プロローグ
スタジアムの熱気は最高潮なのに、俺の心はどこか冷静になっていた。
緑色に輝く芝の上で、22人の選手たちが闘っていた。一方は、赤いユニフォームを着て。もう一方は、青色のユニフォームを着ていた。
一つのボールを追いかけ、奪い合い、ひたすら走って、ゴールを目指す。サッカーというのはたったそれだけのスポーツだけれど、観るものに熱い魂のようなものを植え付けてくれる。特に今日みたいなリーグ戦の最終戦は、蹴るものと観るもののどちらにも魂がこもっていて、試合は意地のぶつかり合いでどちらのチームもゴールを許さずに試合終了間際を迎えた。
後半アディショナルタイム。サッカーの試合は90分だけれど、試合中に時間が止まった分の追加タイムが今日は5分ある。
その追加タイムが4分に差し掛かった時、青いチームが赤いチームの選手を倒した。反則だ。ペナルティキック(PK)が赤いチームに与えられて、スタジアムの歓声のボルテージが一際上がった気がした。。
青い選手たちが審判を囲んで猛抗議をしている中、ボールを所定に運んでいくのは、赤いチームのエースだった。スタジアム中から大歓声がこだまして、彼を包む。
俺は、両手を胸の前で組んで、目を閉じる。入れ、というよりかは、頼んだぞ、という思いだった。エースは今シーズン、リーグ戦で25得点を取っている。このPKが決まれば、26点目。得点王が決まる。そして、何よりもチームの勝利が決まる。
期待でソワソワとする観客席の中で、もちろんその期待はあれども、正直安心はできなかった。このチームは、あとちょっとというところで何度も辛酸を舐めてきた。エースはエースだ。信じている。そして、今日勝てば、歓喜が待っていることもわかっている。でも。神様お願いします。
必死に祈る俺の肩を叩いたのは、隣に立っている女子だった。目を開けてそっちを見ると、芝の上でプレーをしている選手たちと同じ色のユニフォームを着ている彼女は、言葉にはしなくとも『大丈夫』という眼差しで俺を見ている。俺がとても不安に見えたのかもしれない。何より、彼女の口癖である『選手を信じろ』と言われているようだった。
うん、と頷いて笑って、俺はまたゴールの方向に向きなおった。不安よりも期待を持とう。これから訪れる歓喜が無事に選手たちに訪れますように。そして、それを心から俺たちが祝福できますように。
スタジアムに訪れる静寂。
審判の笛が鳴った。
チームメイトはシュートのこぼれ球を狙っている。ゴールキーパーは俺たちと同じように手を組んで祈っている。
エースは、ゴールに向かって、ボールを蹴り込んだ。