初戦闘
「ライ、危なくなったら私が助けに行くとはいえ、気をつけてね!」
「わかってるよ」
一週間前、シーラと出会った草原で日の光すらも飲み込むほど黒い犬の形をした獣と相対する。背後からはシーラの心配する声、昨日はあれだけ大丈夫だの絶対いけるだの言っていたが、直前になってかなり緊張しているようだ。その一方で、僕はまったく緊張していない。逆に調子がいいくらいだ。なぜかって、昨日よく眠れたからだ。マッサージが気持ち良すぎて、そのまま寝落ちてしまっていたようだ。この頃、シーラのせいであまり眠れていなかったから、久しぶりに深い眠りについた気がする。
「何はともあれ、今の僕は最強! 負ける要因が見つからないくらいだ!」
あるとしても、無能力や戦闘経験の無さ、素の身体能力で負けているくらい。…………結構あるな。けれど、それを補ってまだ余りあるほどの強さを持った神器があるから大丈夫だろう。でもいくら強くても油断大敵、初戦闘なのだから尚更だ。
「頑張ろう!」
ライとシーラの会話が終わるまで待ってくれていたかのように、その場を動いていなかった死獣と向き合う。この前、シーラに助けてもらった時とは違う。あの時のように不意打ちの襲撃ではないし、抗えるだけの力もある。同じ轍は踏まない!
「ヴアァ!」
後脚に大きな溜めを作った死獣が、身体を精一杯伸ばして跳躍してくる。一週間前の出来事がフラッシュバックして、つい後退りそうになる。ところを、自分は大丈夫と言い聞かせて、踏み留まる。前に構えた左手の籠手で頭を守るように死獣の突進を防ぐ。
ガンッ!!
漆黒と漆黒のぶつかり合い、衝突音が広大な草原に鳴り響き大地に吸収されていく。しかし、音のわりに腕に衝撃は来ない。左籠手の異能衝撃無効化は、死獣相手にもその効果を遺憾無く発揮している。籠手とぶつかった死獣は、びくともしないライに不信感を抱いたのか、すぐにその場を離れライと距離を置く。
「戦えてる……!」
一合交えられたことに、喜びを噛み締めるのも束の間、再び死獣が突撃。次は、先ほどのように高い跳躍ではなく、地を蹴ってかけてくる。姿勢を低くし大地すれすれを疾駆する様は、まるで透明人間の影が爆速で近づいてくるようだ。
「ヴゥガゥッ!!」
死獣は中まで真っ黒な口を大きく開けて、噛み付かんとしてくる。大口の中の暗闇に光る牙は、体毛とは真逆の色を宿し鋭く輝いている。この左手くれてやる、とばかりに腕を前に出すとライの思惑通り、盛大に左腕に噛み付く死獣。肘近くまである籠手は、左前腕もカバー範囲だ。
ガギンッ!
不協和音が響くが、またしても左腕にダメージはない。噛みついたまま左腕を離さない死獣、無防備な横っ腹を曝け出している。噛まれ続けているから、籠手に溜められている衝撃は更新され続けている。倍率十倍の右拳を横っ腹めがけ、突き出す。と思った瞬間、左頬に風を感じる。目をやると、死獣の右前足が眼前まで迫っていた。噛み付くだけが攻撃ではなく、この爪での一撃までが一連の攻撃のようだ。左手で防御しようにも、噛みつかれているので動かせない。万事休す。
「危な〜い!」
シーラが横からライダーキックをかます。死獣が白目を剥いて、吹き飛ばされる。シーラの能力は契約と、戦闘向きではないにも関わらず、この威力。身体能力の高さが半端ではないことが見て取れる。それより、何か忘れてる気が…… 左手が急にものすごい力で引かれる。そういえば、左手死獣に咥えられてるんだった。ライは数秒の空の旅を死獣と共に楽しむこととなる。
「いや〜、さっきはごめんね」
「こっちは助けてもらってる側だから、贅沢は言えないよ。助けてくれてありがとう」
なんとか受身を取って着地することで、怪我は逃れられた。左籠手の能力の応用で、僕は受身を幾分か簡単にできるのだ。昨日教わっておいてよかった。
「そんなことよりも、次に行こう! もう同じ手には乗らないから!」
「うん、危なくなったら、さっきみたいに助けるから。精一杯頑張るといいよ!」
もう一度はぐれ死獣を見つけて、接近する。先の戦闘で分かったが、犬型死獣の攻撃方法は、体当たり、噛みつき、引っ掻きの三つ。その中でも、一番厄介なのが噛みつきだ。左手を捉えられてしまったら、防御ができなくなってしまう。それだけは避けなければいけない。
「ヴヴゥ」
ゆっくりと距離を詰めてくる死獣に対し、常に左手を前に出して構える。死獣は身をかがめ、次の瞬間疾走。さっきまで、少しづつ距離を詰めていた意味を問いたくなるようなスピードで、ライに襲い掛かる。額をこちらに向けて突進してきて、体当たり。左手で受けると、次は爪での攻撃。しかし、これも左籠手を使って、難なく受け止める。すぐに距離を取られたので、反撃するには至らない。死獣はまたすぐに、突撃の態勢に入る。次は口を開いて襲いかかってくる。噛みつきだ。
「来たっ!」
ライは左手を前に出して、攻撃態勢に入る。先ほどは防御してから攻撃に転じていたので、遅れてしまったが、防御と同時に攻撃を行えば。噛みつきの後の追撃も喰らわなくて済む。
ガギンッ!!
ズドンッ!
死獣の噛みつきとライの拳はほぼ同時に繰り出された。しかし、相手に与えたダメージは大きく異なる。死獣の噛みつきは籠手により無効化され、倍率十倍の右拳はシーラのライダーキック並みの威力を秘めていた。遠くまで吹き飛んだ死獣はもう起き上がることはないようだ。
「やったね! ライ!」
「うん! 初勝利だぁー!」