猫耳少年は魔王を攻略できるか 中-2
「うぅ・・・イテテ」
底抜けは奈落の底、ではなく転がるタイプの落とし穴だったようだ。何回も回転して目が回ったが、テイルには大きな怪我もない。ようやく視界も安定して辺りを見れば、光の無い地下室のような場所だと気付いた。
「こ、ここは・・・?」
ゆっくり上半身を上げると、最初に会った魔物がじ~っとテイルの顔を見つめていた。
ーーー**!**!
相変わらず、鳴き声では何を言っているのか分からない。とはいえ襲ってくる様子はないので、そこまで敵意はないようだ。先程のように、剣を構えるのはやめておく。
ふと周囲に目をやると、何やらキラキラ光る物が見える。アレは何かな、そう思い1歩踏み出した瞬間。
「ここに部外者が来るとは珍しいな」
突然聞こえた、何者かの声。キョロキョロ辺りを見回すと、ずっと上に何かの気配を感じた。おそるおそる見上げると、そこには人型の骸骨のような魔物がいた。
今まで見た大型の魔物より、ずっとずっと大きい骸骨。短刀を持ち、不気味に微笑んでいる。
まさか・・・これが、魔王!?テイルはすぐさま身構える。
「へぇ、猫人か。しかもまだガキ」
「が、ガキって・・・僕はこれでも、見習い剣士です!れっきとした冒険者です!!」
テイルがむきになって立ち向かうと、さらに骸骨はケタケタ笑う。
「そう怒るなって、別に食ったりしねぇし。っつーか、どうしてコイツをここに導いたんだ?」
骸骨はテイルの足元にいた魔物に声をかけたようだ。再び言語化しにくい声で鳴くと、言葉が通じるのか「ほぉー」と、骸骨は驚いた様子だ。
「お前、魔王様の知り合いか」
へ?と一瞬、テイルは何を言われているのか分からなかった。
「まずはオレらについて話すか。オレはコール、魔王様の右腕って感じの魔物さ」
そもそも魔王城は、魔王と呼ばれた魔物が作った魔物達の住処。人間の住む世界と区切ることで、無闇な対立や衝突を減らし、なるべく平穏に暮らそうとする目的だったのだ。
この城は魔物だけの世界だった、滅多に人は来なかった。「魔王がいる」という情報を流せば、並大抵の者は来なかったのだから。だが20年ほど前、とある犯罪集団が城を襲い、魔王は瀕死寸前に陥ってしまう。
「ソイツらの目的が、魔王城の財だと勘づいた。だから魔王様はここに隠し通路を作って、右腕のオレを中心に、財を決して悪い奴らに奪われないよう指示したんだ。それが、最期の言葉だったよ。
20年ほど前の犯罪集団からは守り切れたが、以来ちょくちょく冒険心を求める人間はやって来る。だからこうして、仕掛けやら色々施して、なるべく戦闘なくして追い返すようにしてるってわけ。大概は一周させて、攻略したってことにしてるけど」
コールがキラキラに手を突っ込むと、ジャラジャラと金属の音がする。適当に取り出せば、その手の中には大量の金貨があった。20年近く守っていたからか、かなりピカピカしている。こんなに輝く金貨は見たことない。
「そもそも、外部の奴はここに入れたくねぇ。だが今回“ここに来ている猫人から、魔王様の匂いがする”ってソイツが言い出してな。というわけで今回は、落ち着いて会話できる環境を用意したって感じだ」
魔王様の匂い?テイルは意味が理解出来なかった。
自分は捨て猫、気付けば親はいなかった。今まで兄のようにジークに育てられ、ずっとギルドで育ってきた。・・・そんな自分に、魔王の匂い?
「魔王様も、猫人だったんですか?」
「いや、人型の魔物だったさ。1度、人間の娘と結ばれたのは聞いているが」
だったらますます分からない。何故自分が?ただの猫人なのに??もしや自分は、ここの魔物???
「まぁ、魔王様に関係あるのは興味深いな。魔王様の知り合いかもだし、そもそも悪意を持って侵入したようには見えねぇし」
コールは掲げていた短刀を下げて、ふぅと緊張を解した。
「にしても何でお前みたいな弱っちい奴が、こんな危ないダンジョンに来た?」
「そ、それは!!」と、テイルは大きな声で弁明しようとする。だが変に言葉を連ねても、言いたいことは伝わりにくい。一旦落ち着かなきゃと、深呼吸する。
「・・・僕は、認められたかったんです。剣士として一人前になって、憧れてる人の隣にいたかった。
憧れてる人っていうのが、剣士で。僕も同じ場所にいたかった。でもずっとその人は“危険だからついてくるな”みたいなコトばっかり言って。
心配されてるのは分かってるんです。でも・・・でも!僕はもっと、あの人と同じ景色を一緒に見たくて!!」
どうにも、知らない人(?)の前だと、意外と何でも話してしまいやすい。魔物達が馬鹿にせず、ウンウンと聞いてくれていることが幸いだろうか。
「勿論、僕1人じゃ無理ですよ。こうして見習い冒険者を連れてってくれた、優しい冒険者さんも一緒で」
「・・・ん?どういう奴らだ」
テイルが同伴者の特徴を説明すると、コールは血相を変えた。馬鹿野郎!!と、急に慌てだした。
「よく聞け。アイツらは犯罪集団の連中だ。そして狙いはここの財宝と、お前だ」
「え?」
「猫人はな、魔物と人間の丁度中間、いわゆる希少種だ。だから人売りの世界じゃ、かなり価値があると聞く。適当な理由を付けて、人気のないこのダンジョンに連れてこられた可能性があるぞ」
「そ、そんなまさk」
テイルの言葉の途中、バゴォ!!と破壊された岩壁。砂埃の向こうには、あの魔法使い・・・犯罪集団の一行の姿が。先程までの親しみやすい様子など、一切見られなかった。
「いやぁ、ここまで来るのは手間取ったな。まさかこんな隠し場所があったとは」
全員が不気味な笑みで、ドシドシとテイルに近付いていく。
「ど、どうしてこの場所が!?」
「ハハッ、そのフードには発信器が仕掛けてあるのさ。犯罪集団の最先端技術、驚いたか?」
ジリジリ迫る犯罪者達に、思わず後ずさる。
「運が良いなぁ、完璧に鴨ねぎだ。ここの財宝と探してた猫人、一気に手に入れられるんだしよ」
彼らが手を出そうとした瞬間、テイルとの間にドスッ!とコールが短刀を突き立てる。あたかも、テイルを庇うように。
「テメェらみたく強欲な輩はお断りだ。何もせずにここから出て行くなら、今回も見逃してやる」
「けっ、今更去るかよ。オメェを倒して、ここらのモノかっさらうのが目的だしな」
いきなり戦闘状態だ。小さな魔物も助太刀しようとするが「邪魔だ!」と蹴飛ばされてしまう。「距離をとれ!」とコールに言われたテイルだが・・・逃げるつもりはなかった。
(僕は見習い剣士・・・戦いだって出来るはず!)
決意した、守ってばかりじゃいられない。僕も戦うんだ!
県を引き抜き、1歩踏み出した瞬間。地面がひび割れ、急速に生えてきたのは、金属のような蔦。そのままテイルの全身に絡みついていく。
「うぁ!?な、何・・・」
「傷付いたりしたら、価値が下がる。お前は大人しくしてろ」
長く捕まらない犯罪集団ともあって、かなり強者のようだ。コールは苦戦を強いられている。なんとか抜け出そうと必死でもがくテイルだが、蔦はどんどんきつくなっていく。小さな魔物も噛み砕こうとするが、金属のような蔦では歯形も付かない。
「手間かけさせやがって。まぁそれなりに成長してくれたし、ようやく稼げる。何せお前は元々、犯罪集団の商品だったんだからな」
「何だと!?」とコールが驚愕する。ギャハハと下品な笑い声をあげながら、魔法使いは語った。
「いやなに、昔に強盗に入った場所で、猫人の家族を見つけてさ。抵抗してきた奴らを返り討ちにしたら、赤ん坊がいてよ。せっかくだしコイツも稼ぎにしようと奪ったところ、どっかのギルド集団が襲ってきやがって。泣く泣くソイツを置いて逃げたってわけ。
で、今現在まで経って、お前はそこのギルドにいたところを見つけた。赤子より適度に育った個体の方が売値が良いから、成長したら強奪しようとは練っていた。冒険者なろうと鍛錬している様子を見たけど・・・嗤えるぜ、売り物でしかないクセによ!!」
再び響く嘲笑。コールは怒りに震えるが、テイルは青ざめていた。
そんなこと、ジークには言われたことがない。もしかしたら嘘かもしれない。
でも、もし真実だとしたら。ずっと、狙われていたことになる。もしかしたら彼はずっとそのことを気にかけて、冒険者になることを否定していたのかもしれない。
クエストへ連れて行かないことも、無闇に1人にならないよう口酸っぱく言ってたことも。
全ては、テイルを守るためだったとしたら。
自分は・・・好きな人の思いを、踏みにじっていたことになる。
・・・・・・。
「おい、そろそろ援軍が来る頃だ。宝と猫人ずらかる準備をしろ!」
「なっ、まだ来るのか!?」
ドガァアアッ!!!
突然の轟音と共に、土煙が舞う。「おっ、来たか」と魔法使いは見向きもせず声を出す。
「こっちは任せとけ。A班は財宝の回収、B班はそっちで捕まってる猫人を」
ボガッ!バキッ!ドゴォッッッ!!
殴るような鈍い音、次々倒れていく犯罪集団の連中。何かがおかしいと察した魔法使いが、ハッと目をやる。
「随分、好き勝手やってくれたな」
剣を振り下ろしたジーク・ラズは、気絶させた男を踏みつけ、光の無い目で睨み付けていた。
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「下」は明日夜に投稿する予定です。