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第4章 その2 寝不足な公嗣の、眠れない夜


         2


 フィリクス・アル・レギオン・エナ・エルレーン公嗣の離宮。


 その最奥にある主の自室は、頑丈な樫の扉と、扉の前に配置されている二人の赤護衛騎士によって、いかなる外敵からも守られている。

 

「お待ち下さいレディ!」

「誰も入れるなと公嗣殿下のご命令です」

 二人の騎士の、慌てた対応。


「あなた方、新人?」

「話は通っているのよ。入るわ」


 若い女性の声が、二人分。


 わずかなやりとりの後に、重い樫の扉は、勢いよく開かれた。


 長い銀髪をまとめて高く結い上げた、美貌の若い女性が二人。彼女たちの面差しは、まるで双子の姉妹かと思うほどに、よく似ていた。

 一人は、腕の中に、寝間着姿の、金髪の幼女を抱いている。幼女は、うとうとしていた。

         

「お疲れ様、キュモトエー、ガーレネー」


 部屋の中、ベッドサイドに置かれたソファでくつろいでいた人物が、入り口に顔を向けた。

 長い黒髪、青い瞳。長身を、黒ずくめの長衣とローブに包み、足もとは素足。

 人間離れした美貌の青年である。

 エルレーン公国、魔道士協会の長、『漆黒の魔法使いカルナック』その人だった。


「わたし達は疲れないけどね」

「あなたこそ、眠る必要はないからといって、いったい、いつ休息をとっているの?」

 まなじりを吊り上げたのは、キュモトエー。


「夜中まで、そんな我が儘公嗣に付き合って」

 ため息をつく。


 視線の先には、ベッドに突っ伏して眠っている金髪の青年、フィリクスの姿がある。

 その周囲には、チェスの駒が散らばっていた。

 チェス盤の方はカルナックの前に置かれている。


「私が彼の後ろ盾になったと表明してから仕事が倍増したようでね。実はもともと繊細な子だ。それこそメンタルに疲れをため込んでいるから、たまにはゲームの相手くらいしてやらないと」


「たまには、ねえ。このところ毎晩じゃないかしら。あなたに甘えているのよ」

 気遣わしげに眉をひそめたのは、ガーレネー。

「あなたは身体の弱い子だから心配だわ」


「いつの話をしておられるんですか、姉さま方。私はもう子供ではない」

 カルナックは、チェスの駒を拾い集め、箱に戻す。


「ラト・ナ・ルアとレフィス・トールが見たら、どんなに心を痛めるか」

「わたし達は、あなたの頼みならいつでも、どんなときでも、駆けつけるわ。だけどルーナリシア公女の護衛なら、なぜ、あの子たちを呼ばなかったの」


「……今の私を見せたくないんです」

 キュモトエーとガーレネーの問いに、カルナックはただそれだけ答え、顔を上げる。

 表情を引き締めていた。


「今夜も襲撃がありましたね」


「ええ。これで何十回目かしら。懲りないこと。いろんな時間、いろんな場所に賊だの買収した従者だのを放って。いくら手駒を送り込んでも無駄なのに」


「姉さま方がいるからシア姫の身は案じていませんよ。おかげでかなり、宮廷の風通しがよくなりました」


「それなら、もうそろそろ囮役は、いいのではなくて」

「わたし達はいいけれど。シア姫には負担だわ」


「そうですね……」

 カルナックが答えようとしたときである。


「ああ、充分だ。シアにはもっと、護衛を増やし、警備の厳重な離宮に移らせる」

 いつの間に目覚めたのか、フィリクス公嗣が起き上がって答えた。


「それ、無駄」

「ヒトなんて買収されるし弱みをつつかれて脅されるし、弱すぎる生き物よ」

 キュモトエーとガーレネーは容赦なく断じた。


「は、はい! かしこまりました、貴き方。では、どのように致しましょう」

 フィリクスは二人に対して臣下の礼をとる。

 大公の公嗣でありながら。


「移すなら、ここがいい」

 カルナックは、くすっと笑った。

「フィリクスとルーナリシアは母親が同じだ。対外的にも庇護者としてうってつけ。それに、私も、ここには常に、監視の目を置いておきやすい」


「……うにゅ」

 話し声に、刺激されたのか。

 眠っていたルーナリシア姫が、目をあけた。

「あ、にいさま、カルナックさま!」


「そうだ、ちょうどいい。シア、手を出してごらん」


 ルーナリシア公女の手を持ち、カルナックは、懐から取りだした、銀色のバングルを手首に通してやる。

 それは、自然に縮み、ぴったりと手首にはまった。

 腕輪の中央には、大粒の透明な石がはめこまれ、青い光を浮かび上がらせた。


「精霊の、お守りだよ」


「うわあ! きれい! とってもきれい!」

 ルーナリシア公女ははっきりと目を覚まして、感嘆の声をあげた。


「はあ~!? なんじゃこりゃ!」

 高貴な身分の者らしからぬ声をあげたのはフィリクス。


「自動で調節される腕輪!? それに、はめこんであるのは、まさか、精霊石なのか!?」


「これからもっと危険な目にあうかもしれないシアの身を守るものだよ。これはシア専用だ。成長に合わせて腕輪も大きくなるからね」


「うれしい! ありがとうカルナックさま!」

 感激して、公女はカルナックに飛びついた。



「あら。いいこと。だけど……」

「……その精霊石……反則じゃない?」

 顔を見合わせる二人の女性。


「なんという、とんでもない物を!」

 フィリクスは頭を抱えた。


「親父に言い訳しなきゃ。そんな、目立つものをもらうなんて」


「だからに決まっている」

 カルナックは笑った。


「この私が後ろ盾になったのだということを、大公にも貴族たちにも周知させるのさ」




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