ジェラートさま
長身の男が冷気を身に纏い、メルフィル公爵の邸宅に入ってきた。
ここへほとんど同時に、キャロリーヌも現れる。
「いらっしゃいまし、ジェラートさま。寒かったわね?」
「うん。今日はとても冷えたよ」
ローラシア皇国の「一等管理官」という等級を示す肩章が、少し白くなっている。最上級である証として並ぶ五つの金星が、妙に眩しい。
「なんだか知らないが、とてもよい匂いがするなあ」
頭一つ分ほど背の高いジェラートがキャロリーヌを見下ろし、鼻を少し上品にククンと鳴らす。
丁度、彼の肩に載っていた粉雪が、煌めきを残して消え去った。
五日ぶりとなる恋人の甘いお声。ジェラートからの温かい眼差し。この二つのせいで、キャロリーヌの心もまた、粉雪の如く溶けそうになっている。
口元が緩んでしまう。でも、すぐには言葉を返してあげない。
キャロリーヌは、濃緑の瞳を一度完全に閉じ、それからわざとゆっくり見開き、しっとりした口調で話す。
「あらぁ、よい匂いって、あたくしのこと?」
「いや違うな、これは紛れもなく料理の匂いだよ」
ジェラートの口髭が八文字を形作った。
冗長な会話を許さない意志表示のつもりなのか、鰓骨が引き締められている。
それでもキャロリーヌは引かない。乙女の意地といったところ。
「少しくらいは、あたくしの戯れに、乗って下さらなくって?」
「おお、それもそうだな。悪かった。けれども今、この僕、ジェラート‐スプーンフィードという男ほど、ひもじい貴族は、この皇国のどこをどう探してもいやしない。とてつもない空腹に苛まれているのだ。城から二つ刻、休まずファルキリーを走らせ続け、おまけに雪に見舞われ、この身は冷えに冷え、いつもの二倍は疲れているのだから、そこをよろしく汲み取ってくれまいか、僕のキャロル。そうでなければ、この僕は魂まですっかり凍ってしまうさ」
恋人にそっけない態度を見せたことに対する反省のためか、あえてジェラートは、普段の彼なら好まないような冗長な言い訳を、やや早口になって捲し立てるのだった。
《あたくしより長い時間、あのお馬さんと一緒だなんて》
八朔という酸っぱい果実がある。キャロリーヌは、八朔の薄皮を剥いだ実を口に含んだ瞬間のように、頬を凹ませ、明白に口唇を尖らせている。
これは無理もないこと。ジェラートが一番に愛するお馬、どうしてもキャロリーヌには懐こうとしない、あの白い牝馬の名が挙がったのだもの。