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1-1

【リッガルト】


「ご乗船のお客様にお知らせいたします。


当船はまもなくフォート・マリオッシュに到着いたします。入港予定時刻は13時30分です。繰り返しお知らせいたします。・・・・・・」


 2段ベッドの下の段に寝そべって、雑誌をめくっていたテュテュリンがとび起きる気配がした。ゴツというにぶい音と「ぎゃっ!」という悲鳴。


見なくてもわかる。上のベッドの底に頭をぶつけたんだ。


「兄さん、マリオッシュ見たい!」


頭に手を当て、涙目になっていてもテュテュリンの顔はうれしそうだ。


 逆さ吊り状態の俺は上半身の上げ下ろしをやめることなく繰り返す。2段ベッドのはしごに足を引っかけて腹筋運動の最中だ。


狭い客室の中に俺の呼吸音が規則正しくひびいている。リズムを乱さないように荒い呼吸の合間に言葉を吐き出す。


「少し」 「待ってろ」


「あと何回?」


「31回」


「そんなに待てないよ」


「だったら」 「先に行ってろ」


つい言ってしまってから後悔こうかいする。ワケあってテュテュリンはひとりでは行動できない。


「兄さんなんかキライ!」


 一声叫んでベッドに身体を投げ出した妹は、後頭部を押さえてうずくまった。勢い余ってベッドのわくに頭をぶつけたんだ。


「大丈夫か?」


「兄さんなんか大キライ!!」


心配してやったのにもっと嫌われた。なんでだよ!?



 正直に言うと、俺もうずうずしていた。はやくマリオッシュを見てみたい。ソアレス9を出て2週間。長旅に飽きあきしていた。


だが、毎日100回と決めている腹筋運動を途中でやめるワケにはいかない。中途半端は嫌いだし、気持ち悪い。


 テュテュリンのパールグレイの瞳ににらまれながら腹筋を続ける。はやる気持ちをさとられないようにゆっくりと。


「よし、100回だ」


しぶしぶをよそおってはしごから降り、のんびりを装って汗を拭きシャツを着る。俺はいつでも余裕があって頼りがいのある兄貴なんだ。


おっと、バックパックを忘れるな。



「はやく、はやく!」


 はしゃぐテュテュリンに背中を押されてデッキに出ると、まぶしい陽光が降り注ぎ心地いい潮風が吹いていた。


そして、船首側のフェンス前には人垣ができていた。


そりゃそうか。長旅に飽きていたのは俺たちだけじゃない。


「だからはやくって言ったのに」


テュテュリンのうらめしそうな目ににらまれながら周囲を見まわす。どこかにこれから行く島をながめられる場所はないか。


「こっちに来なよ」


 後から声がした。デッキにあるカフェの方から。


「ここだよ、ここ。特等席だぜ」


声は上から降って来た。カフェの上から俺たちを見下ろす見知らぬ男は、友人を見かけとでもいうように手を振っている。



「アビュースタ軍の要塞島ようさいとう、フォート・マリオッシュ。


面積583000パーセル。総人口228374人。海の墓場サルガッソの切れ間にあって重要な戦略的拠点きょてんになっている。自給自足が可能な難攻不落なんこうふらくの要塞・・・・・・」


 俺たち兄妹と男は手すりにもたれかかって彼方かなたに浮かぶ島をながめていた。カフェの上はちょっとした展望台のようになっている。とはいっても人がやっと交差できるぐらいの幅しかないんだが。


「ずいぶんとくわしいんだな」


「そうだろ、そうだろ、オレは物知りなんだ。なんてな! 本当は全部こいつに書いてあるのよ」


男がたたいたポケットからはガイドブックがはみ出している。年は俺とそう変わらなそうだ。目尻めじりの下がった細い目は笑っているように見える。



「あれ、なんだか気持ち悪い」


 俺と男はテュテュリンが指差す方角に目をやる。海の底から生えてきたような大岩がふたつ。異様に黒くて不気味な形をしている。


「レディース&ジェントルマン、あの大岩をご覧ください」


男は気取った仕草で大岩を指し示した。だからもう見てるって。


「なんと“祈りの乙女”と呼ばれています」


テュテュリンは男の解説に首をかしげた。


「あれのどこが乙女なの?」


俺も同じ意見だ。


「“決闘の悪魔”の間違いじゃないのか」


 すると男は、ガイドブックを引っ張り出してパラパラとめくり始める。


「そう思うよな! 当然だ。でも、こいつを見れば納得するぜ。ほら、これが元の姿。なんと“乙女”じゃないか!」


見せられたのは太陽の光にきらめいている白い岩の写真だ。ひとつは天をあおいで、もうひとつはうつむいて祈っているように見える。すっとそそり立つ姿はりんとしてきれいだ。



 俺はふたつを見比べた。海の“決闘の悪魔”とガイドブックの“祈りの乙女”と。


まったくの別物に見えるが、マリオッシュの距離と方角からして同じ物と考えるしかない。他に見間違えそうな物もない。だとしたら


「どうしてああなったんだ?」


「気になるよな! 気にならなきゃウソだ。ああ!! うるわしき乙女に一体何があったのか!」


「もったい付けるなよ」


「教えて欲しいかい? 教えて欲しいよな?」


 俺は返事をしなかった。いちいち大げさなヤツ。


「ほしい!!」


テュテュリンが大きな声を出したのには驚いた。船室からここに来るまでの間に、階段を踏み外し、ペンキを服に付けてテンションはがた落ちだったはずだ。



 男はすっかり得意になって鼻の穴をふくらませている。


「乙女は“フォート・マリオッシュの奇跡きせき”の証人なのさ」


それから男は奇跡について語り始めた。


マリオッシュをおそった12せきの巨大戦艦。消えた絶対障壁ヘザーウォール。迫りくるエネルギーの暴走・・・・・・ その時、マリオッシュを守ったヘザーウォールを超えるヘザーウォール。


 男は俺たち兄妹が調べ上げた情報と同じことを、ありがたいことにいちから全部話して聞かせてくれた。


“祈りの乙女”はその時のエネルギーの暴走に飲み込まれて、悪魔の姿に変わったらしい。


「マリオッシュを救った特殊能力者ヴァイオーサーが誰なのか、わからないままなんだってさ」


そう話をしめくくった男は俺の顔を見る。


「どう思うよ?」


俺は視線を感じながらも“祈りの乙女”を見ていた。


「何が?」


「英雄の正体さ」


やっぱりそうきたか。



 俺の脳裏にはひとりの男の姿が浮かんでいた。きっと、あいつの仕業しわざだ。そう思ったからこそ、俺たちは今ここにいる。だが、このことは誰にも話せない。


「知るワケないだろ」


わざと興味なさそうに答えると、男は声を低めてゆっくりと口を開く。


「クリュフォウ・ギガロック」


    ! 


こいつ! 目尻の下がった細い目が不安をかきたてる。冗談なのか本気なのかわからない。


「セイラガムと呼ばれるギガロックならそんなことも朝飯前なんじゃねえの?」


 なんだ、ただの思いつきか。心を読まれたのかと思ってあせった。そんなはずないか。


一般人として生きるヴァイオーサーは、むやみに特殊能力ヴァイオスを使うことはできない。そもそも読心リーディングを持つヤツは滅多めったにいない。



 俺はいかにもばかばかしいという顔を作る。


「よく考えてみろよ。なんだってセイラガムがアビュースタの要塞を守るんだよ。あり得ないだろ?」


 我がアビュースタと宿敵リトギルカは500年もの間戦争を続けている。


この世でただひとり、セイラガムの称号を持つクリュフォウ・ギガロックはザックウィック。リトギルカ軍の特殊能力者だ。つまり、敵なんだ。


「それもそうか」


男はおかしそうに笑った。俺も適当に笑っておいた。


 その後、どうってことのない世間話をして、お互いの名前も知らないまま別れた。



「おもしろいひとだったね。また会えるかな」


 テュテュリンが別れをむようなことを言うから驚いた。ひどい人見知りのくせに。


そういえば会ったばかりの男に緊張きんちょうしているようには見えなかったな。あの馴れなれしさのせいか?


 俺たちは客室に戻って荷物をまとめている最中だ。さっき汗を拭いたタオルの臭いをかいで顔をしかめ、きっちりたたんでビニール袋に入れる。


そのままスーツケースに入れたら臭いがうつるからな。時間があれば今すぐにでも洗いたいところなんだが。


「俺はもう会いたくないね」


「どうして?」


「めんどくさい」


「そんなんだから兄さんには友だちができないんだよ」


大きなお世話だ。


「友だちなんか必要ない。おまえはこんなところまでやって来た目的を忘れちゃいないだろうな」


友だちなんぞと言っている場合じゃないんだ。



 テュテュリンは自分のスーツケースに目を落としたまま動かない。


しまった!! 地雷を踏んだ! 


テュテュリンの中で怒りがふつふつとわき上がって来る音が俺には聞こえる。こうなったら一切の口応えはNGだ。怒りの嵐が過ぎ去るのをじっと待つのみ。 


「そんなわけないよ! 忘れたくてもいっつも頭から離れないのに。兄さんなんか、兄さんなんか、大、大、大キライ!!」


 乱暴にスーツケースを閉じたティティリンが悲鳴をあげた。指をはさんだのだ。


「何やってるんだよ!」


バックパックから救急セットを出して手当てをしてやる。いつものことだから慣れたもんだ。



 俺の妹、テュテュリン・ディックルはよく災難にあう。


大ケガをしたり、命に関わるようなことはないが、どういうわけかテュテュリンだけ・・が災難にあう。


 ソアレス9にいる時はだいぶ少なくなっていたんだ。それがまた増えて来ている。どうしてこんな波があるんだろう?


運が悪いとか、ついていないという言葉じゃ片付けられないことだけは確かだ。


呪われているというヤツもいるがそんな非科学的なことを俺は信じない。そもそも俺のかわいい妹が呪われるいわれなんかないんだ。


 とにかく、災難続きの妹をひとりにはできない。兄貴の俺がいつもそばにいて助けてやるんだ。いつの日か、守ってくれるヤツが現れるまで。



 俺たちを乗せた客船はフォート・マリオッシュの港に入った。


桟橋さんばしに降り立った客は、まず審査を受ける。これにパスしないと上陸できない。


どこの島でもやっていることだが、要塞島であるマリオッシュの審査は取り分けきびしい。スパイの容疑をかけられれば即逮捕たいほだ。


ご機嫌ななめのテュテュリンは、むっつりした顔で俺の後ろに並んでいる。審査を待つ列の最後尾になる。あっちの長い列は一般人用で、こっちの短い列はヴァイオーサー用だ。


 マリオッシュは障壁ウォールと呼ばれる壁ですっぽりおおわれている。ウォールはふつうの人間にはなんの意味もない。そもそも見ることもできないんだ。


だが、ヴァイオーサーにだけは文字通りの障壁となる。


ウォールを通り抜けることはできない。ザックウィックを中に入れないためのもので、アビュースタ人のヴァイオーサーも平等にしめ出される。


だから、ヴァイオーサーが出入りするときには、人ひとりがぎりぎり通れるくらいの小さな穴を空けて通すのだ。


つまり、この時間この場所でしかヴァイオスを持つ者はマリオッシュに入れない。



 俺の番がきてふたり分の書類を渡すと審査官の男はまゆをつり上げた。


「審査はひとりずつだ」


だろうな。そう来るよな。俺は落ち着いて予定通りの言葉を告げる。


「書類を読んでくれ。妹は病気なんだ」


ウソだ。審査官は書類に視線を落とした。しばらくして顔を上げたときには、たましいが抜けたようになっていた。


「失礼しました」


 機械的な声だった。


審査官は俺たちをウォールの中に入れると、持っていた俺たちの書類をちぎって口の中に入れ始めた。全部飲みこんだのを見届けてからテュテュリンが声をかける。


「ありがとう」


正気に戻った審査官がき込む音を聞きながら急いでその場を離れた。



 はじめて目にしたマリオッシュはイメージしていたのとは全然違っていた。要塞島と聞いていたから、飾り気のないどちらかと言うと暗い街並みを想像していたんだ。


「わお!」


テュテュリンも驚いているから、俺と同じようなことを考えていたのだろう。


とにかく緑が多い。“ユートピアで暮らそう”をコンセプトに造られたソアレス9より多いくらいだ。


 街並みは整然としていて、港からまっすぐ伸びる道路は広い。等間隔で並んだ街路樹は夏が待ちきれないように枝葉を茂らせて、人々が行き交う歩道に影を投げかけている。


車道を行くのは一般車より軍用車の方が多く、活気にあふれている。“9”とは違う、荒々しいが秩序のある活気だ。


「とうとう来ちゃったんだね」


 テュテュリンがつぶやいた。


「シャルロットも一緒ならよかったのに」


 その名を聞いた途端、世界が色あせた。その名は鋭い刃となって俺の胸を突き刺す。この先どんなに時が過ぎても、心の中に巣くってしまった喪失感そうしつかんが消えることはないだろう。



 シャルロットとは護衛(監視)される者と護衛(監視)する者の関係だった。


俺たち兄妹は はじめは乗り気じゃなかった。ふたりで生きていくために仕方なく引き受けた仕事だった。


だが、シャルロットは俺たちが護衛(監視)のためにそばにいると知りながら、家族のように接してくれた。


一生自由にはなれないとわかっていながら、いつも太陽のように明るかった。


 シャルロットは運命を呪ってばかりいる俺とは違った。運命を受け入れ、それでも前を向いていられる強さを持っていた。


俺は・・・・・・はじめて人を好きになった。


必ず守るとちかったのに! そのためなら命を捨てたって構わなかったのに!!


    守れなかった―――――


後悔こうかいは、毎夜悪夢となって俺を責め続ける。

俺たち兄妹は、悪い夢を終わらせるためにここに来た。

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