自室
「シーラ、自分で付き人を選ぶのはいいですが、確認を取ってください。その様子だと、もう確定といった感じですか?」
「ごめんって、次からはそうするよ。あ、でも、ライを手放すつもりはないから、次は当分来ないね」
「まったく、本当に分かっているのやら……。ライさん、貴方もその立場を利用してシーラに変なことをしようとしたら、ぶち殺しますからね」
「あはは、ライはそんなことしないよ〜」
「だ、だから誤解だって……」
ただいま、シーラはレオナからお説教を食らっている。当の本人は気にした様子もなくヘラヘラ笑っているが……。僕はそれを隣で見ていたのだが、なぜかこちらにも飛び火してきた。とは言っても、レオナも今回の事は誤解だったとわかってくれたようで、明らかな敵意を向けてこなくなった。口ではとてつもなく恐ろしい事言ってるけどね。ここはシーラに激しく同意したいところだ。
「それとライさん、さっきから気になっていたのですが、シーラに対して友達口調で会話していることに対して、何か申し開きはあるでしょうか、ないなら不敬罪で……」
レオナのヘイトは完全に僕に向いてしまったようだ。また恐ろしいことを口走っている。けど、そこに関しては僕も少し疑問があった、シーラは敬語なんかなくていいと言っていたけど、都市長の威厳的にどうなのだろう。それ以前に召使いという立場的にも良くないのは明白だと思うが。
「それは僕がオッケー出してるからだよ。変に無理強いしたくないしね、私はホワイトな雇い主を目指してるんだ。だから、敬語使いたかったら使ってもいいし、使いたくなかったら使わなくていいよ」
「じゃ、じゃあ……、使わさせていただきます……」
シーラ的にはどっちでもいいのか、それなら、後ろのレオナの視線も痛いことだし大人しく敬語にさせてもらう。もうこれ以上変ないざこざを起こしたくないんだ、穏便に済むならそれに越した事はない。
「へぇ〜、そうなんだ敬語使うんだ。私思うんだ、敬語には二種類あって、尊敬の念を表す敬語と、距離を置くための敬語、敬語ってどうしても相手との距離を感じちゃうからね。ライはどっちの敬語なんだろうね……」
「も、もちろん尊敬の念を込めた敬語ですよ」
「口じゃなんとでも言えるからね……」
「い、いや、でもほら、僕はシーラに雇われたわけで、そのことには感謝してるし……」
「口じゃなんとでも言えるからね……」
「つ、使わないよ、敬語なんて使わないよ! これでいいんだろ!」
「ライったら、そんなに私と仲良くなりたかったんだ。しょーがないなー、タメ口でも許してあげる。特別だよ〜」
「……」
背後からの視線が痛い。シーラが許したこともあって言葉に出す事はないのだろうけど、視線には不服の思いがこれでもかというほど込められている。
シーラもシーラで酷いものだ、さっきどっちでもいいよと言ったくせに、選択肢は一つしかなかった。しかも、僕が渋々敬語を使わないことを宣言した途端、まるでこちらから頼んだかのように振る舞ってきた。
その後も、なんで僕がシーラの服を着ているかレオナに問い詰められたり、どういう経緯で知り合ったのかをレオナに問い詰められたり…………問い詰められてばっかだな……。何はともあれ一通り言い合って、一段落つく。シーラの説得もあって、レオナも一応認めてくれたようだ。初対面の時の状況が悪かっただけで、また違う形で出会えていたならもっと良好な関係を築けたはずだ。
「じゃあ、今日からライがここで暮らすにあたって、必要となる施設の案内するから、行こっか」
「え、ちょ、待っ」
シーラがいきなり席を立ったかと思うと、僕の手を引いて部屋の外へ走り出す。必要なことだからいいのだが、もう少し順序があってもいいと思う。
「シーラと下着泥棒を二人きりにさせるわけにはいきません! 私も行きます」
「その誤解は解けたはずでしょ!?」
周りに聞こえる声でそんなこと言わないでほしい、今日だけで僕のイメージがものすごく下がった気がする。気のせいだと思いたい……。
「ここが食堂! メニューは全員一緒だから、好き嫌いせず残さず食べなきゃダメだよ」
すごい机の数だ、この城で働く全員が集まるとこの机が人で埋まるのだろう。混雑時にはどうなってしまうのか、考えただけでも戦慄する。食事を受け取るカウンターから、厨房を覗くと、とてつもなく巨大な鍋をかき混ぜる料理人が見えた。僕の身長の倍くらいあるんだけど!? 脚立使って料理するってどんだけだよ!
「ちょっとお昼過ぎちゃったけど、ご飯にしよっか、まだ食べてないよね」
「そうだね」
「何を期待しているのですか、下着泥棒。シーラと口移しなど私が許すわけありません」
「何がっ!?」
時刻は正午を過ぎて2時間ほど経っている。昼食の時間帯としては少し遅いだろうが、何も食べないのも良くないので素直に頂く。今まで食べてきたどの食べ物よりも美味しかった。
「ここがお風呂! 混雑時は湯船が人で埋まるから気をつけてね」
先の食堂ほど広くはないが、それでも巨大プールかと疑うほど広大だ。なのに、人で埋まるって、どんだけ人いるんだよ……。洗い場もざっと見た感じ、百は確実に超えているだろう。って、逆側にもある!? 二百以上あるってこと……。
「簡単な操作だけ教えちゃうね、こっちこっち」
「うん」
「何を期待しているのですか、下着泥棒。混浴などあり得ません」
「だから、何がっ!?」
昨日までは、濡れた布で体を拭くくらいだったので、ありがたい限りだ。是非、利用していきたい。
ちなみに、食堂と浴場はどちらも、西棟3階にあった、3階は共用スペースみたいで、大人数でくつろげる場所も用意してあった。
「次はライの自室だね!」
シーラは階段を駆け上がって上へ向かう、なんでシーラが一番はしゃいでるんだろうか。そんなことを思っている僕も、結構楽しみだ。今までは、馬小屋に泊まっていたから、自分の部屋を持つというのは初体験なのだ、少しは興奮してしまうのも仕方ない。
「ライー、レオナー、早く早く!」
「今行くよ!」
「何を期待しているのですか、下着泥棒。貴方がシーラと同室など不可のーーー」
「良く分かったねレオナ! 私とライが同室だって」
「「は?」」
シーラの後を追うように階段を上がり、5階に到着する。すると右の廊下の突き当たりに、シーラの姿が見える。右の廊下の突き当たり、つまりは右奥の部屋、そこはシーラの部屋な訳で……、
「今日からここが私とライの部屋!」