母は偉大
007
便利グッズでお馴染み魔導具の一つであるマジックバッグでアズベアシープのミルクを取り出すネロ、二人はミルクを飲み一息付いた所でネロがゆっくりと口を開く。
「そうだな、どこから話したものかね」
ネロが最初にそう呟く、そして話は淡々と進められた。
母の名はマーサ・ウォンリッド。
父は元冒険者で名はフェイ・ウォンリッド。
半神族であった母はエクと同じ称号【精霊に愛されし者】の保持者であった。
父はアズベア出身のヒュームであった。
陽気な性格で、町の人気者だったらしい。
そんな父はある日護衛の任務でアズベア南部にあるモロコロ港町から中央大陸にある貿易都市ノインに船で向かう中、海龍リヴィアタンに襲われ死亡したらしい。
そして何より、ネロはマーサが幼少期からの師であった事には驚いた。
(ネロさんは一体幾つなんだ...)
そんな事を考えつつ話を聞く。
師であり親友でもあったネロは、エクが幼少の頃に死霊リッチに襲われ意識が無くなる手前でヴィオラとエクを抱き抱えその場を離れたという。
その際、ネロは自身が持つ9割もの魔力を消費する程の風と水の融合魔法グランドカーテンという結界魔法で死霊リッチからその場は凌いだ、それはエルフ領の隣で今も姉と妹が住んでいるマスト町を全て覆うほどの魔法陣が上空に描かれ、町全体を覆う物だと言う。
しかしエクの魂はその時既に失っていたという。
ヴィオラはその時気絶していた。
そして後からマーサがリンスを抱えながらネロと子供たちの方へ走ってくる。
マーサはリンスを抱いたままその場で膝を付き、見るからに死んでいそうな二人を見てそのまま泣き崩れてしまう。
そしてマーサは泣きながらネロに問う。
「ネロ、二人の状態は?」
「...ヴィオラは気を失っている、しかしエクは...」
「...そう.......」
ネロがそっと二人を原っぱに寝かす。
寝かせた後にマーサはリンスをネロに託す。
ネロは何かを察したのか、目を見開き口を開く。
「やめておけ、お前もどうなるか分からんぞ?!」
「私はいいの、エクが目覚めさえすればそれでいいの...」
「阿呆が...残ったこの子らはどうする?!」
「貴女が居るじゃない、最後の私の我が儘になったら、ごめんね」
「...どうなっても知らんぞ...」
マーサは禁呪とされている全属性の融合極限魔法、ソウルリターンを唱えだす。
全mpとhpを消費すると言い伝えられている為、半神族の中で禁呪とされていた。
そしてマーサが魔法を唱え終えた後、マーサの意識が途絶える。
すると全身が輝き出し意識を失ったままのマーサは少し浮遊し目は瞑ったまま両手を広げている。
途端にマーサが帯びている光が一点集中で空に勢いよく上がっていき、そこから全体へ広がるように空が明るくなり、遥か上空から一本の激しい光がエクを包み込む。
その光の風圧に耐えきれずネロはヴィオラとリンスを抱えてその場を離れる。
少し経ってから徐々に光が薄くなっていき、ネロはゆっくりと抱き抱えている二人をその場に置きエクとマーサの方へ歩き、確認するようにエクを抱き上げる。
すると意識は無いがエクの心臓が動き出し、呼吸をしている。
ネロは驚いた表情のままエクをその場に置き、マーサの体を起こすように抱き上げる。
予想した通り、マーサは死んでいた。
ネロはその場で未だに意識がない三人の子供達をマーサの肌に触れるように寝かせ付け、その場で座り込む。
そしてエクだけが目覚めないまま、10年が経った。
(どこの世界も母は偉大だな...)
ネロを見つつ少し涙ぐみながらそう耽っているとネロがニコッと笑う。
「これが10年前の出来事だ」
「なるほど...有難うございます」
「気にするな、お前は知っておくべきだった、丁度いいさ」
今もまだネロの魔力は半分も戻っていないらしい、それほどまでにS級に位置する死霊リッチとは危険な存在だ。
「話はここまでだ、明日も鍛錬に励め、朝の料理も忘れるなよ?」
「あはは...覚えてますよねやっぱり...」
変な提案をしてしまったと後悔を更に膨らませ、渋々ベッドにつく。
朝目覚めるとネロは既に起きていた。
テーブルの椅子に腰掛けこちらを睨むように片肘を付け顎に手を添えてある。
エクは急いで起き上がり、キッチンへ向かう。
「あ、ネロさん、食材はどこに...?」
エクがそう言うとネロが徐にマジックバッグを取り出し、食材をテーブルの上へ置いていく。
そこに置かれたのはアズベアボアの肉、アズベアシープのミルク、芋のような物、お馴染みの硬いパン、塩、チーズだった。
(いつもこればかりで飽きないのかなこの人...)
そんな事を考えながらネロに問う。
「そこにある鍋は使っても大丈夫ですか?」
「ん、ああ、もうポーションは作っていないからな、好きにすればいい」
「有難う御座います」
(あるんだ、ポーション)
ポーションの事が気になりつつもエクは魔導コンロの上に鍋を乗せ、アズベアシープのミルクを鍋いっぱいに入れる。
そしてアズベアボアの肉を一口サイズに切り、別の鉄板で少し焼いてから鍋に入れる。
そして芋のような物の皮を剥き、それも一口サイズに入れていく。
塩で味付けをし、チーズを細かく切り刻み、サラサラの簡易シチューを容器に入れその上からチーズを大量にまぶす。
「出来ました、名前はそうですね...アズベアシチューです」
「ほう、匂いは良い、チーズを加熱するのか」
「あ、このパン硬いのでこのシチューに付けて食べてみて下さいください」
「ふむ」
ネロは渋々エクが言うようにパンを手でちぎってシチューに浸し、口に運ぶ。
驚く顔で黙々と食べるネロを見たエクはニヤニヤしながら作ったサラサラなアズベアシチューに手を伸ばす。
(やっぱりイメージ通りとはいかないか、不味くはないんだけどな...)
もう少し美味しいと思っていたエクは残念そうな顔をして黙々と食べ進める。
すっかり空になった鍋を魔導食洗機で洗いながら、ネロは鍛錬しろと言わんばかりにいつもの顎クイで指示する。
エクは渋々外に出て、昨日と同じメニューを始める。
一人黙々と行うトレーニングも一週間経った後、これをキッカケにエルフ領に住むエルフ達とも少しずつ話すようになっていた。
そんな日々が約半年続いた。
半年経ったエクのステータス。
str 30 / int 108 / vit 25 / agi 25 / luk 55 / hp 210 / mp ∞
輪廻者 / 精霊に愛されし者
10年眠り続けていたが何とか平均以上になるまでこれた。
半年経ち季節が変わる頃、ネロが珍しくオシャレな服を着ていた。
「エク、もうそろそろ良いだろう、最後にこの魔法とこれをお前にやる」
ネロがそう言うとマジックバッグから一着の服が出てきた。
そういえばずっと同じ服だった、鍛錬中も含めボロボロになるまでずっと。
なのでエクは純粋に嬉しかった、見てみるとデザインもそこそこ好みだ。
黒のスラっとしたズボンに白いワイシャツのような上着、日本でも全然あり得る服装だった。
そして最後に魔法を教わった、ブーストと言う一言で言えば身体強化魔法だ。
魔力コントロールの上位版なイメージ同様、全身に魔力を巡らせるだけなのですぐに習得出来た。
「それは自分の魔力量、謂わばmpによって上がり幅が変わる、底知れないお前のmpでどこまで上がるのかは私も想像がつかん」
(ブースト...これかなりステータス上がってる気がする)
mpに限りが無いエクにはぴったりの魔法だった。
常にブーストしても勿論mpが尽きる事はなく、所謂某アニメの見た目はほぼ変わらない○ーパー○○ヤ人状態だ。
「まぁよく今まで頑張ったな、明日はマストに帰れ、そしてあいつらと話し合ってどうしたいかお前自身で決めろ、いいな?」
「はい、有難う御座いました!」
エクは半年間もの間続けた過酷なトレーニングを終え、初めて自分の家に帰る日取りが決まったのだった。