美味しいラーメンの食べ方
「……あったけぇ。ちょっとあちぃ」
「ぷはぁ、やっぱ味噌だね」
「同感。餃子残り二つか。一つ食う?」
「勿論だし。なんならおかわりする勢いだし」
「チャーハン食い切ってからな」
皿に六つ乗っていた餃子は、ラーメンが出てくるまでに半チャーハン共々半分以上なくなっていた。
ラーメンと半チャーハンはそれぞれ一つずつ。餃子は一皿を共有。
「お前よく食うよな。小さいくせに」
「小さくない! 女子の平均! お前がでかいんだ! なんだ178って!」
俺たちは、駅前の中華料理屋でラーメンを食べていた。
一緒に食べているのは、幼馴染みの沢木。親同士が友人で、同時期に子供を授かったからと、よくよく一緒に遊んでいた。
ただ、同年生まれだけれど俺は五月、沢木は三月なので、学年は一つ、沢木が上だ。
「ここの中華料理屋、ずっと前からあるけど、潰れないのすごい有り難いよね」
「そうな。横にあった丼物屋、定食屋に変わったと思ったら今ATMだもんな」
「時代が流れてるよ」
「その間が三年だから、たまたま変化が激しかっただけだと思うが」
駅前の一等地っぽいのに、何故かすぐ潰れる地帯が三箇所くらいあった。
丼物屋、結構好きだったんだけどなぁ……
まぁ、そんなことはどうでも良くて。
「んで? 今日なんか大事な話があるって? 話がある時にラーメン屋選ぶか?」
「いや、だって来慣れてるし……美味しいじゃん」
「そうだけど、すぐ出るしすぐ食うから、話す間がなぁ……カウンターしかないし」
「それはそれ」
「一番大事なポイントじゃね?」
昼時だけど、そもそも飯屋に入る必要があったのか。それこそどっかのベンチか……家は、往きづらいよな。
「そ、相談があるんだよね……こ、心して答えてくれないかい、弟よ」
「血を分けた憶えはない」
「弟子みたいな」
「教わったこともない」
なんなら教えた憶えはある。
「教えたし! 漫画の伏せ字に入る文字とか!」
「あれ間違ってたじゃねぇか!」
少年漫画にたまに入る「○○○」的な伏せ字、小学生の頃にお姉さんぶって沢木が教えてくれたんだが、まぁ……恥ずかしいやら、笑えるやら。
「こほん……いや、待つんだ優三」
「おう、なんだ優五」
「しっくりこないなぁ……藤で良い?」
「いいぞ、沢」
ちなみに、俺の苗字は藤井。
「そ、その、ビール頼んで良い?」
「いいわけねぇな」
「なんで!?」
「逆になんでいけると思った?」
「だってたまに飲んでるじゃん!」
「親が頼んだの貰うのはギリセーフだとして、俺らが頼んだらアウトだろ。さすがに止めるわ」
「この! 良い子が!」
「ありがとう」
もしかして、罵倒のつもりだったのだろうか。
「うう……」
悔しげにメンマを囓る。
「餃子おかわり」
そして追加オーダー。
「んで? んで? 食い終わったら喫茶店往くか?」
「いや、いい。うん、じゃあちょっと、相談乗ってくれる?」
「ああ」
答えてから、俺はスープを飲んだ。
……食い物的にも途中で話しづらい。
「あのさ、藤。私さ、元彼とよりを戻したいんだよね」
「へぇ」
俺は相槌を打ってから、その言葉を反芻して、麺を啜って、天井を見上げた。
「なぁ、沢。訊いても良い?」
「うん」
「今まで付き合った人数って何人?」
「一人」
「へぇ」
餃子がことりと置かれた。
「一応もう一個訊いても良い?」
「うん」
「俺さ、えっと、ちょっと前に、お前と付き合ってたじゃん? そんで振られたじゃん?」
「うん」
「それって付き合った人数にカウントされてる?」
「うん」
「へぇ」
なるほど……なるほど。
……俺か?
「それでさ、元彼となんだけど」
「うっそ、そのまま続けるの!? マジで!?」
「ちょ、照れるから落ち着いて」
「落ち着けるわけなくね!?」
すると照れ隠しなのか、沢木は餃子を頬張った。熱かったのか、しばらくはふはふしていた。できたてだしな。
「ぶっちゃけ確認するけどそれ俺とよりを戻したいって話で良いの?」
「そ、そうだし……その、どうやったら良いかなって、訊こうかと」
「お前直球で……むしろ変化球できたな」
大事な話って云われて、てっきり他に好きな奴が、とか、恋人が出来たとか、そういう話されるのかと思ってた。
……正直そっちなら全然聞きたくなかった。報告されたら疎遠になろうと覚悟固めてここに来てた。
「ど、どういう変化だよ。振ったの沢だよな?」
「そ、そうなん、だけどさ……やっぱ、藤が……好きで……」
消え入りそうな声だった。厨房の調理音に大分かき消されている。
「……やっぱり、付き合いたいっていうか、付き合っていたいっていうか……一緒に居たい、っていうか」
「……へぇ」
俺は顔を覆った。
耳が、耳が熱い。頬が引き攣る。
「……全然良いけど」
「え、藤、マジで!? 良いの!?」
「うわびっくりした!」
消え入りそうなボリュームが突然花火のように弾けた。
「い、いい、けど!?」
「よ、良かったぁ! ありがとう、餃子あとあげる!」
「お、おう、満腹になっただけか?」
「そんなことないし! なんならまだラーメンいけるし!」
「そうか、じゃあ半分こしようぜ、俺が苦しくなる」
「あ、じゃあもらう」
一つの皿から、餃子を分ける。
それだけのことなのに、なんか今、ちょっと嬉しい。
ラーメンを食べ終えて、俺たちは帰路につく。喫茶店でも寄るかと訊ねたら、家で良いと云うことになった。
また家に往ったり呼んだり出来る関係に戻れたのは、良かった。
「まぁ、振られた理由は憶えてるけどさ……その、今更訊くのもヘタレなんだけどさ。アレって結局、本当に振られてたん、だよな?」
「……実は、なかったことにできないかなって、ずっと思ってたんだけど、怖くて聞けなかった」
「それは……まぁ、俺も同じだったわけで」
今、だいぶホッとしてる。
「その理由については、解決する方法がないんだけど……どうしよう」
「そうな、どうしような……」
俺の名前は、藤井優、彼女の名前は、沢木優。
友人同士だった親たちが、仲良く揃って子供に同じ名前を付けやがったので、俺たちは仮に結婚をして相手の姓になった場合、同姓同名になってしまう。
そうなると、今後大変なんじゃないかと悩んだ彼女は、その考え過ぎが原因で、俺を振った。
確かに、と思う話でもあるが、なにぶん突然そんなことを云われたので唖然としてしまい、「あぁ、そう」くらいしか返答できなかった。と思う。
あれから、半月経ったのが、今になる。あれ以来、特別その話題にはどっちも触れていなかった。
……正直なところ、付き合っているのか別れているのか、その辺すら曖昧だった。ただ、しっかりと確認を、したくはなかった。
「婚姻届とか、なんかもう間違って名前書いちゃったの?感が強いし、正直、結婚後の事を考えると」
「やめろ考えるな、また振られる」
「振らないし!」
「わかんねぇだろ。実績あるんだから」
「うぐ」
思ったことを即行動に移すのは、沢木の長所であり短所でもある。
「というか、そこまで考えるくらいなら、俺も混ぜろよ」
「いやぁ、だって、これ勝手に考えてるだけだし」
「その勝手な考えで振られたら堪らないだろうが」
「……許して下さい」
「おう、ラーメン奢ってくれたから許す」
「ありがてぇ……」
沢は大げさにこっちを拝んできた。つい、頬が緩む。
「ねぇ、優」
「なんだよ、優」
振られた原因だし、確かに面倒臭いけど、沢と一緒の名前というのも、それはそれで気に入っていたりする。
「ラーメン、美味しいね」
「美味しいな」
正直さっきまで、味わえてなかったけど。
同姓同名問題の解決策はまだ浮かばないけど、それは沢と一緒に考えていけたらいいなって、思う。