無能の冒険者
「今日はどの依頼がいいかな……」
冒険者ギルド、依頼掲示板の右端で、依頼を物色する僕ことライ。冒険者たるもの、依頼を受けるときから戦いは始まっている。いかに、効率よくお金を稼ぐかを考えながら、自分がクリアできるレベルの依頼を受けなければいけない。
「……といっても、僕が受けられる依頼なんてほとんどないんだけどね」
この依頼掲示板は、難易度順に依頼が並んでいて、左に行くほど難易度が上がり、逆に右に行くほど難易度は下がる。その右端で、依頼を選んでいる僕にとっては、掲示板に貼ってある依頼の大半が完遂不能なのだ。
「今日は……、これとこれかな」
貼ってある依頼にうち、二つを剥がして受付の列に並ぶ。片方は薬草の採取の依頼、もう片方は魔力草の採取だ。この依頼たちは、自分以外に受けている人がいるのだろうかと疑うほどに不人気だ。それも、あまりにも報酬が少ないためだろう。その報酬の少なさたるや、半ばボランティアなのではと疑うほどだ。そんなことを考えているうちに自分の番が回ってくる。
「この二つ、お願いします」
「わかりました、それでは行ってらっしゃいませ」
「あいつ、またあんな依頼受けてるぜ」
「冒険者絶対向いてないのに、なんでやってんだろな」
受付嬢の業務的な笑顔に背を向け、出口に向かう。後ろから聞こえるのは、今となってはもう聞きなれた言葉。そこに含まれるのは、心配などではなく嘲笑の類、それと同時に向けられる侮蔑するような冷ややかな眼差し、それらを全て無視して、ギルドの外に出て草原へ向かう。
草原に向かう間に少し身の上話をしよう。僕はまだ幼い頃に、親に捨てられていたところ拾われ、孤児院に入れられたらしい。その頃の記憶は全く残っておらず、孤児院の職員に聞いてみたところ、親に捨てられたとは思えないほど状態が良かったらしい。
孤児院ですくすくと育っていった僕は、成長していく中で大きな問題にぶつかることになる。それが、『無能力』。本来なら、誰でもある程度大きくなるまでに、何か一つ能力が発現するのだ。例えば、剣術がとてつもなく上手かったり、魔法が使えたり、多種多様な能力があるが、誰であろうと一つ能力が発現する……はずなのだ。最初は、もうちょっとしたら発現するからねー、で済ませていたが、成長するにつれ軽い問題ではなくなってくる。結局、能力が発現することなく、成人である15歳を迎えてしまった。
ほとんどの人が能力で仕事を決めるこの世界で、無能力は死活問題だ。ほとんどの職場では、よほどのことがない限り、適性のある能力を持たない人を雇うことはない。つまり、ライはどの職場にも入れないのだ。そして仕方なく、能力による制限のない冒険者になり、自分がこなせる最低級の依頼を受けているのだ。
さて、草原に着いたわけだが、ちらほらと犬の形をした獣が見える。あれは『死獣』だろう。普通の獣とは違い、凶暴で、力が強く、生殖能力がないのが特徴だ。死神と呼ばれる人が死獣を生み出しているらしく、死獣という名前も、死神由来のものだろう。
「まぁ、戦うわけじゃないし、関係ないけどね〜」
死獣の力はあまりに強く、太刀打ちできるものではない。能力が唯一対抗できる手なのだが、それを持たないライはこの先の人生で戦うことはないだろう。仮に戦ったとして、その日が人生最後の日になるだけだ。
死獣のいる方を避けて薬草と魔力草を探す。
薬草は深い緑色の葉で、淡い黄緑色の独特な模様が特徴的だ。薬学はよくわからないけど、すり潰したり、煮込んだりしたらポーションになるらしい。
魔力草は毒々しい紫色の葉を持っているので、見つけやすいのだが、薬草に比べると希少で、広範囲を探さなければいけない。
「今日は薬草がよく見つかるな」
持ってきた袋の中を覗くと、緑色で満たされている。薬草はもう十分だろう、しかし、魔力草が全く見つからない。
「ないかなぁ」
少し立ち上がって、周りを確認する。毒々しい紫色はとても目立つので、ある程度遠くからでも見つけることはできる。
「あった! って、死獣の近くか……」
魔力草を見つけたものの、その近くには死獣の姿。この前、採取に夢中になっていたら、死獣が近くにいて死にかけたことがあったのだ。なんとか気づかれずやり過ごせたけれど、見つかっていたらライはこの場にいないだろう。
「ん? あれは?」
遠くに見えるのは、特徴的な紫色、しかもかなり大きな固まり、群生地だろうか。もしそうなら、依頼の分はすぐに採取することができるだろう。
「群生地見つけられたし、今日は運がいいな」
採取袋の中には、魔力草も十分に入っている。かなり大きな群生地だったので、必要な分取り終わっても、まだ全然余っている。余分に取りすぎても、あまり意味がないので、必要な分よりほんの少し多めにしか取らない。
「ついつい、夢中になってた、でもあんまり時間掛からなかったし、前みたいに死獣が近くに来てるなんてこともないでしょ」
気が緩んでるから、気をつけないとなー、と呟きながら背後を確認する。そこには、黒い毛皮をした犬のような獣。そういえば、死獣の特徴を追加でもう一つ、黒いいことだ、ちょうど目の前の獣のように……
「おすわりっっ!!」
思いつきで叫んでみたのだが、もちろんなんの効果もない。なんなら、いきなり大きな声を出されて、不快そうですらある。
死獣は静かに、ゆっくりと距離を詰めてくる。仮にここでライが逃げ出しても、すぐ追い付かれるだろう。それ以前にライは足がすくんでいて、歩くことすらままならないのだが。
いつのまにか、死獣は手を伸ばせば触れられるほど近くに来ていた。僕があまりにも何もしないから、逆に警戒しているのかもしれない。
長い膠着に痺れを切らした死獣が、脚に溜めを作り一気に飛びかかる。視界いっぱいに黒色が広がっていく中、ふと呟きが漏れる。
「これは……、死んだな……」