ララチェール様の愚民観察
コトッ
「こんにちは、ラスト・ララチェールと申します」
ゴージャスというには足りていないお言葉。
壁が一切なく、彼女がいる場所の景色は紛れもない宇宙空間となっていた。大きくて不思議な絨毯の上には様々な家具、どーやって動力をもらっているんだか分からない家電製品のようなものが動いていた。
神秘的で解放感があり、それでいて自分だけの家。
彼女自身の身なりは、まだ人間達も発見できていない宝石達で飾られ、橙色の豪華なドレスを着用、純白の薄い手袋も当然使う。地球産の美味しいケーキと紅茶を用意し、これまた豪華な椅子に座りながら巨大モニターの電源を入れた。
「今日は星占不動産は、お休みなので。地球の日本という愚かな国の人間達の、食生活を見ていこうと思いますわ」
彼女、ラスト・ララチェールの存在は人間達を含む生命体とは些か異なっている。
超越された魔術の使い手。
「それでは今日は、……この定食屋に通っている愚かな社蓄達の様子を見ながらティータイムとしましょう」
巨大モニターはとあるお店の様子を映し出した……。
◇ ◇
「いらっしゃいませー!2名様、ご案内!」
「3卓様、オーダー待ちー」
「牛丼の大盛りを1つー」
「会計ー!電子マネーで!」
時間帯はお昼時。体から流れ出る汗の臭いが人間達の集まりで濃くなっているも、提供される美味しそうな料理の匂い、しっかりと換気のされたお店作りが集客にも繫がる。
雪崩込んでくるように空腹の客が入って来て、中にいる従業員達があわわってしていながら、オーダーに応えていく様は
【この辺は当然の意識でございますわね。やっていただかなければ、お客様に失礼というものですわ】
利用していないのに超上から目線。こんなの客として来て欲しくねぇ感想。
ララチェールはお店の様子だけでなく、客層のチェックも行い、全ての愚民共を見下ろす。
【おやおや~】
おっさん達が牛丼やカレーの食べ方。人それぞれあるが
【箸の持ち方と食べ方が、とてもお下品な方々がいるのですね。可哀想~。程度が知れるというものですわ。これでは愚民の中の愚民と言えますわね~】
作者の心にもグサグサと、突き刺さりまくる作法の指摘。箸の持ち方がなっていないのは心の中で馬鹿にされていると思うし、実際に誰かと飲食をすると言われる。なんとなくではあるが、これまで生きてきたその人の経緯を読み取れる一面だ。
「たまご、トッピングでー」
「並の牛丼、キムチ、味噌汁ー(セットで言えば良かったなぁ~)」
一品ものを添えるため、トッピングの注文。たまごにチーズ、キムチ、納豆、味噌汁、などなど。別になくても美味しい一品なのだが、やはり食を美味しく整え、ちょっとした栄養にもなるこのトッピングは、一度やってしまうともう欠かせない。
今日はなにを乗せようか、あるいはカレーにしようか、ラーメンにしようかと。空腹を満たすための品を変えるのも楽しみになる。
【これは……なんですわ?】
そんなトッピングの中でララチェールが気になったのは、この愚民共の多くが注文もせずにガンガンと無造作に牛丼へ乗せていく。
【紅い漬物?お店から無料でご提供されているものですのね。なんとも愚民らしい狡いトッピングをしますわね~。可哀想ですから、マヨネーズでもかけてあげましょうか?】
ぜってー、牛丼にマヨネーズは合わない。試したことないが、不味そう。
【お店もお店で、このような事をして愚民を集客するのですね~。勉強になりますわ。無料という言葉に弱いものですから……】
ララチェールは紅しょうがという無料で提供されるトッピングを小馬鹿にしていた。なぜなら、お客によってその紅しょうがの量と盛り方に均一さがなく、見た目からして悪く思っていた。
さぞ愚民にとっては、美味しいんでしょうねって顔をして
【それではその紅しょうがの味、この私が評価しに行きましょう。地球に向かいます】
紅しょうがのためだけに、地球にやってくる存在は初めてな気がする。
◇ ◇
「紅しょうが1パック。袋は要らないわ」
「ありがとうございました(こんなお嬢様っぽい方が、スーパーに来て紅しょうがだけ買っていくの初めてだな)」
スーパーで紅しょうがを購入し、日本に住んでる知人の家に上がりこんで、その味を確かめるララチェール。お皿に紅しょうがを乗っけて、改めて色つやがあまり好きじゃない。紅すぎるのよ。そしていざ、試食。……しようと思ったら、知人がさすがに止めた。
「ララチェールさん、紅しょうが単体で食べても、舌がピリッとするだけで味になりませんよ。漬物の類いなんですから」
「むっ……アッシ。私は愚民を馬鹿にしようと思って、紅しょうがを頂くのですよ。どーせ、ご飯がないと美味しくないというより、ご飯が美味しいから紅しょうがが上手いオチでしょ?」
「それでも、紅しょうがだけ食べる人が馬鹿ですよ。牛丼屋に入って、紅しょうがだけ食って帰る奴はそういませんから!ちょっと待ってください、焼きそばを作ってあげますから」
「焼きそば?それはこの紅しょうがに合うというのですか?」
「牛丼や焼きそばには、紅しょうがですよ。カレーに福神漬けというくらいにポピュラーなトッピングです」
「では、さっさと作りなさい。この家に隕石を落されたくなかったら、手早く美味しくね」
人ん家に上がりこんで、紅しょうがを食べに来たとか。この人はホントになんなんだと思う、アッシ社長であった。逆らったら逆らったで、ホントに言った事を実行するため、焼きそばと紅しょうがの味が世界を救うと言っても過言ではない。
焼きそばの材料があって良かったと、手早く作って、ララチェールにご提供。
そして、添えるように紅しょうがを乗せる。あまり大胆に乗せるより、少量にすれば
「見た目も良いでしょう?」
「そうね」
「紅しょうがは量が自由ですから、たくさん食べたい人もいれば、添えるだけの人もいるんです。私は後者ですし、ララチェールさんも後者の方がいいでしょう?」
「……頂くは」
ホントだったら、牛丼の方がよかったと思う。ご飯を炊いていなかったからしょうがないが……。
ソース味の麺と野菜、そこに別の味で舌に主張してくる紅しょうがの酸っぱくて、ピリッとした辛味、コリッとした食感。どれもこれも焼きそば1つにはないお味であるのに、この紅しょうがの存在は邪魔をしているのではなく、引き立ててくる。
紅しょうがと一緒に食べるも、美味しく。焼きそばだけでも美味しくさせ、あえて紅しょうがだけを頂いて、口のお味を変えてからの焼きそばも美味しい。味を変えられる強さをこの紅しょうがから感じられる。
「!……悪くはないわね。ボチボチね。愚民を少し見直しました」
「意地張りますね」
「食というのは元気を摂るものです。牛丼や焼きそばに合う紅しょうがを、無料で配布するお気遣いの良さ、食への工夫も感じました」
いやぁ、そんなこと思うのは、あなただけかと?
「それと料理を作って頂いたアッシには、後日。紅しょうが10キロをご提供してあげるわ」
「いらないんで、帰ってくれませんか?」