第3章 その14 世界とヒトが交わした約束
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静まりかえった、真っ白な空間。
そうなの、気がついたら、それまでいた中庭じゃなくて、前に来たことのある気がする、何もない真っ白な空間にきていたの。
「あわわっ! こ、ここはやべえ! セレナンの深部じゃねえか! 人間なんか滅多に入れないんだぞ」
慌てるルビーさん。
「いやだ、予想外。アイリスちゃんと精霊たちだけじゃなくて、あたしたちまで巻き込まれちゃったわ」
サファイアさんは、あまり困ってないし落ち着いてそうに見えた。
『縁あるものを呼んだらこうなった。そなたらの主、アイリスの言う通り』
スゥエ女神さまの声が、鐘の音のように高らかに響いた。
『そなたたちは今や皆が守護精霊。力を合わせ、いずれ訪れる大いなる災いより、主を護るのです』
「女神さま、いま、気になることをおっしゃいましたね?」
『気にしないでいいのよ、アイリス』
スゥエ女神さまは、あたしをぎゅっと抱きしめてくれた。
『アイリス。あなたの守護者となった精霊たちとの縁を大切に。健やかに過ごしなさい。また会いましょう』
女神さまは、あたしを地面に降ろして、耳元で、ささやいた。
『何かあったら、わたくしの名前を呼んで』
※
「待ってスゥエ女神さま! 行かないで! 大きな災いってなに? まさか、まさか……世界が滅びるなんてことじゃないですよね!?」
こんなことを口走ってしまったのは、きっと、思い出してしまった、前世の記憶のせい。
システム・イリスが体験した、終末世界の破滅の姿が、よぎったから。
女神さまが、振り返る。
『かつて、遠き昔に。人間は虚ろの海を渡りて我らが世界の血肉の上に降り立ち、保護と救いを求めたのです。そしてセレナンに赦された土地にのみ暮らし、セレナンに敬意を払うことを誓った』
「けれど誓いは」
『破られるのです』
女神さまは裁ち落とすように言い切った。
『やはり人間には誓いを守り通すなど不可能なのかもしれませんね。このまま時が進めばセレナンの血を流させた地上から、すべての人間は穢れとして払い落とされる。それもまた一つの可能性の時空』
「このままではって」
『可能性の一つです』
「そんな……」
人間達は、滅びてしまうの?
あたしも、お父さまやお母さま、エステリオ・アウル叔父さまも。
みんな!?
『だけど。それでもわたくし達、#精霊__セレナン__#は……人の心に、希望を探し求めずにはいられない。それは《世界の大いなる意思》の心でもあります。だからこそ、別の可能性の時間軸で殺された精霊族ラト・ナ・ルアは、人間を導く女神となり。…いいえ、まだ見習い女神ですね。そして、アイリス。あなたを助けるように計らわれているのですよ』
ラト・ナ・ルア……?
初めて聞いたような、けれど、とてもよく知っているような……
その名前が、胸に、じんわり染み通った。
「あたし、まだ何もよく知らないけれど、この世界が滅びるなんていや! あたしになにか、できることはあるのでしょうか、スゥエさま」
『優しいのねアイリス、あなたに未来を託します。そのために、世界と女神と、守護精霊はあるのですよ』
スゥエ女神さまは、そうおっしゃられたの。
そしてまた、あたしは気が遠くなって……
※
「お嬢さま。アイリスお嬢さま!」
ローサの声で、目が覚めた。
あたしは横になっていて、薄い布団が掛けられていた。
お昼寝にはタオルケットが好きだけどな~。
この世界では、タオルは見たことがない。
いま掛けてもらってる純白の絹地の布団には真綿が薄く入っていて軽く暖かい。こういうちょっとした身の回りのもので、我が家ってお金持ちなんだろうなって実感するの。
頭上には青い空が見えていた。
あたし、現実世界に戻ってきたんだわ。
「ローサ?」
声をかけると、すぐにやってきたローサが、
「よかったですわお嬢さま! 中庭がお気に入りなのはよいのです。シロとクロと遊んでらしたのも良いのです。ですが、サファイアさんとルビーさんが、お嬢様が中庭で眠ってしまったと知らせてきて。それから、ご昼食のお時間になりましても、ずっとお眠りになられたままで。心配しました」
「ごめんなさい。すごく、ねむかったの」
「強力な魔獣のシロとクロを従えているだけでも、魔力をかなり消耗するから、疲れるのね」
サファイア=リドラさんが、助け船を出してくれる。
「まあ、子供は寝て育つっていうよな!」
ルビー=ティーレさん。メイドっぽい口調ではないけれど、頼りになりそう。
「サファイアさんとルビーさんが護衛ですから、そこは安心していました」
にっこり笑う、ローサ。
あたしがゆっくりと半身を起こすと、さっそく妖精達が飛んできた。
『アイリスアイリス!』
『よかった気がついた!』
『どうしようかと』
『でも、ぼくのせいじゃないからね』
シルルとイルミナ、ディーネ、それにジオ。
風、光、水、地の精霊。
「みんな……これから、よろしくね」
『『『『もちろん! ずっとずっと、一緒だよ!』』』』
妖精達の、暖かい光が、あたしの周囲を取り巻いて、光を撒き散らしていく。
「お嬢さま? ああ、おそばに妖精さんたちがいるんですね?」
あたし専属の小間使い、ローサは、持つ魔力は僅かだ。精霊を見ることはできない。けれど、妖精が飛んで撒き散らす光の粉は見える。
嬉しそうに顔をほころばせた。
「よいことがあったんですねアイリスお嬢さま。いつもより妖精の光が強いみたいです。おかげで、このローサもなんか元気が出てきました!」
「そうなのよローサ。とっても、すごく、いいことがあったの。なかにわでね、わたしの、しゅごようせいたちが、しゅごせいれいになったの!」
「まあ! すごいじゃありませんか!」
ローサは驚きの声をあげたけれど、きっと本当にはわかっていない。
守護妖精が守護精霊に進化するには、守護される人間の魔力を大幅に使う。ゆえに、保有魔力が少ない場合は起こりえないことなのだ。って、サファイアさんが言ってた。
「叔父さまにも、お母さまにも、はやくおしえてさしあげたいな」
「エステリオお坊ちゃまは、すぐに戻られますよ。奥さまも、夕方までには、お戻りになられます」
叔父さまのことを、坊ちゃまって呼ぶのは、乳母やのサリーと、メイド長エウニーケさん。それに、ローサ。
「おかえりになるの、まちどおしい!」
「そうですね、お嬢さま」
ローサが肌掛け布団を持って、先に立つ。
両側から、サファイアさんとルビーさんが手をつなぐ。
シロとクロは、あたしの影の中へ戻った。
午後に帰宅するエステリオ・アウル叔父さまが、大きくなったあたしの精霊たちを見たら驚くわよね。
わくわくするわ!




