行商人
009
エクは若旦那から借りたロープで盗賊頭を縛りあげた。
縛り方が分からないが、ナイフを取り上げ腕と足を何重にも団子結びしたので一先ず安心だろう。
そして若夫婦の方へ向き、困り顔で問う。
「すみません、僕はマストという町に行きたいのですが、この盗賊お渡ししても大丈夫です?」
「マストですか!実は私たちもマストへ向かっているのです!良ければご一緒しませんか?」
「本当ですか!それは助かります、お邪魔じゃ無ければ是非」
「盗賊がもし暴れたら対処出来ないので居てくれると助かります...!」
「あ、あはは...ではお願いします」
エクと若夫婦はお互いに軽い会釈を交わし、マストまで共にする事になった。
二人の子供が嬉しそうに走ってくる。
エクの目の前で二人が照れつつも、先ほど怯えていた少女が自己紹介をする。
「わたしはエミ!この子はエキノ!」
「あっ、宜しくね、僕はエクリプサー」
「エクリプサーさん、この度は本当にありがとう御座いました、わたしはヨシキ・ケイプ、そしてこちらは妻のアキです、この二人は娘です」
「宜しくお願い致します」
「こちらこそ、お邪魔します」
五人は自己紹介を済ませ、馬も安心したのかヨシキへ顔を擦り付ける。
「さて、では向かいましょうか」
ヨシキは摺り寄せてくる馬の顔を優しく退けつつ手綱を握る。
皆んなもニコッと会釈し、荷台に乗り込む。
盗賊頭も荷台に乗せ、縛っているとはいえエク以外の四人は若干怯えている。
「大丈夫ですよ、しっかり見張っておきますので、ところで皆さんは行商か何かですか?」
「はい、アズベア王都の先にあるモロコロ港町へ仕入れに行った帰りでした」
アキが笑顔でエクに答える。
「へえ、港町もあるんですね」
「?、ええ、大陸南側の町ですが行った事がないのですか?」
「実は地理には疎くて、あはは...」
「はぁ...そうなのですね」
エクは誤魔化すように愛想笑いをする。
するとアキが荷台にある荷物をガサゴソと何かを探る。
「もし良ければこちらを差し上げます」
アキが手に出したのはこの世界の地図だった。
「え!良いんですか?」
「勿論です、命の恩人ですから」
またもやアキが笑顔で答える。
(これは正直かなり助かる...)
「すみません、お言葉に甘えて頂きます」
エクは嬉しそうに答え、アキに会釈をし、まるで卒業証書を受け取るように地図を受け取る。
それにはアキも我慢出来なかったのか声が出るほど笑ってしまう。
そしてアキから色々話を聞いた。
主に行商についてが多く、アキたち夫婦はアズベア大陸の北に位置するマスト町を拠点に店を構え、定期的に南に位置するモロコロ港町まで出向いているとの事だ。
普段はヨシキが一人で行き、アキが店番をしているのだとか。
「今回は王都でお祭りがあり、お店を閉めて皆んなで出掛けたのですが、そこを狙われたのだと思います」
「なるほど、指名手配されるだけあって計画的なんですね」
「はい...でもエクさんのお陰で手配犯も捕まえて、わたしも今後は気楽にモロコロへ行けますよ!」
途中でヨシキも嬉しそうに会話に加わり、娘たちは疲れたのか今は眠っている。
「ところでエクさんは何故マストへ?」
「実は実家がマストにあって、姉と妹が居るんです」
「エクさんの外見から見て...もしかしてウォンリッドさんですか?」
「...!はい、そんなに似てました?」
アキは笑みを溢しながらコクコク頷く。
エクから見れば肌の色と髪の色が同じで顔はそれぞれ違うように思っていたので少し驚くような嬉しいような感情になる。
「だって、薄い水色の髪色はウォンリッドさん姉妹以外見たことが無いのです」
「なるほど...」
エクもその言葉に理解し、頷きながら愛想笑いをする。
「それと、同じ職種でもありますからね」
ここでエクが一つ疑問に思っていた姉と妹の仕事を把握した。
まだ若い二人が凄いなと思う気持ちと、盗賊被害の可能性がある危険で、不安な気持ちが併せて湧き上がってくる。
「同業者なら、僕は敵業者と言うことになったりします...?」
「うちは、仕入れ先で仕入れてマストに戻って販売するのですが、ウォンリッドさんは自作の魔導具を開発して販売していますので、そこがうちとの違いです、なので敵と言うよりかはまた別物です」
(なるほど、ヴィオラかリンスが発明家か何かなのか、まさか同じ輪廻者だったり...)
姉妹のどちらかが同じ境遇の人なのかもしれないという期待を若干含みながらアキとの会話に頷く。
「そろそろ見えてきましたよ」
ヨシキが荷台の方へ振り向きマストが見えた事を伝える。
そこにはかなり分厚い木の板で広く円状に囲われていて、中心には大きな木が見える。
想像していたよりかなり大きく町と言うより街だった。
遠目からでも見える大きな木の上部には家があり、まるでエルフの家と類似している。
もしやと思ったエクは荷台から顔を出し、ヨシキに問う。
「もしかしてあの木の上の家って、ネロさんの家だったり?」
「ここからよく見えましたね!そうです、ネロさんの別宅だとか、階段もありませんし結界も張っていて、誰も入った事が無いんですよ」
「なるほど...」
ヨシキは笑いながら答える。
エクも苦笑いでそれに応える。
続けてヨシキが会話を続ける。
「先ずは盗賊頭を検問所で確認して頂き、手配書と捕縛証明書をギルドに持って行こうと思います」
(ギルド!凄く興味あるけど二人を待たせてるしなぁ...)
「手配書と捕縛証明書は検問所で貰えるのですか?」
「はい、手配犯と一致したら貰えます、もし違ってたら罰金ですけどね!」
「罰金て...」
ヨシキは行商という仕事柄、間違える訳がない為に笑いながら言う。
「では僕は検問所まで同行で、ギルドへはヨシキさんにお願いしても宜しいですか?」
「?それは構いませんが報酬金はどうされます?」
「んー、送って頂いたのでそちらで受け取って頂いて構いませんよ」
「いやいや、それでしたら後でウォンリッドさんの店へ伺いますよ!」
この雰囲気は絶対来るなと思ったエクは渋々了承した。
(それにしてもギルドかぁ、後で姉さんに聞いてみよう)
MMORPGには必ずあると言っても過言では無いギルド、この時エクの頭の中はその事でいっぱいだった。
そうこうしている内にマストに到着した。