2ー14 コンドウさんと受験の話
内閣府に特別大臣とその部局が設けられた経緯はともかく、俺に近藤さんの名刺を渡されても、あいにく俺に名刺があるわけもない。
仕方がないから自己紹介だな。
「既にご承知と思いますが、僕が、県立東斗高校三年生に在学中のはずの秦山栄一郎です。
生憎と1年近く家出していたもので、本来ならばこの3月には卒業できていたのかもしれませんが、多分出席日数の不足で留年になっていると思います。
ただ、その点については、まだ学校の方へも確認をしておりません。」
そばにはおふくろと祖父母もいるんだが、俺だけの簡単な紹介だけに留めたよ。
相手が聞きたいのは、俺の話であって、おふくろや祖父母じゃないはずだからね。
そんな感じで一応の挨拶が終わり、近藤課長の質問が始まった。
質問は、これまで猪狩三佐に聞かれた様なものがほとんどなんだが、俺は、そのいずれにも言質を取られないよう曖昧な回答に終始したよ。
特に、しつこかったのは今まで何をしていたのかを何度も聞いていたよね。
食事はどうした、寝るところはどうしたのって類だよ。
仕方がないので、ちょっと言い返してみたよ。
「失礼ながら、公園で寝泊まりしているようなホームレスの人にも、そんなことを聞いて回っていらっしゃるんでしょうか?」
近藤課長さん、これには流石にむっとしたような表情を一瞬浮かべましたけれど、すぐにポーカーフェイスに切り替えていましたね。
それから今日やって来た目的であろう本題を切り出してきましたよ。
「あなたには、依然として各地で怪獣を倒したであろう人物の嫌疑がかかっております。
仮に当該人物であるとしたならば、あなたは我が国の法令に反した行いをしていることになります。
従って、我々としては、県警等に知らせてあなたを取り調べなければなりませんが、それでもかまいませんか?」
「中央省庁の課長さんがわざわざF市までやってきて、高校も卒業していない僕を捕まえて言うことが、そんな話なんですか?
まぁ、法律違反があるのなら、お巡りさんが出てきて疑いのある人物を調べるのは正当な職務なのでしょうねぇ。
その件で、僕に拒否権はなさそうですけれど・・・。
一体、僕は何の罪に問われているのかが、分かりません。
それと、僕が何か犯罪を犯したという具体的な証拠を内閣府ではお持ちだということなのでしょうか?
まさかでっち上げの罪じゃないのでしょうね?」
「罪があるとしたなら、出入国管理及び難民認定法違反、検疫法等の違反でしょうか?」
「すみません。
法律に詳しくないもので、教えてください。
家出をしたら、そんな法律にひっかるのですか?」
「いいえ、無断で外国に行ったり、外国に行ったにも関わらず検疫を受けずに入国したような場合に罪となります。」
「へぇ、でも、僕にはパスポートもありませんし、海外旅行はしていないはずですけれど、・・・。
どこか日本国内にある外国の敷地に踏み込んだとかでしょうか?」
「いいえ、ロシア領域を含めてかなりの数の外国に出入りした容疑ですね。」
「よくわかりませんが、そんなに簡単によその国に出入りできるんですか?」
「ふつうは無理でしょうね。
でも、テレポーテーションのような特殊な能力を持っていれば、誰にも気づかれずに出入りが可能かもしれません。」
「テレポーテーションというと、SF小説やラノベに出て来る空間転移という奴でしょうか?
へぇ、そんな能力を持った人が実際に居るんですね?」
「あなたがその能力を持っているのではないかと疑っているのですが?」
「私ですか?
何で?」
「怪獣を倒したと思われる怪しい人物を一人一人潰していって、残ったのが貴方だけなのです。」
「へぇ、消去法ですか?
でも、それはちょっと弱いんじゃないでしょうか。
日本国民全部、若しくは世界中の人全部について確認をしなければ消去法は成立しませんよね。
さっきも、例で言いましたけれど公園で寝ているようなホームレスの人も含めて全部の人に当たりましたか?
怪しいからって疑いだしたらきりが無いでしょう。
少なくとも今の裁判では証拠が無ければ立証は難しいと教わったんですが、違うのでしょうか?」
「あなたは、確かに頭が良い人のようですね。
ただ、日本政府としては、怪獣を討伐できる者が居るとしたなら、ぜひとも当該人物を確保しなければなりません。
阿蘇山で黒龍が急死した際に、各国から問い合わせが殺到して困ったことが有ります。
日本政府は、秘密兵器を隠し持っているのではないかとまで言われました。
確証はありませんが、あなたが怪獣を討伐した当事者である可能性が非常に高いとみておりますので、今後とも貴方の動向については注視いたします。
残念ながら、あなたからはご協力いただけないようですので、本日は引き揚げます。
いずれまた、お会いすることが有るかもしれません。」
そんな捨て台詞を残して近藤さんは辞去して行きました。
面倒くさいことにはなるのですけれど、仕方がないですかねぇ。
少なくとも日本を逃げ出して海外で逃亡生活をする羽目にはなりたくはないですから。
◇◇◇◇
その後、数日経っても政府筋や警察からのお呼びはかからなかったな。
ちょっとは心配したんだけれど、近藤課長さんのブラフだけで終わったのかもしれないね。
まぁ、黄さんの霊界ネット情報によれば、今でも、内閣府では手分けして、俺の情報をいろいろ探しているみたいだよ。
俺が海外にいる時は、一生懸命変装をしていたからね。
仮に、監視カメラに映っていたぐらいでは俺と特定できるような映像は無い筈なんだ。
仮にそんなのが有って察知されそうになったら、黄さんとそのお仲間が介入してくれることになっている。
従って、討伐者が俺であるという確証は、間違いなく得られないだろうと思う。
まぁ、その代わりに俺が目をつけられてしまったから、将来的に公務員になるのは、絶対に無理だろうな。
仮に公務員になってしまえば、すぐにでも内閣府や内閣官房辺りに取り込まれそうな気がするよ。
地方公務員でも危ないかもしれない。
それよりも、今は高校をどうするかだよな。
今更、三年生に戻りたくもないよなぁ。
高校に戻れば、下級生であった連中と顔を合わせることになるだろうし、行先が分かっていればそこまで政府の監視の目が入るだろうから、そんなことに学校関係者や生徒に迷惑をかけたくはない。
意外と役人はそんな人の迷惑を顧みずに職務を果たそうとするからね。
そんな状況は避けておきたいんだ。
で、色々考えて、一年に二回ある高校卒業程度認定試験を利用することにしたぜ。
7月に願書を出して11月に受験する二回目の試験だ。
一回目は4月には願書を出していなければならなかったから、今からじゃ間にあわないんだ。
まぁ、この高校卒業程度認定試験に合格すれば、一浪生と同じだよな。
俺としては、出来れば大学に入って、普通の人生を送りたいと思っているんだが・・・・。
俺の受験希望校については、K大学工学部はどうかなと考えている。
但し、大学入学共通テストの願書が10月までなんで、見切り発車で受験・・・?
果たして、見切り発車の受験ができるのかなぁ?
でも、普通の受験生も卒業予定で大学入学共通テストを受験できるんだから大丈夫だと思う。
まぁ、もし、だめなら別の手を考えるしかないな。
その場合は、外国の大学に留学って手もあるかな。
米国留学なんかの場合、TOEIC又はTOEFLの試験も受けておかねばならんかもしれない。
まぁ、俺の場合、どこの国であっても言語で困ることはないと思うけれど、少なくともC国とD国は、国そのものが破綻しているからあり得ないよな。
いずれにせよ、我が家に戻って三日目には、梓ちゃんに恐る恐る電話を入れてみたよ。
スマホの番号は変わっていなかったからね。
彼女は、彼女の希望通りに、私立K薬科大学に合格していた。
梓ちゃんとは、確実に一年の学歴差が開いちゃったな。
そうして、その電話で彼女から『会いたい』と言ってきたので、その週の31日(土曜日)にF市内でデートすることにしたよ。
彼女は、K市内の大学に近い賃貸マンションを借りているようなんだが、普段は毎週土曜日から日曜日にかけては家に戻って来ているそうだ。
ひょっとして、俺のことなんか忘れているんじゃないかとちょっと心配だったんだが、話をしてみて、単なる杞憂に終わったので安心したよ。
◇◇◇◇
土曜日、F市内で梓ちゃんとデートをした。
彼女、この一年でちょっと大人びたみたいで、もう梓ちゃんとは呼べないな。
「梓さん」と呼ぶことにしようか?
一年前まで馴染みになっていた喫茶店の片隅で久しぶりに話をしたよ。
彼女からは、俺が家出中にあったことを色々と話してくれた。
俺の方は、悪いことはしていないとぼかしながら、とあることで政府筋に監視をされているのが嫌で、これまで家出をしていたことを話した。
半分以上も嘘が混じっているかもしれないけれど、これは仕方がないだろうな。
俺が家出してから、一応、お袋から彼女に電話があって、俺が家出をしているけれど心配しないようにとは伝えてもらっていたみたい。
但し、彼女も随分と心配したようだ。
スマホでも、メールでもつながらなければ、俺でも心配はするもんな。
俺は、そのことに関してはひたすら御免なさいと素直に謝っておくしかない。
それ以上に俺ができることはないもんね。
仮に、彼女に怪獣討伐の話をしたりすれば、その秘密が絶対に彼女の心の負担になるからな。
『もう心配は無いの?』って、聞かれたけれど、『まぁ、半分はなくなったけど、まだ残っているみたいだな。』と答え、政府のお役人が、俺が家に帰ってすぐにも訪ねてきたことをそれとなく話しておいた。
但し、猪狩三佐を含め近藤課長の名前や役職名などは全て伏せている。
何も知らないほうが、彼女がその筋の人に聞かれても、話すことができないだろうから、彼女も困らないだろうと思うからだ。
◇◇◇◇
いずれにしろ俺の復帰後の生活が始まった。
取り敢えずは、一年遅れで元の生活に戻るために、受験の願書づくりかな。
願書もネットでの申し込みだから、『高校卒業程度認定試験』と『大学入学共通テスト』の両方を済ませておいたよ。
次いで、念のためのTOEIC又はTOEFL 受験だが、TOEICについてはF市内でも受験ができ、月に1回か2回の試験がある。
そうしてTOEFLの場合は、ほぼ毎週あるけれど県内に試験会場が無いのでTOEFL iBT® Home Edition(自宅受験)が便利だろうな。
この際だから、両方を7月に受けることにしたよ。




