死
不完全で不安定な私――。
諸行は無常。絶えず変化し流れているはずの私は、しかし、なぜか私という平衡を保ち、私は私であることをあり続けている。
世界の不完全を、この安定しない世界を、敢えて安定しないことで、安定していく私という現象。壊れながら、生き続ける私という存在。敢えて死を自ら選ばなくても、いずれ壊れていく私――。
私――。
長く厳しい冬の来る前のその季節。すべてがゆっくりと死に向かっていくようで、私は無性に寂しさを感じてしまう。立っていられないほどに、胸の内に広がっていくその堪らない寂しさの前で、しかし、季節は容赦なく移り変わっていく。
でも、なぜか紅葉に包まれた森に積もる枯れた葉っぱの色は、私は好きだった。
なんだか、今は妙に眠い。季節が私を眠くする。冬が近づくと私はいつもこうだ。
今はもう何もしたくない。ただ眠らせて欲しかった。できたら、春が来るまで、このまま永遠に・・。
時々触れる人のやさしさが痛い。
今は人のやさしさが怖かった。
冷たい世界に生き過ぎた人間は、もう温かい世界では生きられないのかもしれない――。
ピュアな残酷が、この世界でもっとも残酷な他害。
初鹿さんは、ものすごいお嬢様で、きれいで、勉強もできて、クラスでもみんなの人気者だった。先生からも信頼され、級長もやっていた。それにも関わらず、私にやさしくしてくれた。
でも、哀れみに満ちたそのやさしい態度は、誰よりも私を傷つけた。
恵まれた世界。それは見せつけられる華やか世界。それは至上のエンターテインメント。でも、その世界に入ることを許されない人間にとって、それは同時にとても残酷な世界だった・・。
――何で私はこの私なんだろう。何で私はこの惨めな私なんだろう。何で私はあのテレビに出ているかわいい子じゃないんだろう。何で私は、あのステージの上で輝いているあの子じゃないんだろう。何で私は、あの楽しそうにしているあの同級生たちじゃないんだろう――
私は私を辞めたい。こんな私、最低だ。
そんな思いがこじれて、衝動的に引き起こす自殺未遂。
薄っすらと滲む手首の血。
それが最初の、私の具体のある死への入口だった。
「死ねないよ。死ねないよ」
あの時、私は泣いた。
「うううっ、うううっ」
私は泣いた。獣が呻くように泣いた。言葉は無力で、理屈も思考も、世界中のありとあらゆるすべてが無力だった。
壁に投げつけたカッターナイフの軽薄な音。あの時、私はそんな軽薄なもので自分の命を切ろうとしていたのだ。
惨めさをただかき回すだけの、惨めな自殺の真似事だった。
人間なんてそんなにかんたんに死ねるものじゃない。人がかんたんに自ら死ねるのなら、誰もこの世に生きてはいないだろう。
生きたいという人間の恐ろしいまでの執念の中で、でも、死にたいということの無力さ。人間の残酷なまでの業。その前に打ちひしがれる私――。
結局、私――、私がいる。
いつもの無機質な待合室。死んだ世界がそこにある。
リストカットなんてもう珍しくもない。鬱なんてとっくに通り越した。もうそんなところに私はいない。
絶望しかない世界。何もないから、何ものをもないから、私は生きながら死ぬことができるのだ。心を殺さないでどうやって生きるのだ。こんな世界。こんな世の中。
「ふざけるな」
「ふざけるな」
整合性のとれないそんな叫びを、狂ったように上げることしか私にはできなかった。
発狂寸前の境界線で私はギリギリ私という理性を保っている。私はいつあちら側に行っても不思議じゃない。むしろ行っていない方が不思議なほど、私は狂気の世界にいた。
「・・・」
今日も人間の個別の些細な事情などとはまったく関係なく、夜空には星が輝く。そして、いつものように月がある。そんな、現実とは別の世界の幻想のような世界にあるそれを私は見つめる。
それは、冷たい光。すべての熱を奪ってしまう金属のような冷たい光。人を傷つける、人を殺す素材になる金属の冷たさ。
どんなに間違ったカルトな生き方をしても、どんなに人生に成功し、金持ちになり、有名になり、権力を持とうと、死んでしまえば、それは広大な宇宙の中の一瞬のほんの些細な動きでしかない。
死は平等だ。そう、死だけがこの世で平等だった。あいつも死ぬ、あの人間も死ぬ。あの嫌な奴も、あの嫌いな人間もみんな死ぬ。あの私を傷つけた人間も、あの高笑いで人生を謳歌する恵まれた連中も、みんな死ぬ。みんな死ぬ。
そんな残酷な真実に気づいてしまうことを恐れながら、でも、それはどこか甘美に、私を刺激する。
死は人間にとっての最大の苦しみであるのと同時に、死は最大の救いでもあった。
そう、死は救いだった――。




