新たな住居
「でも本当に僕なんかでよかったの? 家事なんて全然やったことないよ……」
「だから、大丈夫だって!」
シーラと共に都市に帰る道中、何度目になるかわからない同じ質問を繰り返す。シーラは大丈夫の一点張りだが、正直不安でたまらない。力仕事はシーラの方ができそうなくらいだし、技術系を求められても、能力がないので難しいだろう。しかしお金をもらうからには、少しでも役に立たなければいけないだろう。
「掃除とか、洗濯とかは他の使用人たちがやってくれるから」
「じゃあ僕は何すればいいの、料理とか?」
「それは料理人がやってくれるから、ライの仕事じゃないね」
「料理人までいるの!?」
僕を召使いとして雇うくらいだから、他の使用人が1人や2人いても別におかしくはないだろうと予想していたけど、料理人までいるとは。使用人と料理人で名前を分けているあたり、料理人は料理専門の人なのだろう。
僕が知らないだけで、料理人を雇うことは常識なのだろうか。何はともあれ、シーラがかなり裕福なのはわかった。
「さっきと同じこと聞くけど、僕は何すればいいの?」
「そうだねぇ、僕が命令をその都度出すから、基本的にはそれに従ってくれたらいいかな。これをするのだけは死んでも嫌だ、っていうこととかある?」
「いや、特には。僕にできることならなんでもするよ」
「まあ、気楽にやってこうよ。そんな無理難題は出さないからさ。でもそっか、なんでも……か……」
なんか、最後の方怖いつぶやきが聞こえた。本当に大丈夫だろうか……、少し不安になってきた。変なことされないよねっ!?
そんなやりとりをしているうちに、都市に着く。
「ライはこれからどうする? 宿に帰って着替える?」
惜しいなシーラよ。お金がない僕は、家お買えないから宿に泊まっていると推理したんだろうが、残念ながら僕は、宿の馬小屋に泊めさせてもらってるんだ。それに僕は着替えを買うお金すら持っていない。推理が甘かったな。
と、冗談はさておき。どうしようか、こんな血まみれな服装では何をするにも不便だ。
「どうしよっか……、実は着替え持ってないんだよね」
「なら、私の服いくつかあげるよ。私の家来る? なんなら住み込みで働いてもらおうと思ってたから、荷物まとめてからでいっか」
いつのまにか、住み込みで働くことが決定がていたようだ。別に異存はないのだけれど。住み込みで働くとなると、家も屋敷くらいの大きさのものなのだろう。少しワクワクしてきた。屋敷に入ることなんて今まで一度もなかったから、楽しみだ。
「荷物は特にないから、ギルドの依頼だけ報告してからでいいかな」
「オッケー、じゃあギルド行こ」
シーラと一緒にギルドに来たわけだけど、周りからの視線がすごい。無能力者が血まみれで返ってきたり、さらに美少女を連れてきたり、確かに視線が集まる条件としては十分だ。しかし、視線の大半がシーラにいっているような気がする。まあ、見慣れた無能力者と可憐な美少女がいたらどっちを見るかって話だから、仕方ないと思う。だけど誰も話しかけてこないのは意外だ。しつこく絡んできて、面倒臭い展開になることも覚悟していたが、楽だからいいのだけど。
「依頼終わりました」
「確認しました。ありがとうございました」
今朝と変わらぬ業務的な笑顔を見届けた後、すぐにギルドを後にする。シーラもあんなに人に見られ続けるのは嫌だろう。全く気にしているようには見えなかったけど……。
「確認も終わったし、我が家へレッツゴー!」
シーラは僕の手をひいて足速に歩く。手、ちっちゃ! 柔らか! って違う違う。意識が逸れてつまずきそうになってしまう。
この都市は中央に都市長の城を構え、そこから東西南北に伸ばした大通りを基礎として作られている。ギルドや草原があるのは北の大通りの方だ。そして都市の中心、つまり、城の周辺に行くほど豪華な屋敷が建てられている。
シーラの進む先にあるのは城であり、都市の中心に近づいていることがわかる。これが表すことは、シーラがこの都市で有数のお金持ちであるということだ。
「シーラの家ってどこ?」
「もう見えてるじゃん、あれだよあれ」
「えっ!?」
シーラが指差すのは真っ直ぐ続く道の先、そう、城だった。まさか都市長の関係者だったとは、それは、使用人やら料理人やらたくさんいるわけだ。
城門をくぐるのも、顔パスだった。同伴者の僕も通れたということは、相当信頼されているのだろう。
城の敷地内に入るとすぐ目の前に大きな建物。おそらくこれが本棟だろう。こんな大きな建物を間近で見ることはおろか、都市の中心部にすら近寄ったことがなかったので、その巨大さに圧倒させられる。本棟には豪奢な門がついているが、そこには向かわず、本棟の右奥にある西棟に足を向ける。
「シーラ様、騎士団の予算案ができたので確認をお願いします」
「あ〜、業務部屋に持っていっといて。ちょっと今立て込んでて……」
「わかりました」
いきなり全身鎧姿の男が駆け寄ってきたかと思うと、シーラと何やら話し始めた。騎士団の予算案という言葉が出てきているので、シーラは騎士団長なのだろうか。もしそうなら、あの強さにも納得がいく。
「待たせてごめんね、行こっか」
「はい」
西棟に入ると左右に廊下が続いており、等間隔に扉が置かれていた。あんなに間隔空けていいのだろうか、宿の扉の間隔の5倍はあると思う。
「ここは、このお城で寝泊まりする人たちのための自室があるところだね。ライもここに部屋もらうことになるからよく使うはずだね」
シーラの話によると、1、2、3階は使用人のための部屋があるらしい。僕の自室もここに作られることになるのだろうか。シーラの部屋は5階、最上階の右奥の部屋だった。
「ここが私の部屋、ささっ、上がって上がって」
「お、お邪魔します」
シーラの部屋は右奥にベッド、左奥に作業用の机が置いてあり、右の方にクローゼット、左の方にタンスがあった。机の上はかなり物が多く、広いはずの机の半分以上が木彫りの動物や、何かのキャラのぬいぐるみなどに侵食されている。その辺りは他人の趣味なので口出しはしない。
「そうそう、まず着替えないとね。ちょっと待ってね、今探すから」
「え、え? ちょ、ちょっと」
右手の方にあるクローゼットを開けて、中をまさぐるシーラを慌てて呼び止める。この部屋を使ってるのは、シーラだけらしいので、クローゼットの中の服もシーラの服だけなのは明白だ。そのクローゼットから服を探すということは、僕がシーラの服を着るということだ。いくら身長が同じくらいだからって、流石にそれはどうかと思う
「ああ、別にスカートとか履かせるつもりはないから、安心して」
「当たり前だよ! スカート以外でもシーラの服なら、女性用の服なんじゃないの!?」
「そんな面倒臭いこと言わずに、はいこれに着替えて。私はあっち向いとくから。それとも、ライは私の部屋を汚したいの?」
くっ、そんなこと言われたら着替えるしか無いじゃないか。幸い、渡された服は男が着てもおかしくないような服だったので、出来るだけ音が出ないよう気をつけながら着替える。目の前にシーラがいるのに着替えてるこの状況も相当やばい。ああなんかこの服いい匂いする。
「終わり……ました」
「おお〜、似合ってるじゃん! かっこいいよ」
「……ありがとう」
「照れちゃって〜。明日からの服も何着か見繕ってく?」
「じゃあ、数着だけ」
「あ、パンツもいる?」
「いりませんよ!」
つい、怒鳴ってしまう。酷い辱めを受けた物だ。この時は顔から火が出るほど恥ずかしかったのをよく覚えている。