早期特典
「……う、あ、うぅ……ここは……天国……だよな?」
「はい、その通りでございます」
「うおお! ……ああ、失礼。人がいないと思って独り言を言ったものだから、ははっ、大げさに驚いてしまい、ははははは……それで、あなたはまさか……」
「ええ、天使でございます。あなたの担当であります、シライと申します」
「シライ……白井。ああ、その顔と名前、昔どこかで会ったような……それも……そうだ、私が好きだったあの子に」
「そう見えるようになっているのです。親しみを持ってもらいリラックス。お話をスムーズに聞いていただくために」
「そう、か……しかし、ああ、死んだのか……だが、天国がこんなに美しいところとは。死んで良かったとまではまだ言えないが、現世を惜しむ気持ちが失せていくようだよ」
「ふふふっ、そう言っていただけて何よりです。さ、ご案内しますよ。ええと予定の寿命よりもお早い御着きに加え、今ですと――」
――いちゃん
「あ、あれ、声が」
――おじいちゃん
「あの、シライさん、あなたの声が聴こえなくて、それにこの声は」
――おじいちゃん、おじいちゃん!
「……あ、あれ?」
「お義父さん! 気がついた!? 大丈夫!? ボケてない!?」
「おじーちゃあん!」
「ふー、親父、驚かせるなよ……」
「え、ここは……どこ……あれ……」
「ああ、どうしましょ。やっぱり頭に影響が」
「おいおい、失礼なこと言うなよ。大丈夫だよな親父。今がいつかわかるよな? 餅食ったの覚えてるよな?」
「え、あ、正月……家で、そうか餅を喉に詰まらせて……」
「そうそう。まったく、ふぅーもう餅禁止な!」
「きんしね!」
「そうですよ、はぁー掃除機があって助かったわぁ」
「ああ、ゴホッ、すまんすまん……」
あの時、私が見たあの天国は夢だったのか……随分リアルな。それに惜しい気も。しかし、よかった。まだ孫の成長を見たい。
と、思っていたのだが……
「どうかされましたか?」
「ああ、いえ。その、天国ですよね、ここ」
「はい。そうですよ。それがなにか?」
「ああ、いえ……。ちょっと前にも、ははは、来たことがありまして」
「前にも? ああ、臨死体験ですか。たまにそういう方、おられますよ」
「ああ、ではあれは夢ではなかったのか……その、シライさんは? 前に私の担当とお聞きしたのですが」
「シライ? さあ、わかりませんね。天使も数が多いので。まあ、担当と言っても案内するまでの間ですし、上級は話は別ですが、あなたは中級。まあ、一般層なので関係のない話です」
「上級? 一般? あの、天国なのに、死者に位みたいのがあるんですか?」
「そりゃそうでしょう。天使にだって階級はありますしね。そもそもここに来る者は基本みんな善人だからと言って同じ待遇じゃ、ちょっと不公平でしょう。
人を思いやり人のために生き、そして死んだ者と、普通に生き、犯罪こそしなかったものの特に人のためになるようなこともしなかった者。
それに軽犯罪でも悔い改め、その後の行いによっては天国に入れますしね。ああ、あと幼い子供とかもより良い場所に送ってあげねば、かわいそうというものでしょう」
「はあ……まあ、そうですね……。でも中級……そう言えば前と少し景色が……場所が違うのかな」
「でも、あなたは運がいいですよ。今ならまだ特典が――」
――うさん!
「あれ、あの、声が……」
――お義父さん!
「……また、前と同じ、あ、ここは」
「ああ、良かった! もー心配したわよぉ。おじいちゃん、エアコンつけなきゃ駄目でしょ!」
「あ、ああ、ここは……病院……か」
「熱中症ですって! まったくもう!」
「ああ、すみませんね……」
「はい、はい、ふぅー! もぉーみんな心配してましたよ! 明日またお見舞いに来ますからね!」
「あ、ああ……」
そう、熱中症になってしまったのだ。今年の夏は特に暑いとニュースでやっていたが、自分は大丈夫と高をくくっていたのだ。
近くに住む息子の嫁さんが様子を見に来てくれて死なずに済んだ……その時は、だが。
「ふーん、もう壊れかけだったんすね! ははははは!」
「あ、ははは……」
「いやー、しかし、珍しいっすね! 二度も臨死体験するなんて! でもまあ、三度目の正直って言うか、死ねてよかったっすね!」
「いや、まあ、その、はい……で、ここは天国で、あなたは」
「はぁ? ボケちゃったんすか? さっき説明したっしょ! ここ天国、俺勉強中ぅ! つまり俺は天使見習い、品がなーいってやかましいわ、アンダーライン。ボーダーラインギリギリ、あんたそんな感じぃ」
「……え、は? あの、意味が……」
「あんた、天国キャンセル、ナンセンス。反省文書いてほしいけどそれこそナンセンス。神様ご機嫌。キャンペーン期間中だったのにもったいない大間違い。感じわるーい。にぎやかしは歓迎。冷やかしは勘弁。でもでも、あんしーん。天国寛大、仏の顔も三度まで、これがラスト。このチャンス、逆に逃したらたいへーん。はいはい今ならまだ――」
――さん!
「あ、あ、あ声が、また、あ、あ、あ」
――お義父さん!
「あ、あ、あ、声、声」
嫌だ、あ、あ……。
「お義父さん! 気がついたのねぇ! よかったわぁ!」
「親父……」
「ふふっ、あなたったら涙ぐんじゃってもう、私まで……あら? 先生、お義父さん、喋れないみたいなんですけど」
「ええ、心臓が止まっていましたから。一命を取りとめたといったところですね。しばらくは大丈夫です」
「ふぅぅぅ、ああ、本当に良かった……」
「それで……延命治療のほうは……?」
「しますよ。当然」
「お願いしますでしょ」
「わかりました。では引き続き入院していただくことに」
「ええ、よろしくお願いします……あら? お義父さん、何か言ってるわ?」
「親父、なんだって? 早く? 死にた……」
「あぁ……まだ死にたくないのねぇ」
「当然だな。孫の成人式までは! って口癖だったもんなぁ。でも大丈夫。今の医療はすごいって言うもんな!」
「ええ、今度、みんなでお見舞いに来るからね!」
早く……早く逝かなければ……ああ、もう間に合わないかもしれない。あれは多分、下級……じゃあ、次は……ああ、恐ろしい……死にたくない……死にたくない…………。