3-12 X-1抗体関連とその他の変化
WHOに渡したX-1抗体は、今のところ所期の目的を果たしてくれているようだ。
カザフ出血熱以外の新たな異界がらみの病気は今のところ発生してはいないようだけれど、油断はできないよね。
ただ、これまで拡大の一途を辿っていたカザフ出血熱患者数は、WHOが積極的に動き出して以来、その数を急速に減らしつつある。
因みにロシアも秘匿していたようだけれど、実はかなり切迫していたようで、WHOに頼み込んで何とか抗体の配分が受けられるようになったみたいだね。
そのために、WHOが発表していたカザフ出血熱の患者数や死亡者数はある時を境にめっちゃ増えたことが有ったんだ。
WHOでは、その理由を但し書きでロシアからの情報提供で患者数及び死亡者数が増えたと記載していたね。
ロシアの抱えていた患者は、これまでの発症患者数を超える数であったようなんだ。
何でも隠したがる体質は困るよね。
うん?
そう云えば、俺もめっちゃたくさんの秘密を隠してるんだっけか?
まぁ、これは勘弁してもらうしかない。
それ以外は事も無し、世の中は平和裏に動いてはいると思うけれどね。
相も変わらず俺の周囲の追尾監視は継続されているけれど、これが普通の状態だからね、別に不思議でも何でもないよ。
そうして、俺のK大学での学業の方は順調だし、俺のゼミ活動も例のロシアのスパイだったアドリアナ嬢の帰国から本格的に始動を始めたよ。
一応、ゼミでの発表会では、簡単な理論展開を解説して、その考え方に沿って論文を書き始めていることを発表している。
取り敢えず、試験的に新型半導体を利用したMPUを秘密裏に製造してみたけれど、実のところ、こいつには製造工程に問題が有る。
今のままでは完全に俺の能力頼りだからね。
きちんとした生産品として世の中に出すためには、何とか製造工程を自動化して俺の能力に依存せずに半導体を製造する技術を生み出さねばならないんだ。
因みに、半導体の抵抗値を全体的に押し下げることによりMPUの発熱が抑えられ、消費電力が下がり、同時に動作速度が速くなるために、常温環境でありながら、疑似的に超低温下で作動する半導体と同様な速度アップと性能向上が図れるんだ。
量子コンピューターを超低温にせずとも実現可能とするかもしれない夢の半導体だよね。
但し、回路設計から周辺機器の開発まで、実現するためにはかなりの障害を克服しなけりゃならん。
でも、これが実現可能となれば、より一層のコンピューターの小型化と動作速度の改善が見込まれる筈なんだ。
飽くまで可能性の問題だけれどOSも全く別のものを構築する必要があるかもしれない。
何しろ大規模集積回路を平面ではなく立体構造にすることを考えているから、既存のIC技術とOSでは新型半導体にとって足手まといにしかならんだろうと思っているんだ。
但し、こればっかりは現段階でアウトソーシングもできないから、ひたすら自分で種々の計測機器を組み立ててデータを計測し、実験を繰り返すしかないんだ。
その実験結果から得られたデータをもとに、新たな理論予測をたてているから、ある意味でずるをしている。
何せ結果が判明した分を予測値として掲げているからね。
カンニングも良いところだ。
でも、この実験データを得るには、かなりの精密機器や工作機械を準備しなければならないから、結構な費用が掛かるんだ。
まぁ、大部分は、北米東部域で購入した部品なんかを利用して組み立てているから、その分は俺が内緒で保有している現金で賄っており、足りなくなれば海外の闇市で金塊をドルに換えている。
但し、部品だけじゃなく実際に有る機器を購入したい場合もあるよね。
実は、ここで俺の特許関連の収入が生きて来る。
実はあれから国内の企業だけでなく、海外からの引き合いもあって、既に外資系会社六社が俺と契約している。
勿論、最初に契約したK市内の中堅企業と同じ契約内容で、顧問料まで同じにしているよ。
有能な弁護士さんが間に入ってくれているから、うまいこと契約締結まで運んでくれたんだ。
御蔭様で、特許を利用した生産品千個当たり200万円、顧問料が当座一年の間は一社当たり毎月30万円が入って来るんだ。
このため、俺の毎月の収入が1500万円を超えるようになっちゃったから、一千万円程度の機器なら公明正大に購入できるんだ。
尤も、そんな機器は俺の部屋に置くしかないし、そもそも学生なのにちょっと儲けすぎかもしれないが、俺の特許は色々なところで活躍を始めているね。
俺が思っていた以上に、非接触型センサーと言うのは利用価値が高いようだ。
まぁ、今後少なくとも十年以上(うまくすれば四十数年以上)は食いっぱぐれが無さそうだよ。
勿論、俺の収入については梓ちゃんにしっかりと伝えているよ。
俺としては、梓ちゃんに俺と付き合っているメリットと将来展望についてもしっかりとわかってほしいからね。
恋愛感情ってのは、必ずしも金勘定じゃないことは重々承知しているけれど、一方でそいつを無視しては、将来展望は開けないからね。
色々とあるけれど、一時期『男の三高』と言われたのは、高学歴・高身長・高収入だったらしい。
だが、今では、少し違っているかもしれない。
最終的には、女性の考え方や見方に寄るものなんだが、『外見上恰好が良いこと』、『性格が良いこと』、『行動が好ましいこと』が主らしい。
梓ちゃんが俺と付き合ってくれているのは、いずれも合格点に入っているからだと思うけれど、だからと言って慢心しちゃいけないだろうね。
それなりに俺も努力をしなくちゃいけない。
特に、俺が『何時でも梓ちゃんのことを考えているよ。』っていうメッセージを発信しなけりゃいけないだろうね。
先日、R山へのドライブに出かけ、初めての俺の車の中でキスをしたよ。
梓ちゃんは拒まなかった。
これ以上の関係に進むのは、もう少し先の話だな。
俺自身の信条として、少なくとも双方の親に婚約者として認められるまでは、刹那的なセックスをしないと決めている。
だから、キスをした時に梓ちゃんに言った。
「俺と梓ちゃんはきっと好きあっていると思うし、恋人だとも思うけれど、今の段階では、これ以上の肉体関係には進まないよ。
特に俺の場合は、いろんな国の機関から狙われているかもしれない現状だからね。
梓ちゃんを途中で放り出すようなことになるのは絶対に嫌だ。
少なくとも正式に婚約し、梓ちゃんの両親にも、俺の両親にも二人の結婚を認めて貰ってからなら、セックスをしても構わないと思う。
それ以前に肉体関係を結んだなら、もしかすると後の責任は持てないかも知れない。
一応経済的には梓ちゃんを十分に養えるとは思うけれど、そうだからと言って無職じゃ拙いと思うんだ。
少なくともK大学を卒業して、どこかに就職するか、自分で新たな事業を起こすかして、社会的にも独り立ちできるようになったら、梓ちゃんに正式にプロポーズする。
だから、それまでは待っていてほしい。」
梓ちゃんは俺の目を見つめてしっかりと頷いてから言った。
「うん、英君のプロポーズを待っている。
絶対にプロポーズをしてよね。
じゃないと、泣いちゃうから・・・・。」
梓ちゃんもいつの頃からか俺のことを『英君』若しくは『エイ』と呼ぶようになっていた。
俺は、『絶対約束』のつもりでもう一度キスをした。
それ以後、二人の逢瀬の際にはキスが挨拶代わりになったな。
一応一目は気にしていて、陰でやっているけれど、そのうち外人さんみたいにおおっぴらになりそうな気がしているよ。
梓ちゃんて意外と度胸があるし、平気でそんなことをしのけるみたいなんだ。
◇◇◇◇
ところで梓ちゃんもK薬科大学の四回生だからね、来年の3月には卒業予定だ。
大学院に進むという方向もあるんだけれど、実は既に就活も済んでおり、K市内西部地区にある製薬会社の研究所勤務が内定しているんだ。
地下鉄のS駅からバスで20分ぐらいのところにあるから、今居るアパートからでも通勤はできるらしいけれど、乗り換えもあって1時間半ほどはかかるんだよね。
で、俺は転居を勧めたよ。
俺が勧めたのは、S駅から徒歩5分圏内にある中古マンションだ。
お値段は、2LDK+Sの71.8平米で2500万円。
駅に近いからもっと高値がついてもおかしくないんだけれど、かなりお得な値段だよね。
で、理由を調べたらなんと祟りがついているという瑕疵物件だった。
普通ならば、この時点で諦めるんだけれど、黄さんに相談したら簡単に除霊を請け負ってくれたよ。
この手の奴は、地縛霊が悪さをしているらしいんだけれど、黄さんの仲間に解呪や除霊を専門にしている守護霊がいるようで、すぐに見に来てくれて、俺が購入するならすぐにも除霊をしてあげると請け合ってくれたんだ。
俺は、梓ちゃんの承諾を得ないままにこいつを購入することにしたんだ。
但し、購入は3月上旬で、入居は3月末としたよ。
当然に除霊はその時まで待ってもらう。
所有権が移転すれば、その物件を改装しても構わないし、賃貸にできることも不動作業者に確認済みだ。
つまりは俺がオーナーになって、梓ちゃんを間借人にするわけだ。
俺から梓ちゃんにこのマンションをプレゼントしても良いんだけれど、高額だと譲渡税がかかるからね。
取り敢えずは、賃貸マンションの形式にするのが一番だった。
因みに、梓ちゃんが現在入居しているアパートと同じ月額7万円にすることにしている。
梓ちゃんが入居しているのは築20年ものの45平米ほどの2LDKだけれど、俺が用意したのは築12年ものの3LDKにもなるほぼ72平米の広さのマンションだからね。
おまけに中は、俺が頼んで改装してもらったから、新居同様にかなり綺麗なんだ。
将来的に不要になれば売り払っても構わないと考えている。
俺の就職先若しくは事業を展開する場所にもよるが、一時的な住処にしてもかまわないと思っている。
因みに地下に駐車場があり、そこに俺の駐車枠を貰っているよ。
光熱費は梓ちゃんに払ってもらわねばならないけれど、管理費やら駐車場代は俺の口座払いだ。
そんなわけで3月に梓ちゃんがK薬科大学を卒業して、3月末にはS駅近くのマンションに転居したよ。
俺も転居のための荷物運びを手伝った。
レンタカーで2トントラックを借りて、一気に引っ越しを済ませたよ。
ついでに色々と家具なんかも揃えてあげた。
まぁ、家主として、ついでに恋人としてのささやかなプレゼントだね。




