熊型死獣
ズシャァ!
「これは……、やばいかも」
視覚情報を手放した僕は、次の死獣による追撃を防ぐため、必死に頭を働かす。土砂を完全に撒き散らされた直後、反射的に目を瞑る直前に死獣の右腕が振りかぶられていたのを、危機的状況に陥り一時的に高性能になった脳が思い出すことに成功。大木という武器の性質上、僕にとって面での攻撃になるはず。面での攻撃なら、視界が潰されていても、左手を前に出すだけで塞ぐことができる。
ドガァァン!
相変わらず、衝撃はないのに衝突音だけはすごい。左手によって宙に舞っていた砂土が、大木によってはたき落とされ、礫となって飛んでくる。大木により加速されたそれは、手で撒き散らしただけの砂土よりはるかに高い威力を秘めており、僕の身体に裂傷を生んでいく。
「いっつ、だけど、耐えた!」
ようやく土砂もなくなり、視界に光が戻る。死獣は一度距離を取っており、隙なくこちらを窺っている。それにしても、やはり頭を使った戦い方をしてくる。手を使っているから、脳が発達しているのだろうか。特に邪魔なのは武器だ。こっちの攻撃手段は拳が主なので、武器を破壊してクロスレンジの殴り合いに移行したい所存だ。
「グァァ!」
死獣は左手を地面に突き刺し、先程と同じ構えをとる。何をするかは明白だ。
「分かってて引っかかるほど、馬鹿じゃないよ!」
熊型死獣と戦うにあたって不十分とは言え、僕も魔力によって普通の人よりかなり身体能力が上昇している。この土砂攻撃はかなり範囲の広い面攻撃だが、来ると分かってさえいれば、怖くない。
「グルゥァ!」
流石にもう効かないと判断した死獣が、大木を振りかぶる攻撃体制を維持しながら爆進してくる。右手を左側に大きく引いた構えから放たれる、横薙ぎ。空気を無理矢理切り裂くような、風切り音を上げながら猛然と近づいてくる大木。しかし、左籠手に当たった瞬間そこに込められた力が烏有に帰す。
「これで、武器破壊!」
受け止めた大木を下からアッパーカットのように、右手で殴り上げる。倍率は恐らく8、9倍程度耐えきれなかった大木が爆散し木端微塵となって打ち上げられる。相手に予想外の膂力があったことに驚いた死獣が、大きく飛び退る。それはそうだ、相手が自分を一撃で倒せるほどの力を持っていれば、誰だって近づきたくないだろう。僕の場合は、ほとんどの攻撃が食らえば致命傷、防げば無傷と一極端だが。
飛び退った死獣は先程とは違い、迂闊に近接攻撃を仕掛けにくることはなかった。手近な木を引っこ抜いては、投げ飛ばし、引っこ抜いては投げ飛ばしと、人間離れしたことをしている。明らかに接近を警戒しており、遠隔攻撃を続ける死獣。ライにとってみれば自分より身体の小さい弱い相手に何を恐れているのだと疑問に思うかもしれないが、それも仕方ないこと、死獣からすると、ライは自分の攻撃を涼しい顔で受け止められ、自分を遥かに超える力を持った存在なのだ。死獣の頭の中では、ライは自分より明らかに格上だと位置付けられていた。なお、ライももちろん熊型死獣のことを格上の相手だと思っているため、お互いがお互いのことを自分より上だと考えていることになる。
「めんどくさい!」
一方で、ライはライで焦っていた。今まで、シーラの教えにより後手必勝で攻めに行かず守りの構えで戦ってきて、それもそのほとんどが一撃必殺で終わっていたので接近を避けられるという経験が初めてだった。自分から接近しようにも、スピードは明らかに死獣の方が早い逃げられるのが目に見えている。武器破壊が裏目に出てしまい、選択を後悔するももう遅い。こうなった以上、こちらも遠距離で攻撃するしかないのだが。
「できないんだよ〜!」
右手の小手の異能は衝撃を出すというもの。あくまでも衝撃が加わるのであって力が強くなるわけではない。一瞬の火力は最強クラスだが、持続的な使用は不可能である。試しに、大木を持とうとしてみるが一般人に毛が生えて程度のライの力では少し持ち上げることはできても、それが精一杯、投げるなんてとてもではないが無理だ。試しに籠手の異能を使ってみても、持っていた木の幹が粉砕されるにとどまる。周りには、死獣から投げ飛ばされてきた大木や巨岩などが転がって……
「それだっ!」
巨岩の元に移動する。そして、巨岩の後ろに回り込み拳を腰に構える。移動してくる途中に、飛んできた大木で籠手に衝撃は溜めてある。今なら、倍率4倍程。そう、ライが考えたのは、投げるのが無理なら、殴り飛ばせばいいというもの。
「いっけえぇぇ!!」
拳を振り抜くライ。これで、巨岩が飛んでいけば成功なのだが、現実はそうはいかない。在らん限りの衝撃を叩き込まれた巨岩は、限界を迎え無数の礫塊へと変化し、死獣に物凄いスピードで飛来する。奇しくも、先の死獣の土砂攻撃と同じ形での攻撃。急な反撃に死獣は、対応ができていない。広範囲に散弾された礫塊は体のありとあらゆる箇所を狙って飛んで行く。ほとんどは硬い体毛に拒まれダメージを通すことができないが、体毛の薄い箇所にも礫塊は着弾する、そう、目などに。
「グルアァァ!」
予想外のダメージで視界を失い錯乱した死獣は、両腕を大きく振り回しながら無差別な破壊を行なっている。
「予想外にチャンス!」
これを好機と見たライは、全速力で走り出す。目の前に広がる巨木巨岩のを踏み分けて、魔力により強化された身体能力を十全に使い、彼我の距離瞬時に踏破する。闇雲に振り回される死獣の腕を左籠手で防ぎ、衝撃を溜める。
「接近戦なら、負けない!」
熊型死獣はと身長差がありすぎて、お腹目掛けて拳を振るったのに、かなり上向けのパンチとなる。多少不恰好になるが、威力は健在。自分の力を使った攻撃に吹きとばされる死獣。体をくの字に曲げて飛んでいき、木に衝突。その後、動くことはなかった。
「シーラ、レオナ! やった……よ」
この戦いを見ているであろう、そして真っ先に勝利を祝福してくれるであろう人物たちの名を呼ぶも、返事はない。あの2人の事だから、心配はない。むしろ心配なのは僕の方。
「グルルルルゥ」
犬型とも、猪型とも、熊型とも違う死獣の唸り声が背後から聞こえた。