛盾の中で、でも、やっぱり生きていかなければならない人間という存在。
この矛盾のねじれのもつれのそれでも生きていこうとするその行きつく先に、生命の完成はあるのだろうか――。
「ざまあみろ、ざまあみろ、みんな死んじまえ」
そう心の中で叫んでいた私の体は震えていた。
あの日、テレビに映し出された映像は、人間の認識を越えたリアリティのなさの中に、しかし、まぎれもなくそれが今目の前で起こっている現実なのだと突きつけて来た。
目の前で、巨大な水の塊が強烈な質量をもって人を町ごと押し流してゆく。人類が、作り上げ積み上げてきた財産だとか、田畑だとか、町だとか生活だとか営みだとか、歴史だとか文化だとか、家族だとか関係性だとか、愛だとか恋だとか、そんなことはまったく関係なしに、その目の前にあるそのすべてをただ意味も価値も理由も選別もなく飲み込んでいく。そこには人間の作り上げた優劣などまったく関係なく、金持ちも貧乏人も、高学歴も中卒も、男も女も、若者も年寄りも、美人も不美人も、権力者も平民も、ただそこにあるというそれだけの平等のもとに、押し流されていく。
物も人も、金も家も財産も関係も地位も名誉も肩書きも立場も、命も願いも想いも、理想も夢も希望もすべてを、人間の都合すべてを流していく。
そのテレビの向こうの強大な地球のうねりを、私はガタガタと震えながら、しかし、どこかで子どものようにワクワクしながら見つめていた。そう、あの時、私は興奮し、高揚していた。
私は私のこの閉塞し固定化した現実を、押し流してくれる何かをずっと待ち望んでいた。破壊してくれる何かをずっとずっと、願い夢想していた。
「ついに来た。やった、やった、ついに来たんだ」
それが今目の前で起こっている。このまま、このまますべてを押し流せ。私を傷つけたすべてを、私をいじめたあいつらを、この生きづらいこの世界を、世界ごとすべてを、破壊して、破壊して、全部ぶっ壊して、どこか遥か彼方へと押し流してしまえ。私は叫ぶように、そのテレビ画面の向こう側に見入っていた。
「ざまあみろ、ざまあみろ」
私を傷つけたすべてを、私が憎んだすべてを、私を嫌ったすべてを、そのすべてが流されていけ、全部全部消えてしまえ。私は興奮していた。快感を感じていた。
「消えろ、消えろ。全部消えてしまえ」
私が望んだその世界が今、それが目の前で起こっている。起こっている――。
「ざまあみろ、ざまあみろ」
「ざまあみろ、ざまあみろ」
「ざまあみろ、ざまあみろ」
「ざまあみろ、ざまあみろ」
「ざまあみろ、ざまあみろ」
「・・・」
あれから何年が経ったのかもう思い出せないほどに、たった一人残された私がいた。
報い尽くされる私。
もう、憎むことにも疲れてしまった。
いつの頃からだったろう。あの町に帰ろうと決めたのは――。
もしかしたら、それはこの街に来た時からだったのかもしれない・・。
私はあの町を憎みながら、しかし、私はあの町を望んでいる。私はあの町を望んでいた。あのどうしようもなく憎み拒絶し、二度と帰るまいと誓ったあの町を、結局、私は望んでいる。
私の意志や思考に反して、湧き上がるこの思いを私は、否定し、抗い、言い訳し、抗い抗い、しかし――、屈服する。
夜の白光に吸い寄せられる羽虫たちのように、都会の光に引き寄せられた私の末路。結局、私の家出など、そんなものでしかなかった。
狭く汚れた水槽の外に、理想と希望を求め飛び出した、しかし、結局そこには何もなく、ただビチビチと地面に哀れにのたうつしかない愚かな金魚のように、私はただどうしようもない人生を無駄にもがいていただけだった。
結局、私が生きていける場所はそこにしかなかった。どんなにそこが、狭く、汚れ、臭く、息苦しく、あったとしても、そこ以外に私の生きていける場所なかったのだ。それ以外の場所で生きてみて、私は否応なくそれを知らされた。
結局、私が幸せになれる場所など、最初からこの世界には存在しなかったのだ。
結局、あるのは地獄か、よりましな地獄かそれしかない。理想郷や天国など、この世にはどこにもないのだ。
どんなに抗ったところで、故郷はあまりに私の一部であり根幹だった。この町は、結局、私そのものだった。私がどんなに、望まなくても、私は町であり町は私だった。




