第2章 その37 アーテルくんとお友達
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またまた、とんでもないことを聞いてしまった。
ここは、メイド服の少女の姿を見せてくれていた…本性は真っ黒なドラゴン…黒竜、アーテル・ドラコーの「巣」で。
見た目は十二歳くらいだけど、カルナックさまに「黒曜の杖」をくれたドラゴンだし。
いったい本当は何歳なの?
女の子なの?
男の子なの?
「アーテル・ドラコー。相変わらず、享楽的だな。まだ巣ごもりをしていたいのか」
お師匠さまが、あきれたようにおっしゃるのだけれど、黒竜くんは、意に介していないようす。
「旧知の仲じゃない。他人行儀はなしで。アーくんって、呼んで? 知ってるでしょ? ボクが動くときは、世界の終わりまで、ないよ」
「グラウケー。あなたまで一緒になって遊んでいるとは」
「いいじゃないか。精霊なんて、退屈しているものさ。それに、今回は結果的に、ただ一人のかわいい弟子と、その弟子の窮地を救えたのだから。そこは評価してほしいところだな♪ さ、弟子よ、私に感謝を捧げるのだ」
「不本意ではありますが。……ありがとうございました。アイリスの魂に傷をつけずにすみました」
「あはははははは! おまえはセラニス相手だと、アツくなるからな! やりあうなら、ヤツの本体とサシで、思い切り戦えるときまで待つのだ」
「この、おれの口から言うのもなんですが、グラウケー。第一世代の精霊をとりまとめる『司』(つかさ)にしては、人間の文化に染まっていないか?」
「言うようになったものだ。頼もしい。いずれはヒトの世界など見捨てて、精霊の森に戻ってくるといい。おまえを保護して育てたラト・ナ・ルアもレフィス・トールも、待ちわびている」
「ええ。いつかは……」
お師匠さまの腕に、力がこもった。
「まだ、セラニス・アレム・ダルも、あれが影を落としているグーリア、サウダージの動向も、油断なりません」
「ヒトの世界は、めんどうなことよ」
グラウケーさまは、美しい顔に、冷ややかな笑みを浮かべた。
そういえば、セラニス・アレム・ダルと、あの子が乗っていた小さな灰色のドラゴン、ルシファーは、どうなっているのかしら。
まだ『鏡』の向こう側にいるはずだけど。
「……そうだ、ちょっと面白いから後ろを見てごらん」
アーテル・ドラコーが、にかっと笑う。
後ろ?
振り返ると、そこには、壁一面を占めるほどの、巨大な鏡があった。
映し出されているのは、さっきまで、あたしとお師匠さまが落下していた、不思議な空間。
滑空するルシファーの背中に乗った、セラニス・アレム・ダルがいた。
そして次の瞬間。
下から噴き上がってきた炎の奔流が、セラニス・アレム・ダルを飲み込んだ。
数秒もなかった。
ルシファーが炎に包まれて燃えて、翼や筋肉はみるみる黒く炭化して、白い骨が見えて。
ううん。
骨格だけじゃない。白い骨に絡みつく複雑なコード、基板? 金属? 焼けて虹色に偏光する……あれはチタンだと、イリス・マクギリスが。
もしくは、アイリスの魂の奥津城で深く眠っているはずのシステム・イリスが、無機質なを、響かせた。
「ひゃっほう! 盛大に燃えたね!」
楽しげにアーテル・ドラコーは笑う。
「あれ? 悲しそうな顔だね。同情してるの、アリス・月宮。まさかそんなはずないよね? セラニス・アレム・ダルは人類を憎んで破滅に誘うようなヤツだよ。カルナックの敵だ。……しかたないか、まだよく知り合ってもいないもんね。ま、それに、あれは本体じゃないよ。ただの、プログラムのエイリアスで、ルシファーにインストールされていただけだ。また、やってくるだろう」
「アイリスの罪悪感をやわらげるつもりか。アーテル・ドラコー。おまえにしては、優しいな」
お師匠さまは、静かにつぶやいた。
「ボクは女の子には優しいんだよ」
「さて。では、そろそろ、魂だけでいるのも限界だろう」
精霊グラウケーが、言った。
「現実の、肉体に帰る頃合いだ。私とアーテル・ドラコーで、送り届けてやろう」
「さぞかしリドラたちは気をもんでいるだろうが。帰ったら、きつく怒ってやらないとな!」
お師匠さま、こわいです……
「帰っちゃうの? ねえ、ボクと友達になってよ!」
アーテル・ドラコーが、手を差し伸ばした。
「うん! たすけてくれたし!」
あたしは答えて。
ふっと、気が遠くなった……




