お兄様?
003
エクが口いっぱいにアズベアボアの肉を頬張っている中、入口のドアが開く。
ドアの方に目を配ると、可憐な少女が驚いたような顔でエクを見ている。
「お、お兄様?」
(お、お兄様...?何だか照れ臭い呼び方だな)
「ええと、こんにちは、リンスにも心配を掛けちゃったね」
「いえ...私は殆ど記憶に無いので」
「そっか、これからも宜しくね」
「...元気になって良かったです」
リンスはそう言うと俯きながらゆっくりと近付いてくる。
そして座っているエクの目の前でリンスは止まり、床には水滴がポタポタと落ちている。
ネロが徐に立ち上がり空になっている食器だけを手に取り、その仕草の中耳元まで顔を近付けて囁く。
「分かるだろう、ハグしてやれ」
エクはハッと気付きリンスに体を向ける。
そして深呼吸し、ゆっくりと両手を広げ、そっとリンスにハグをする。
「ただいま」
「...ぅぇぇええん!」
「もうずっと眠ったりしないから、泣かないで」
「...ぅぅぅぅ」
「あはは...」
エクは困り顔で笑いながらリンスが泣き止むまでハグを続け、背中を優しくトントンした。
暫くしてリンスも落ち着いたのか、スッと離れる。
「お帰りなさい、お兄様」
「うん、ただいま」
「眠ってた分、沢山遊んで下さい」
「ぅ...あはは...」
「ぶぅ...」
そんな会話をしてる中、ヴァイオレットが戻ってきた。
「エク!もうご飯食べれるほど回復したんだね!」
「うん、早く体力つけて何かしないとね」
「あんた、ずっと眠ってたとは思えないほどませてるわね...」
「あはは...そうかな」
ネロがジッと睨む中、やれやれと言った表情で言葉を出す。
「それも私の魔法さ、体は15才なのに頭は5才じゃ不便だろう?」
「あー確かに!流石ネロおばさん!」
「おばさんは余計だ」
ヴィオラは舌を出し、とぼけ顔でネロを見る。
ネロはやれやれとした顔で話を続けた。
「してエクよ、お前は体力が付いたら何がしたい?」
そう言われて気付く、エクは何も考えていなかった。
思考を走らせるが思い付く事も出来ず、ネットも無いこの世界の事を先ずは自分の目で見たいと考えた。
「先ずは体力と自衛出来るだけの戦闘力を身に付けて、この世界を見て回りたいと思います」
「そうか、なら私が直々に鍛えてやろう」
「宜しくお願いします」
「え!お兄様、どこかに行っちゃうのですか?!」
すかさずリンスが言葉を挟む。
「うん、お兄ちゃんはどうしたいのかまだ分からないから、ネロさんに鍛えてもらいながら考えるけど多分旅には出ると思う」
「そうですか...」
「あとさリンス、そのお兄様はやめてくれないかな?」
「ダメです、お兄様はお兄様です、ヴィオラはヴィオラです」
「ちょっとリンス、私の事もお姉様で良いのよ?」
「あはは...」
見るからにヴィオラに溺愛されているリンスはしかめっ面で首を左右に振る。
それを見てるヴィオラも嬉しそうに微笑んでいる。
そしてヴィオラが続けて話す。
「エクがもし旅立つなら私も行ってあげたいけど、私はリンスとここで待ってるね、お母さんのお墓もあるからさ」
「お兄様から離れたくはないけど、私もヴィオラとお留守番しておきます...でもちゃんと、帰ってきて下さい」
「うん、世界を見て回ったら、必ず戻ると約束する」
「...」
少し沈黙が続く中、ネロが手をパンと叩く。
それに三人は驚きと同時にネロの方へ振り向く。
「暗い話はここまでだ、明日から鍛錬する、エクも今日はそれを食べ切って眠れ、私は甘くはないぞ」
「はい、お願いします」
「ああ、あと鍛錬するならお前はこのままここに住め、二人もいいな?」
「明日、ちゃんと起きてよね?」
「構いません、では私も今日は泊まります」
「あはは...」
起きてよ...か、確かにそこは懸念するよなと思いつつ二人から目を逸らし、エクは残った食事を再開する。
二人はそれをただただ見ている。
(ここまで見られると食べ難いな...)
そしてエクは料理を何とか食べ切り、少し体を伸ばしてからまたベッドに横になる。
「今日は休め、私はこいつらと買い物に行く」
「はい、気を付けて」
「明日の鍛錬見に行くね!」
「今日はお兄様と一緒に寝るので、また後ほど」
そう言って三人は外へと出掛けて行った。
ドアを開けた先の景色が薄っすらと見えたが、木と空だけが確認出来た。