『辺境バロン家に咲く知略の花』
第一章:病床の父と不安な未来
薄曇りの空から、冷たい風が吹き付ける初春の午前。大陸の端、荒涼とした台地の多い辺境地方に、小さな城館がぽつんと建っていた。この城館こそ、男爵リシャール・ヴォルグの館である。代々のヴォルグ家はこの辺境地帯を耕し、わずかな収穫と交易で生計を立て、外敵の侵入を防ぐ役割を担ってきた。
ところが、近年は隣接する三つの男爵領との貿易が活発化し、勢力拡大を狙う者たちの思惑が渦巻いていた。古くは安定していたヴォルグ家も、今は継承問題をめぐる暗雲が立ち込めている。
城の廊下を早足で進む少年の名はレオン・ヴォルグ。齢十六にして、ヴォルグ家の嫡男である。父のリシャール男爵は既に高齢のうえ病床に伏しており、当主としての務めを果たすのが難しくなりつつあった。今や家の内外では、いずれこのレオンが次の男爵となるだろうという認識が広がっている。
しかし、レオンが得た「スキル」は、武芸に優れるわけでも、魔法を操るわけでもない。「鑑定士」──人や物に秘められた素質や真価を見抜くという特殊能力。外見こそ非力な少年だが、あらゆる相手の隠された才能や思惑を見抜く、貴重かつ厄介なスキルだった。
レオンには四人のきょうだいがいる。
一つ下の次男アレン・ヴォルグは「剣豪」のスキルを授かり、圧倒的な武力を誇る。そのため、領内の若手騎士や武断派から「次期領主はこちらではないか」と期待されている。
三男マリウスは庶子でありながら「騎士」のスキルを得た。これは部下を指揮し統率力を高める才能を与える力だが、なぜかアレンの陣営に組み込まれているという。
四人目は長女のシャルロッテ。まだ幼く、成人の義を迎えていない。最後に五男クラウスも庶子だが、こちらはまだ七歳で、やはりスキルは未知数だ。
当主のリシャール男爵は、長年にわたり辺境を守ってきたが、最近では病魔に蝕まれ寝たり起きたりの生活を送っている。レオンが慌ただしく父の寝室を訪れたのは、侍医から「お身体がいつもより衰弱されている」との報せがあったためだ。
大きく開け放たれた窓から冷たい風が流れ込み、室内にいる者を切り裂くようだった。年老いた男爵はベッドに横たわり、肩で息をしている。
「父上。容体はいかがですか……」
「レオンか。……すまないな、お前に苦労ばかりかける……」
やせ細った頬に、ひどく苦しげな表情が浮かぶ。レオンはその手を握り、やさしく笑みをたたえた。
「父上は今はお休みになるべきです。政治のことは、私ができる限り頑張りますから」
しかし、その言葉に対する父の返事はなかった。男爵は薄く目を開いたまま、深いため息をつく。その瞳には、どこか諦観の色が宿っているように感じられた。
そう、レオンは理解している。もし父が世を去れば、自分が次の当主として立たねばならない。しかし、そのときこそ領内に混乱が起きる。アレンは剣術に長け「剣豪」のカリスマで兵や騎士を魅了している。さらには、どこか外部の勢力とも通じているという噂さえある。
レオンには彼を正面から倒すほどの武力はない。だが、「鑑定士」としての能力でこそ、逆転の可能性を掴まねばならない。
この辺境の地には三つの男爵領が隣り合い、互いに貿易や物資の融通によって細々と生き延びてきた。いずれの領地も莫大な富を得ているわけではないが、特産作物や山の鉱石などを交換し合ってやりくりしている。その平和的関係が崩れれば、すぐに小競り合いに発展する危うさを孕んでいた。
レオンは父の枕元に座りつつ、瞳を閉じてそっと誓う。
──必ずやこの領地と家族を守ってみせる、と。
第二章:三男マリウスの秘密
ヴォルグ家の廊下を歩くうち、レオンは胸の奥にくすぶる不安を拭い去れずにいた。次男アレンの勢力拡大もさることながら、三男マリウスがなぜアレン陣営に組み込まれているのかが気になって仕方がない。
マリウスは庶子であるがゆえに、当主の座にはまず就けない。にもかかわらず、彼は「騎士」のスキルを持ち、軍団運用において人望を集める素質があると言われている。その彼がアレンと組んでいるのには、何か重大な理由があるのではないか──レオンの「鑑定士」の勘がそう囁いていた。
ある日の昼下がり、レオンは密かにマリウスを呼び出そうと試みた。だがマリウスはいつもアレンの周囲で行動を共にしている。簡単には近づけない。そこで、レオンは比較的接近しやすい人物へアプローチをかけることにした。
その人物とは、屋敷付きの剣の指南役であるエルンストという壮年の男である。元は流れの傭兵だったという噂もあるが、現在はヴォルグ家に腰を落ち着け、中立的な立場で騎士たちに指導を行っている。
レオンはある夕刻、エルンストが剣の稽古を終えて兵舎裏の小さな納屋で手入れをしているのを見つけ、声をかけた。
「エルンスト殿、少しお時間をいただけますか」
「これはレオン様。こんな汚い場所でよろしければどうぞ」
エルンストは血色のいい顔に穏やかな笑みを浮かべた。体躯は細身ながら、鍛え上げられた筋肉が服の上からでもわかる。彼は「剣士」のスキルを持ち、地味ながらも豊富な実戦経験と確かな指導力を持つ人物だ。
「率直に申し上げると、三男マリウスのことについて情報が欲しいのです。彼の態度がおかしいと感じていまして……」
「マリウス様が次男殿と行動をともにされている件ですか。まあ、傍から見るに、あまり自然な感じはしませんね」
エルンストの眼光が鋭く光る。実は、彼自身も不審を抱いていたのだろう。
「わたしのスキル『鑑定士』で視ても、彼が心からアレンを慕っている様子はありません。むしろ……脅迫されているかのような、そんな気配があるのです」
「……そうですか」
エルンストはちらりと辺りを伺い、低い声で続けた。
「この話はあまり人の耳に入れぬ方が良いかもしれません。先日、私が城下町で酒を買おうとした際に、偶然妙な噂を耳にしましてね……。なんでも、マリウス様の母上──平民出身の女性が行方不明になっているらしい。実家の村に戻ったという話はなく、どうやらアレン様の配下の者が森のほうで……」
言葉を濁すエルンスト。その真意はひとつしかない。マリウスの母親がアレン側に囚われている、もしくはそれに近い状況だということだ。レオンは拳を握りしめた。
「それが事実なら、マリウスが逆らえないのも当然か。彼はただ、母親を守るために……」
「私も確証があるわけではありません。ですが、もし本当に人質に取られているならば、これは卑劣な行為。何とかしなくてはならないでしょう」
レオンは深呼吸をし、決意を固める。アレンを正面から倒すだけが道ではない。だが、マリウスを救い、彼を自分の陣営に迎え入れるのは、この状況でどうしても必要だ。かつて兄弟仲はそれほど悪くなかった。マリウスはむしろ優しい性格で、領民からも慕われていた。
「……ありがとう、エルンスト殿。あなたが話を打ち明けてくれたこと、感謝します。しばらくの間、協力を願えますか」
「もちろん、私でよければ。ただ、このことがアレン殿に露見したら、わたしも命が危ない立場です。用心は怠りなく」
そうして、レオンは密かに「マリウス母救出作戦」を練り始めるのだった。
第三章:取引と暗躍
レオンは自分のスキル「鑑定士」を活かし、まずは城内外にいる複数の人物へと水面下のアプローチを行う。自分に潜在的な恩義を感じている者、次男アレンを快く思っていない者、あるいは中立的立場を保ちながらも家族を守りたい者──そういった人物をひとりひとり探し出し、静かに交渉を重ねた。
辺境領では、圧倒的な武力を誇る「剣豪」スキルはたしかに魅力的だ。しかし、日々の暮らしに不可欠なのは安定した農業と交易、そして安心して生活できる治安の維持だ。レオンは相手の弱点や望みを鑑定し、的確に取引材料を提示して味方を増やしていく。
とりわけ、三つの隣接男爵領とはそれなりに繋がりがあった。小麦や塩、森で採れる特産の薬草、ささやかながら金属鉱石などの需給は細やかながら互いの経済を回している。もしアレンがあまりにも強硬な手段で支配を拡大しようとすれば、これら三領との関係を破壊しかねない。そうなれば貿易が滞り、領地の民は疲弊するだろう。
「領民あってこその領地だ。アレンに任せてこの地が平和を保てるのか、私は疑問です」
密談の場でレオンはそう説き、各領内の中立派や商人たちに協力を求める。次男アレンの内面を知る者たちも薄々感じていたはずだ──彼は剣の才能に溺れ、武による支配を好むことを。
しかし、一筋縄ではいかない部分もある。アレンが示す「征服による栄光」に夢を抱く若手騎士たちや、これまで辺境暮らしで鬱屈した思いを抱いていた武断派にとって、彼のカリスマは魅力的だ。力で隣接領地を屈服させ、新たな領土と富を得るほうが手っ取り早い、と考える者も多い。
その対抗策としてレオンは、ひそかに情報を探る。アレンの配下の中にも、不満を抱いていたり別の弱みを抱えている者はいる。例えば傭兵上がりの兵士の中には、過去に残酷な略奪行為を行ってきた過去を持ち、家族には知られたくない者がいる。レオンは「鑑定士」の目で相手の“痛いところ”を見抜き、密かに「協力してくれれば、過去の罪は不問にする」と告げるのだ。
そうした暗躍を続けるうち、レオンはついにマリウスの母親が幽閉されていると思われる場所を特定する。城から少し離れた森の小屋──表向きは木こりが住んでいた廃屋だが、そこにアレンの忠実な部下が詰めており、人の出入りがある。付近の住民の話を総合すれば、どうやらそこにマリウスの母が囚われているらしい。
レオンはエルンスト、そして数名の信頼できる中立派の兵士、さらには綿密に味方に引き込んだアレンの配下の一部協力者と共に、夜陰に乗じて救出作戦を決行することを決めた。
第四章:救出作戦、決行
月の光が怪しく夜霧を照らし出す真夜中。城の裏門を、闇色のマントに身を包んだ数名が静かに出て行く。その先頭にはレオンの姿があった。体躯は決して大きくないが、その瞳には揺るぎない決意が宿っている。
救出作戦にはエルンストが主導する小隊が参加している。彼らは剣術と諜報に長け、騎乗スキルはないが足音を消しながら森を移動するのに慣れている。マリウスをアレンの元から切り離すためには、まず母親を救わねばならない。
夜陰を縫うように進んだ一行が、目的地の廃屋の手前で足を止める。見張りの兵士が二人ほど焚き火に当たりながら警戒している様子が見える。どうやら完全に油断しきっているわけではないようだ。
エルンストが目配せをすると、仲間の兵士たちが左右に散開する。レオンは『鑑定士』の目で見張りの兵士の癖や魔力の流れをざっと観察し、彼らが低階級の兵であり、軽い脅しでも動揺するタイプだと見抜く。
ここでエルンストが密かに手を挙げると、兵士数名が一斉に飛び出し、見張り二人を素早く制圧した。剣を使わず、あくまで腕力と組み伏せ技での静かな制圧である。
「な……何者だっ! やめろっ!」
「悲鳴を上げるな。上げれば命はないぞ」
低い声で脅しをかけると、見張りたちは容易く怯んだ。レオンはすかさず近づいて問いかける。
「この小屋に女が囚われているはずだ。どこにいる?」
「い、いや、知らねぇ……」
嘘と分かっている。レオンはただその兵士の視線を読む。怯えた兵士は無意識に小屋の奥をちらりと見た。そこに秘密の地下室でもあるのだろうか。
「すぐに降伏しろ。抵抗しても無駄だ。お前たちの過去の罪は把握している。協力すれば不問にしてやるが、どうする?」
レオンは相手の表情の変化を見逃さない。『鑑定士』で、彼が嘘をつけない性格であることも、過去に盗賊まがいの行為を働いたことがある程度も分かっていた。案の定、兵士は青ざめ、震える声で小屋の奥へ通じる扉を指し示した。
「か、隠し扉がある……あそこだ。どうか命だけは勘弁してください……」
案内に従い、エルンストを先頭に廃屋の内部へと突入する。ほの暗い室内の隅には薄汚れたテーブルと椅子。奥の壁には台所のような設備がある。そこにちょうど違和感のある床板があった。
エルンストが手早く床板を外すと、やはり階段が下へ続いている。暗い地下通路だ。松明を片手に彼と数名の兵士が下りて行く。レオンも続こうと足を踏み出すが、そのとき警報のような高い笛の音が外から響いてきた。
「まずい、応援を呼んでいるのかもしれん!」
どうやら、表で大人しく見えた兵士の仲間が笛を吹いたらしい。一気に気が逸るが、ここは急いで囚われ人を助けるしかない。
地下は狭く、ねっとりとした湿気が漂う薄暗い通路を奥へ進むと、小さな牢のような部屋があった。そこには一人の痩せた女性が横になっている。
レオンは声を低くして呼びかける。
「マリウスの母上ですね? 安全なところへお連れします」
「……え? あなたは……レオン様? なぜこんなところに……」
怯えた目を向ける女性を、エルンストたちが助け起こし、手早く拘束具を外す。女性はか細い声をあげて泣き崩れた。
「お苦しみでしたね。もう大丈夫ですよ」
やがて地上から足音が多数響く。アレンの応援かもしれない。あるいは増援の兵だろう。エルンストは地上に戻る前に、レオンへと目配せをする。
「応戦するしかない。私が先陣を切ります。レオン様はマリウスの母上をしっかり保護して」
「わかりました。皆さん、頼みます!」
一行が地下室から戻ると、外には十名ほどの兵士が密集していた。アレンの部下であり、先の笛の音に反応して駆けつけたようだ。
「やはりか……。やるぞ!」
エルンストが鋭い声を上げ、仲間の兵士たちが一斉に武器を抜く。レオン自身は直接の剣術は不得手だが、後方で的確に指示を飛ばす。鑑定士として、敵兵の動きに戸惑いを見せる兵士に狙いを定め、「威嚇をしろ」「そこは弱点だ」と伝えることで、味方の動きを有利に導いていく。
やがてアレンの兵たちは混乱に陥り、半数が逃走し、半数は捕縛された。救出部隊はおおむね無事、マリウスの母を確保し、撤収に成功した。
こうして、マリウスの母上を取り戻したレオンは、一気にマリウスとの交渉材料を手に入れたことになる。
第五章:絆の再構築
レオンはマリウスの母を安全な場所へ移送し、充分な治療と休養を与えるよう手配した。周囲には「隣領へ保養のため出かけた」と偽り、当面アレンたちの目を欺く。
そして翌日、レオンはひそかにマリウスを呼び出すことに成功した。内心動揺を隠せないマリウスが、城の裏庭にひとり現れる。
「レオン兄上……。これは一体、どういう?」
「落ち着け、マリウス。もうあなたの母上は安全な場所にかくまっている。こちらに来てほしい」
そうしてレオンは母親が救出されたことを告げる。マリウスは目を見開いて驚いた。
「本当なのか……? まさか、兄上がここまでしてくれたのか……」
「当然だ。我が弟が人質を取られていると知って、黙って見過ごすわけにはいかない」
マリウスは「騎士」のスキルを持つにふさわしい真面目な性格だが、今までアレンの軍門に降っていた罪悪感を拭えずにいたのだろう。彼の目に涙が浮かび、拳を握りしめる。
「ありがとう、兄上……。俺はずっと、自分を責めていた。あの人が捕まっているから、アレンに従うしかないって。でも、このままじゃ領地は滅茶苦茶になるかもしれないとも感じていた。母を捨てることもできず、俺は……」
「わかっている。あなたは悪くない。卑劣なのは人質を取ったアレンたちだ」
母が無事だと知った今、マリウスに迷いはない。彼はレオンの手を握り返した。
「兄上……俺はあなたに従う。『騎士』として、あなたのもとで戦います」
「ありがとう、マリウス。あなたの力があれば、きっと領地を守り抜くことができる」
こうして、三男マリウスは主人公陣営へと正式に合流する。さらに、エルンストをはじめとする中立派の剣士や兵士たちは、より強くレオンを支持するようになった。
第六章:次男アレンの逆襲
しばらくは目立った動きはなかったが、アレンも黙ってはいない。マリウスが離反したと知るや、彼の怒りは頂点に達した。
アレンは己の配下を集め、「我こそが真の後継者だ」と吹聴する。さらに領内の武断派や拡張主義者たちを扇動し、「このままでは他の男爵領に飲み込まれるぞ。先手を打つべきだ」と煽り立てた。
実際、三男マリウスの離脱はアレンにとって痛手だが、彼自身が「剣豪」であるがゆえ、圧倒的な切り札となる。アレンは早晩、レオンとの決戦をしかけてくるだろう。
そんな中、レオンは中立的だった各領内の家臣や商人、または隣接男爵領と密に連絡を取り合い、経済的支援を取り付ける。金銭や物資が尽きれば兵を動かせない。穀物や軍馬のエサを融通してもらうなど、地道な連携を深めていく。
またレオンは、わずかに雇える可能性のある魔術師や魔法具にも注意を払っていた。大陸全体で貴重な存在である魔術師を一本釣りするのは難しいが、一度きりの魔道具や付与術を有償で使うことならば、まだ望みがある。
そしてある夜、レオンの下に急報が入る。アレンが城下町の穀倉を襲撃し、農作物を炎で焼き払おうとしているというのだ。これに成功すれば、レオン側は大打撃を受ける。
レオンはマリウスとエルンストを呼び寄せ、即座に作戦会議を行った。
「アレンは恐らく、今夜にも攻撃を仕掛けるでしょう。奴は数十人の兵を連れて来るはず。わたしたちはどう動くべきか」
「私の部隊で街道を防衛しましょう」とマリウス。
「その間に、エルンスト殿の小隊が側面から奇襲をかけるのはどうでしょう?」とレオン。
迅速に計画が練られ、両隊は行動を開始した。
夜陰、街道沿いに火が見える。アレンの率いる兵たちが松明を掲げ、穀倉へと一直線に向かっている。彼らの先頭には「剣豪」のアレンが馬上で凄まじい殺気を放っていた。
「おのれ、レオン……! 俺から大事な駒を奪いやがって……!」
アレンの怒号が夜空にこだまする。だが道を塞ぐように布陣したマリウスの部隊が立ちはだかった。マリウスはしっかりと自分の兵を統率し、槍衾を形成する。
「アレン兄上、これ以上の暴虐はやめろ!」
「黙れ、裏切り者が……! 母親のことか? ふん、思った通りのあざとい手段で奪い返したようだが、今さら遅いわ!」
馬上から一気に飛び降り、アレンが剣を構える。そこから放たれる気迫は、並の騎士ではとても太刀打ちできない。やはり「剣豪」のスキルは怖ろしい。
マリウスの兵が恐れをなして動揺しかけたそのとき、後方からレオンの声が聞こえた。
「落ち着いてください。囲い込むように動くのです!」
レオンは森の中から状況を見て指示を出している。加えて、エルンストの小隊が街道脇の林から奇襲を仕掛けた。弓矢を放ち、アレンの後続兵を混乱に陥れる。
アレンの軍勢は正面にマリウス、側面にエルンスト隊、さらに後方に潜んでいたレオンの親衛隊に囲まれ、徐々に数の上でも不利になっていく。アレン自身は剣の腕で多くの兵を斬り伏せるが、彼ひとりでは戦況を覆せない。
やがて、マリウスが大声を張り上げた。
「兵たちよ、降伏するのなら命は保障する! さもなくば、このまま皆死ぬことになるぞ!」
マリウスの部隊に指揮される兵たちが動きをそろえ、アレンの部下を取り囲む。戦意喪失したアレン側の兵士は次々と武器を捨てる。残ったのは数名の狂信的な部下のみだ。
「くっ……! おのれ、レオン……マリウス……!」
アレンは最後の悪あがきとばかりに、抜群の剣速でマリウスへ斬りかかる。マリウスは自分の盾兵に下がるよう指示し、自ら剣を抜きアレンの猛攻を受け止める。
剣が交差するたび、火花が散る。アレンの一撃は重く、マリウスは徐々に押され気味だが、そこへエルンストが援護に入り、アレンの動きを阻む。
「兄弟喧嘩もここまでだ。アレン様……あなたが受け入れるべき事実がある」
レオンの静かな声が響く。戦意を失いかけたアレンが睨みつけるが、もはや周囲は敵だらけ。
ついにアレンは、エルンストとマリウスによる連携攻撃を避けきれず、剣を叩き落とされる。騎士たちが一斉に押さえ込み、彼の動きを封じた。
「アレン兄上……終わりです。降伏してください」
アレンは荒い息を吐きながら、狂ったように笑う。
「ハハハ……まさか、こんな結果になるとはな……! 鑑定士などという軟弱者が、俺に勝つなんて……!」
その声は虚勢に満ちていたが、もう勝ち目はない。こうして、次男アレンの反乱は完全に鎮圧された。
第七章:新たなる秩序の夜明け
戦いの翌朝、レオンは城内に集めた主要家臣や中立派の代表らの前で、アレンの処遇について宣言した。反乱の首謀者である以上、厳罰は免れないが、血縁として命を奪うことだけはしない。
多くの家臣はその判断に賛同し、次男アレンとその狂信的な部下たちは幽閉されることとなった。これにより、ヴォルグ家の内乱は事実上終結する。
長男レオン・ヴォルグは正式に家督を継ぎ、新たな男爵として宣言を行った。とはいえ、彼は剣を振るわず、むしろ交渉と情報戦で勝利を掴んだ珍しい例として領民から高い評価を得る。
三男マリウスは「騎士」のスキルを活かし、領地防衛の隊長として従事する。母親の身は安全を取り戻し、彼は心からレオンに忠誠を誓った。
エルンストや中立派の面々も、新当主レオンの慎重かつ公正な姿勢に安心し、領の安定に協力を惜しまない。
父リシャール男爵はまだ病床にあるが、息子たちの争いが終わり、ひとまずの落着を見てほっと胸を撫で下ろす。レオンは父の枕元で報告した。
「父上、もう大丈夫です。アレン兄上との内紛は終わりました。マリウスも味方に戻り、領地はこれまで通り安定した商取引を続けていけるでしょう」
「そうか……。レオン、お前はあの『鑑定士』の力を、よく正しい形で使いこなしたな……」
父は苦しげな呼吸の合間に、かすかに微笑む。レオンはそっとその手を握った。
「ええ。剣で勝てなくとも、人と人を繋ぐ力を得られたのは、私にとって何よりの武器です」
ヴォルグ家の乱が鎮まり、レオンが新たな当主となる。彼はただ非力なだけではない。人の心を見抜き、本質を捉える「鑑定士」としての才覚を持っている。
その後、レオンは隣接する三つの男爵領と改めて友好関係を築き直し、交易路の整備や治安改善などに力を注いだ。マリウスが率いる防衛部隊は隣領からの不審者を近づけず、エルンストが指揮する騎兵隊が領内を巡回して盗賊を排除する。さらに、レオンが密かに手配した魔道具の力で農作物の収穫効率を上げようと試みるなど、あくなき改良を続けていく。
この先、新当主レオンを待ち受ける試練は多いだろう。外の世界を見渡せば、大国の脅威や他の貴族の陰謀、さらには希少な魔術師を巡る争奪戦など、不安要素はいくらでもある。
それでも、鑑定士としての才能と、マリウスやエルンストたち仲間との結束、そして慎重さと公平さを兼ね備えた政治手腕で、レオンは次々と困難を乗り越えていくはずだ。
──こうして辺境の地、ヴォルグ男爵家に、新たなる秩序の時代が訪れたのである。血塗られた剣ではなく、人の心を見抜き、繋ぐ知略の花がここに咲いたのだった。