お髭審判の評価
まだ二十四歳という若さでありながら、栄光ある一等管理官を務めているジェラートは、スプーンフィード伯爵家の次男で、キャロリーヌとは婚約関係にある。
今は食堂の席に着いており、「料理はまだか、もうすぐか。今か、まだか」と痺れを切らす「腹ペコ貴族」に過ぎない。じっと座ってはいるものの、彼の鼻だけは期待のために、膨らんだり凹んだりと、とても忙しくしている。
そんな男ではあるけれど、たった一人いた男子、トースターを失ったメルフィル家では、このジェラートを婿養子に迎え入れ、公爵家を継いで貰うことに決まっている。
ここにキャロリーヌが、熱々のお鍋を台車に載せて運んできた。
固唾を飲む空腹貴族の目の前で、温かいお料理が深皿によそわれる。
想像以上によい香りが漂ってくるため、ジェラートは危うく卒倒しそうになるくらいだった。
「さあ、お召し上がりになって」
「うん。ありがとう」
このジェラートは、皇帝陛下の食事を含め健康管理全般を任されていて、お城では、「グレート‐ローラシア大陸内で人類一の最上級な鼻と舌とを持っている男」とまで称賛されるほど偉大な美食家でもあるのだ。
つまりキャロリーヌにとっては、単に恋仲の男というだけでなく、お料理の審判役でもあるということ。
そんな「お髭審判」は、フォークで突き刺し、深皿から鼻先まで運んできた肉片を、まずはヒクヒクと嗅ぎ、そうしてようやく口に入れ、静かに咀嚼を始める。
正面に座っている「調理官候補生」のキャロリーヌは、固い表情をしたまま動かず、呼吸すら停止させているような状態。
ややあってジェラートの持つフォークが、音もなくナプキンの上に置かれる。彼はずっと目を閉じている。
今しばらく続くように思われる沈黙に、とうとうキャロリーヌは耐え切れなくなってしまう。
「あのジェラートさま、どうかしら?」
「ううーん。なんともいやあ、これは」
「え?」
「いやあこれは、この料理は、どう言葉に表わせばよいものか」
グレート‐ローラシア大陸一の鼻と舌は、相手が誰であろうと、お料理の味に関しては一切の虚飾を挟まない誠実さを保つことで、皇国貴族たちの間で広く認められている。
それほどの男が今どうして、なにを躊躇う必要があるというのだろうか。
「な、なんですの? キッパリとおっしゃって下さいな」
「いやあ、煮込み具合は絶妙だし、実に不思議な味わいだ。うん、あれほど苦痛だった先ほどまでの空腹など、今でこそ、ありがたいものにさえ思えるな。つまりだなあ、それくらいに素晴らしく美味しい。それで僕は、言語感覚まで麻痺してしまっていたのだよ。あっははは」
「あらまあ、そういう意味の沈黙だったのね。たくさん焦らして、あんまりですわよ、ジェラートさま」
「焦らすつもりなどなかったよ」
「そう。喜んで貰えてよかったわ。これで先ほどまでの不安も、おそれもすっかり溶けてしまったのだもの。あたくし、ジェラートさまのお口には、不十分かと懸念しておりましたから」
今回は東国で作られた合成調味料を使っての初料理であった。
渾身の一品だと胸を張りはしたものの、やはり相手はグレート‐ローラシア大陸一の美食家である。彼を唸らせられるか、確たる自信を持てなかったキャロリーヌである。
「慎ましいのだな、キャロルは」
「あらそう?」
「そうだとも。僕の知っている、どんな娘さんより二倍もね」
「また二倍とおっしゃるのね。ふふ」
キャロリーヌは、さも満足そうに微笑むのだった。