3―13 俺の研究途中経過とちょっとした事件?
梓ちゃん、いや、最近は『アズ』って俺も呼び出したんだけれど、新居への引っ越しは済ませた。
アズが俺のことを短縮して『エイ』って呼びだしたのがきっかけかな。
英一郎というのは、急ぐ時には長いらしく、縮めたようだ。
まぁ、その話はともかく、アズはK薬科大学を首席で卒業したんだよね。
多分ヘンダーソン島での色々な実験に付き合わせるために、脳内の記憶抵抗を押し下げたのが原因だと思う。
物覚えが良くなり、多言語を習得したアズだもの、そりゃあ才媛にもなるよな。
K薬科大学では、アズに対して、盛んに大学院への進学を勧めたようだけれど、結局アズはより実践度の高い研究職である民間の製薬会社の研究所を志向したようなんだ。
一応は大学院への進学もそこそこ考えたようだけれど、22歳になって、親や俺に甘えることを嫌ったみたいだな。
そうは言いつつも、俺の購入したマンションに賃貸で入居することは拒まなかったけれどね。
製薬会社研究所への内定が決まった時点で、S駅周辺でのアパートとかマンションを探したようなんだけれど、帯に短し、襷に長しで、値段と中身が釣り合わなかったようだ。
S駅周辺では学生中心のアパートが多く、月額7万円以下の物件では1DKの部屋が特に多いため、これまで入居していた2DKの部屋との格差が大きいこと、月額10万円以上出すと2DKにも入れるが、築年月日が20年以上のものばかりでかなり老朽化が目立つことから物件探しに困っていたらしい。
そこへ俺が助け舟を出したものだから、それに乗っかったということだ。
俺がただの友人だったなら、そこまで甘えることはしないと思う。
頼れる恋人と考えてくれているのだったらありがたいよね。
4月からアズの社会人としての一歩が始まるわけで、俺も卒業に向けてラストスパートだな。
俺の半導体研究はかなり煮詰まって来たよ。
俺が造った新型半導体を生み出す機器の製造に今は忙しい。
四回生の4月下旬の時点での現状では、俺の能力で作った新型MPUの能力に半分程度にまで迫るMPUを俺の特殊能力なしで生産できる目途がついたんだ。
このタイプでも、MPU生産の大手であるⅠ社やA社の最新型製品に比べると6.3倍程度の性能を発揮するんだ。
これをできるだけ100%に近づけるのが目標なんだが、流石に100%は難しいかもしれないな。
現状では、特殊な空間波動を生み出してその中で既存のシリコン素材を純度100%にまで高めて、これまた特殊力場による立体成形でMPUと関連の周辺部品を生み出している。
この特殊な空間波動と特殊力場の生成にとにかく時間がかかったな。
こっちの方は、例のX-1抗体の実験と並行して進めていたから、進捗率が遅かった所為もあるが、アドリアナが居なくなってから初めてフルに動けるようになったという所為もある。
実はプロトタイプの機器がゼミの教授の研究室にあって、そいつを参考に全く新たな空間波動生成機器を生み出したんだ。
特殊力場については、俺の知見から生み出したもので世界初と言ってもいいだろうね。
この二つの機器が無ければ、新型のMPUと関連の部品は生み出せなかった。
まぁ、手本となる理想的な最終見本が有ったからこそできることで、俺の能力による細部の分析が大いに役立ったのは間違いないんだ。
黄さんからもらった『二つのR』が随分と貢献しているよ。
で、後付けのようにこれを理論武装するのが目下の最大の課題だな。
四回生になってからほとんど毎月のようにゼミで研究経過の論文発表を行っているよ。
そうしてかなり精度の劣った製造機器も研究室の一角で組み立て始めている。
こいつにはブラックボックス数個を装備していて肝心な部分は、分解してもわからないようにしているのがミソだ。
他の部分は、その機能が分かっても何ら不思議はないものだ。
まぁ、既存のものに比べて多少の性能は高いものになっているけれど、それらが分かってもあまり利用価値は無いだろうとみているよ。
何の話をしているかと言うと、もちろん産業スパイの話だよ。
アドリアナ以外にも、この四月から妙な韓国系シンガポール人の留学生が大学院に来ているんだ。
黄さんに調べて貰って分かったのは、この人物が元韓国のハードウェアメーカーであるL社(シンガポール事業所)から依頼を受けて日本の半導体技術を盗もうとしている者だということだ。
男の名前は、ジャン・ウジン。
まぁね、大学院生で来ているから学ぼうとしているのはわかるけれどね。
学ぶんじゃなくって、そもそも盗もうという底意を持っているのがいただけない。
だから徹底して論文にもわざと穴をあけているし、研究室で組み立てた精度の低い機器にはブラックボックスを複数配置しているわけだ。
まぁ、いずれ、独立してから正規の理論を発表し、同時に製品も生み出すつもりだけれどね。
現状の50%程度のMPUと関連部品だけでも十分に金にはなるんだ。
MPU生産大手のI社とA社の戦略では、ここ数年で1割から2割程度の能力アップを構想しているようだから、俺が生み出すMPUははるかに性能が高いことになる。
今は並行してOSについても検討中だよ。
高い性能を引き出すには既存のOSが余り役に立たないからね。
プロトタイプの仮OSは一応できているけれど、こいつもまだまだ改善の余地があるんで、自前の会社を造ってから、プログラミング言語を専門に扱う人材を発掘しなければならないと思っているよ。
OSも複数のプログラミング言語の集合体だからね。
そいつをより理解している奴をヘッドハンティングしてきて、その能力を高めてやるつもりなんだ。
まぁ、OS部門だけを独立させても構わないと思っているよ。
大株主は俺になるだろうけどね。
6月に入って、アズの研究所に動きが有った。
内閣府から、例のX-1抗体についての研究を依頼されたようだ。
どうやら有事に備えて、日本でも研究用としてX-1抗体の配分を受け、異界病原体の対抗策に本腰を入れ始め、いくつかの民間研究所等に依頼を始めたようだ。
黒龍や飛竜から採取した試料から、これまでとは違った病原体の存在があるのは承知しているようだけれど、生憎と俺が核を金属で封印してしまったから、そいつからは突然変異が起こりにくいという状態なんだ。
俺の推測では、未だ生きているうちに核由来の魔素若しくは異界由来の魔素の力を受ければ既存の病原体との融合が発生し、変異体となるはずだ。
その辺は、半年ぐらい前に、アズにも情報として伝えている。
残念ながら、国内には核は無いんだ。
EU軍がいくつかの核を保有しているし、それに東南アジアにも小粒ながら小型モンスター(黒狼)の核が結構あるはずなんだけれど、こいつにはどうも異界の病原体を変異させるだけの力が無いようだ。
俺がインベントリに結構な数のコアを保管してはいるけれど、こいつは表に出しちゃまずいだろうね、
だからずっとずっと《《お蔵入り》》になるはずだよ。
さて、例の半終息宣言から4年も経ったのだけれど流石に周囲の監視は減ったね。
この四月からは、半数以上が減って、残っているのは日本政府機関の二つ、米国の政府機関が一つ、ロシアの諜報機関が一つになった。
しかもいずれも拠点配備となって俺の行動を尾行するのはなくなったよ。
まぁね、何にも表立っての行動は起こしていないんだから、これ以上の金と労力を費やすのは無駄と考えて動きを止めたんだろうね。
そのおかげで車への盗聴設備を仕掛けるのも滅多になくなった。
それでも半年に一度ぐらい、忘れた頃に仕掛けて来る。
内閣府の手の者らしいことはわかっているけれど、こちらも定期的に車体を点検しているから、不慮の会話漏れは起こしえない。
黄さんのお仲間がしっかりと見守ってくれているしね。
普段から点検に心がけているから、監視の者にも特段の警戒を与えていないはずだ。
こっちも慣れっこだけれど、向こうも取り外されるのはもう既定路線と諦めている様子だよね。
それでも、無駄と承知しつつ仕掛けてくるんだから、もう阿呆としか言いようが無いよ。
せめて絶対に見つからないような盗聴装置を作れよと言いたくなるぜ。
俺なら、・・・・。
ウン、できちゃいそうだな。
直径0.5ミリ、厚さ0.1ミリ程度の超小型盗聴装置が・・・。
こいつの片面に粘着能力を付与すればどこにでも貼り付けられる。
小さな点のようなものだからね、普通に見ていたんじゃわからないはずだ。
こいつで盗聴した音声は、特殊な空間波動で遠隔地の受信機で拾えることになる。
俺は、スパイにはなる気はないから、アイデアだけでこいつもお蔵入りだな。
まぁ、いずれにしろ、俺も卒業したら、就職の方はやめて、事業を起こすことにしたよ。
俺の口座には億を超える金があるから、小規模の会社なら十分に始められるはずだ。
MPU生産に関しては、いくつもの関連特許を出願して事業を始めることになると思う。
でも、現物が有れば、収益化はすぐにもできるだろうと踏んでいるんだ。
収益化を図りつつ、生産機器の能力向上を図るのが俺の仕事になりそうだな。
ところで、世の中事も無しと報告したいところなんだが、そうでもないんだ。
なんだか、外国人による凶悪事件が結構K市内でも多発していてね。
俺の住むマンションの近くでも三人組の強盗が一戸建ての家に押し込んだ事件が有ったんだ。
たまたま、俺が残業ならぬ研究室での実験やら分析で帰宅が随分と遅れ、夜半過ぎに近くを通りかかって助けを呼ぶ小さな声を聞きつけ、ドアが開いている家屋に俺も浸入して、強盗三人をぶちのめしたんだ。
合気道もかなりの腕前になっていたんだけれど、それ以上に普段の鍛錬で俺の筋肉が結構すごいことになっているからね。
三人共に凶器を持っていたけれど、俺の動きの方がかなり速いからね。
奴らの攻撃の合間を縫って、下から突き上げるような掌底を顎にぶち込んだり、うなじを手刀でトンとしたり、あごの先をかすめるパンチで脳震盪を起こして、それぞれ一発でノックアウトしたよ。
幸いにして家人に怪我は無かったし、すぐに警察に連絡して三人組は御用になった。
但し、こういう事件は、助けたヒーローであっても捜査協力と言う面倒が付きまとうわけだよな。
深夜帰りなのに、午前四時近くまで警察の実況見分やら取り調べに付き合わされたよ。
まぁ、俺は被疑者じゃないし、見知らぬ家への無断侵入も人助けのための緊急手段であったから俺には何の御咎めも無かったよ。
また、事件のことは新聞やテレビのニュースにはなったけれど、徹底して取材攻勢からは逃げたから俺の名前や顔写真は出ていない。
警察にも俺の名前を出さないでほしいと一生懸命に頼んでおいたから、『たまたま通りかかったK大生が強盗三人を取り押えた』という話になっているよ。
警察での表彰っていう話も後日あったけれど丁重にお断りしておいた。
俺としてはこんなことで目立ちたくはないんだよ。




