ふつうじゃない日常
12月25日クリスマス当日、津元京は集中していた。アパートの台所で息をすることも忘れるほど熱中していた。デコレーションケーキを前にして。
彼の趣味のひとつはお菓子づくりだった。大学入学とともに上京し、独り暮らしを初めてからどんどんその趣味は加速していった。最初はクッキーを作る程度だったものが、今や目の前には飴細工の大きな蝶とチョコレートでできたバラが乗った売り物と遜色ないと言えるほどの素晴らしいデコレーションケーキがある。
「よし。」
完成したデコレーションケーキをいろんな角度から見て何度も頷いく。
「写真撮ってSNSにあげなきゃ。これはかなり良い数のいいねがもらえるな。」
写真を撮るためにスマホに右手を伸ばす。
左手がケーキに伸びる。
「なかなか良い味じゃねえか。前よりうめぇよ。」
素手でケーキを口まで運び、ぶっきらぼうにケーキの感想を述べる彼の声がする。
「ありえないだろ!今から写真とろうってときに!」
スマホを持って怒りを露にする。
「こんなうまそうなモン前にして我慢するほうが馬鹿らしいだろ。このケーキもオレに早く食べてほしいって言ってたよ。」
ひょうひょうとした態度でまた素手でケーキをつまもうとする彼。
「これ以上、僕の作品を壊すんじゃない!」
スマホを手放した右手がケーキに伸びた手を抑える。右手と左手の攻防が始まる。
もしここにほかの誰かがいたならば異常な光景を目撃しただろう。自分の左手を強くつかみ、独り言を言い続ける成人男性はどう考えても不審者のたぐいである。
彼は不審者である前に多重人格というやつなのであった。