1-21 誘拐未遂(?)と夏季講習
8月15日は最寄りの川で精霊流しもあるから子供盆踊りは前日よりもさらに早くて18時半からの30分だな。
その後、団体踊りがあって、更に精霊流しがあるんで、一般の踊りへの参加は19時半から22時までになる。
従って、花奈が踊れるのは残念ながら一般の踊りの部になってしまうんだ。
子供盆踊りに参加したご褒美にお菓子なんぞをもらって、従妹弟同士三人が引き揚げて来る際に、従妹のあゆみちゃんが突然横合いから突き飛ばされ、道路に倒れてしまった。
俺も、それに一瞬だが気を取られているうちに麗花が攫われるというとんでもない事件が起きたんだ。
倒れたあゆみちゃんに目を向けていたがために、すぐには気づかず、一旦はその姿を見失ったが、俺の空間把握能力ですぐに麗花を見つけた。
俺の探知範囲ギリギリにいたから何とかわかったが、すぐ脇の薄暗い路地裏に入られたのでその姿が見えなかったのだ。
俺のセンサーでとらえられる限り、男に抱えられている麗花はぐったりしているようだ。
後で判明したことではあるが、用意周到にも、犯人の男はクロロホルムを準備していたんだ。
俺は、即座にダッシュで男を追いかけた。
この時は周囲の目が有ろうと関係ない。
おそらくは陸上短距離の世界記録も超えるようなトップスピードで走ったと思う。
男に家の中などに逃げ込まれたり、麗花を盾にされたりすると面倒だから、色々と走りながらそのストーカー男の逃走防止手段を講じたよ。
男の足の裏の抵抗をなくすことも考えたが、男が転んで麗花が怪我をしても困る。
だから、逆に男の足裏をアスファルトに粘着するようにした。
徐々に負荷をかけたから、いきなり転ぶようなことは無いが、男の足が徐々に重くなって移動速度も遅くなるんだ。
おそらくは事件が起きてから十秒も経たないうちに俺は男に追いついていた。
そうして男の抱えている麗花を、摩擦抵抗をなくすことにより、するりと奪い取った。
呆気に取られているストーカー男には、当然お仕置きだ。
思いっきり蹴飛ばすと死ぬかもしれんから、手加減はしたものの、正面から前蹴りを一発腹にぶち込んでやったぜ。
男は「ぐぇっ」といいながら、ゲロ?、胃液?を吐きながら、うずくまって四つん這いになったな。
多分、簡単には動けまいし、逃げようとしたらもう一発ケリを入れてやる。
その様子を確認してからスマホで警察に通報した。
この男は絶対に許してやんねぇぞ。
証拠は、首から下げている俺の小型VTRにしっかりと映っているはずだ。
少なくとも、あゆみちゃんを突き飛ばしたのはこいつだ。
あゆみちゃんが擦り傷でも負っていたら傷害罪の現行犯だし、そうでなくっても障害未遂か暴行罪は成立するだろう。
もう一つ、麗花は明らかに意識が無いから絶対に薬剤か何かを使ってるはずだ。
それも傷害罪か暴行罪になるだろうし、おまけに小学生を誘拐したんだ。
絶対にタダでは済まんぜ。
いずれにしろ、麗花が無事でよかったぜ。
取り敢えず警察が来るまでその場で待機、当然のことながらウチの家族も後を追いかけて来て、俺の周囲に集まって来たよ。
男は腹を抱えてうずくまっており逃走しようという気配は見せないが、男衆で男を取り囲んで監視しているうちに、警官二人が到着した。
警官に状況を説明すると、すぐに男は警察署にしょっ引かれて行った。
残念ながら、俺も事情説明の為に警察に行く羽目になったけれどね。
因みに麗花については、意識朦朧としていたが、盆踊り会場の臨時診療所で医者に診てもらい、麗花に外傷等は無いことが確認されている。
但し、大事を取って、すぐに家に戻って寝かせたけどな。
翌日、診てくれた医者の医院に行って、再度診てもらうことになっているようだ。
俺は最寄りの交番で11時近くまで事情を聴かれたが、俺の持っていたVTRの録画が動かぬ証拠となって、男は取り敢えず暴行及び誘拐の現行犯で逮捕された。
後で聞いたところでは、あゆみちゃんが膝小僧に怪我(擦り傷)をしていたので傷害罪もついたようだ。
初犯かどうかは知らんが、情状酌量の余地なんか全然ないからな。
厳重に処罰してくださいと事情聴取に当たった警察官にはお願いしておいた。
もし俺がすぐさま追いかけて捕まえていなかったら、どんなことになっていたかわからないんだから。
流石に死刑にはできんのだろうが、俺的には死刑でも構わんとさえ思っているぜ。
盆踊りの夏の思い出はとんだケチがついて終わったな。
そういえば、花奈は一回しか踊れなかったとぼやいていたな。
俺は警察に行っていたし、あんなことが有ったから家族は全員家に戻ったので盆踊りも参加できなかったわけだ。
◇◇◇◇
8月22日からは、東斗高校で恒例の夏期講習が始まった。
強制ではないんだが、皆が受けるのに俺だけ受けないというのは、どうも寝覚めが悪いよな。
特に、梓ちゃんも参加するというのだから、なおさら俺も参加しなければならんだろう。
こういうところは、多分日本人の悪いところかもしれない。
周囲に流されやすいんだ。
まぁね、皆がやっていることをしていれば多分大丈夫だろうという大昔からの民族的な体質に近いものだろう。
何となく流されることにも不安は覚えるが、梓ちゃんと一緒ならそれでもいい。
ところで、最近とみに感ずるのは、俺の記憶力がどうもかなり上がっているんじゃないかという事だ。
前に言ったかもしれないが、知識を覚えることにも脳には負担となるから、それなりの抵抗があるようなんだが、それを俺の能力で外すか弱めてやると、とんでもなく記憶力が高まるんだ。
覚えるのには、当然それなりの集中力が必要なんだが、この方法を見つけてからは、授業で教えられたことはまず忘れなくなった。
その確認のために、ある時、実験で試してみたことがある。
漢詩と英語の詩を一読しただけで、それを紙に書き写すことをやってみたんだ。
漢詩は「漢詩百首」という文庫版のもの、英語の方はキーツ詩集という同じく文庫版のもので、どちらもJR駅前近くの古本屋で購入したものだ。
結構薄汚れた品だったから、二冊で660円だったな。
まぁ、漢詩の方は古文の教科書に載っていた有名なものもいくつかあったが、キーツの詩集は全く初めて読むものだった。
本当に一読だけなんだが、自分でも驚いたことに、百の漢詩を一字一句も間違えずに書けたし、キーツの詩集も翻訳まで含めて全部書き写せたのには、さすがにびっくりしたぜ。
カメラのような記憶っていうのかな。
本当に細かいところまで覚えているんだ。
古本のとある頁の汚れの形まで覚えているんだから、流石にちょっと退いちゃうよな。
でもこの能力は、一夜漬けの勉強には最適かもしれないとは思うが、そもそも授業内容を全部覚えていれば一夜漬けの必要もないだろうな。
まぁ、それよりも、俺の潜在能力が上がったことを喜んでおこう。
その特殊能力の所為か、夏季講習も意外と苦労せずにすんなり終わったな。
勿論、記憶力だけで済むような勉強じゃないんだが、洞察力とか視点を変えて考察する能力とかも伸びているような気がする。
だから、数学的な思考とか、文章全体から作者が求めているものを読み解く能力とかが上がっているような気がするよ。
夏季講習は、8月22日から26日までの五日間だけで無事に終わったな。
この間、元気な梓ちゃんの笑顔も見られたのが何よりのことだった。




