第1章 その4 夢見るゴーストたちの街 2
2
「ねえ、どっかで会ったことないかな?」
クリスタと呼ばれていた少女が、あたしに言う。
「おかしいよね。あんたみたいな良い服を着たお嬢さんとあたしが会ったことあるはずなんか、ないんだけど」
首をかしげる。
「なんだかすごく懐かしい気がして。ごめんね、急にこんなこと……気を悪くしないでね?」
「そんなことない。あなたは、あたしを助けてくれた」
あたしは彼女に手を差し伸べた。
「それにね、あたしも。あたしも、なんだかとっても懐かしい気がしてるの。クリスタ。あたしはイリス」
「ありがとう、イリス。あたしはアイーダ。クリスタっていうのは、あいつらが勝手にそう呼んでただけ。アイーダって呼んで」
「アイーダ。友達になってくれない?」
おそるおそる言ってみた。
すると彼女は、「いいよ」と頷いてくれた。
アイーダ、アイーダ。
この眠る町で、ゴーストタウン・マンハッタン島で、初めてできた、あたしの友達。
ほんとはもっともっと話していたい。
でも、そうもいかない。
だって彼女とあたしは、イヤな話だけど、ついさっきまで人間だった……悪い男達だった……血だまりにどっぷり浸かった肉塊を挟んで向かい合っているわけなのだ。
このままでは、まずい。
誰かに見つかったり警官が来たりしたら。騒ぎになったら。
「これどうにかしないといけないわね」
思わず口に出してつぶやいた。
アイーダも、うなずいて。
「ともかく逃げようイリス。今なら目撃者いないし。そのうち警官がきちゃうしさ。こんなヤツ殺しても構わないって思うけどポリスに捕まるのヤだし」
うん、普通はそうだと思うけど。
「もちろん逃げる。けど証拠隠滅もしとかなきゃ。ちょっと、やっとかなきゃいけないことがあるから、少し待ってて?」
「いいよ。でも、あんまし時間ないかも」
「だいじょうぶよ。このあたりには、しばらくは誰も近づかないわ」
あたしは一緒に手を取り合って逃げようという彼女の魅力的なお誘いを、この場は断らざるを得ないのだった。
「……ねえイリス? あたしのこと、気持ち悪くない?」
アイーダが、ぼそっと言う。
見れば彼女の黒い瞳には暗い翳りがあり、表情はうつろで、嫌悪も罪悪感も悲しみも苦しみも喜びさえもない。
「ううん。どうしたのアイーダ。あたしの恩人よ?」
「だって」
アイーダの顔に表情が戻る。声が震える。
「……あたし、ずっと前から、こいつらにひどい目にあってて。被害は、あたしだけじゃないんだ。機会があったら殺ろうと思ってた。あたしの声、凶器になるの知ってたから」
彼女の声は物体を貫通し切り裂く凶器になった。
いつからかはわからないが、何年も前から、そのことに気づいていて、「声」を使いこなす訓練もこっそり行ってきたのだそうだ。
「あたしは、おかしいんだと思う。こんな人間いないでしょ。いやじゃない? 怖くない?」
「ううん」
あたしはゆっくりと首を振る。
「だいじょうぶよアイーダ。あたしの大事な友達。まかせておいて」
だって、あたしは。
システム・イリスだから。
風はとっくに止まったきり。空をゆく雲も張り付いたまま動かない。
空間は閉じている。
あたしは管理者権限でシステムにアクセスする。
うんと深い階層まで潜っていく。その課程で必然的に、このクソみたいな男たちが街で何をしてきたのかを知る。
殺人、強盗、窃盗、詐欺、暴行、放火。人身売買、臓器売買、婦女暴行、何でもござれの都市型犯罪カタログか!
あ~これはダメだ。
悪人も街の賑わいなんてことは、あたしは思えない。
許さない。
放って置いたら、都市の見る夢の中で死んだ人々と同様に、こいつらはいずれ都市管理システムが蘇生させてしまう。
ダンジョンで倒されたモンスターが、リポップするみたいに、死んでもまた沸いて出てきてしまうのだ。
そしてまた、悪さをする。
そんなこと、させない。二度とね。
では、どうすればいいか。
サーバーに保存されている記録、体組織データ(または、魂)のデータを破棄してしまえばいい。
どうせ、たいした領域を占有してもいないだろう。
人格とデータを検索して。
領域を閉じて接続を巧妙に切って閉じ込めて。
そして削除。
周囲に悪影響を与えるくらいに、ぶっ壊れたデータは、念入りに削除しておかなくちゃね。
あたしが空中に指を持ち上げ、何かをスクロールしたり描きこんだりしているのを、アイーダは不思議そうに見ている。
システム補助プログラムの、合成音声が尋ねてくる。
『該当するデータを消去しますか?』
ええもちろん。
決定を選択した瞬間、路上にあった元人間だった肉塊に変化が起こった。
存在が「ぶれる」。
オブジェクト表示に激しいノイズが生じる。
そして、三十秒ほどして、その物体は、消えた。
消滅したのだ。
きれいさっぱり、すべてのデータをエイリアスの残滓に至るまで残さずに消去した。
バイバイ。悪いおじさんたち。
「ええええええ! 何コレどうやったのイリス!?」
あ。
やりすぎた?
「ちょっといろいろあって。説明は、また後でね」
「だってだって。どうなってんの!」
アイーダは、さっきまで男たちが小山になって折り重なっていたところへ駆け寄り、信じられない何コレ! と興奮して叫んでいた。
そして、あたしを振り返り、
「イリスって、魔法でも使えるの!?」
「まあ、そんなところね!」
「そうなんだ。魔法ってほんとにあったんだ……すっごーい!」
ほんとにあったんだと何度もつぶやいているアイーダ、すっごくキュートよ。
「お願い、アイーダ。このこと、誰にも黙っていてくれる?」
「うん。……ねえ、じゃあね、イリス。あたしの声のことも、秘密にしてくれる?」
「もちろん! あたしのことも。お互い、秘密を守るのよ」
あたしとアイーダは両手を固くつないで、握手をした。
アイーダは、ちょっぴり
「あれ? 変だな?」
という顔をしてる。
そりゃそうだよね。あたしの腕に触れた感触は、偽装して、あるようにアイーダの感覚を欺しているけれど、実際には、触ってない。
「あたしたち、ずっと友達よアイーダ」
「うん! ずっとね。あたしの声を怖がらないでくれて、ありがとう」
あたしたちは走り出す。
アイーダは劇場でミュージカルの出演者を募集しているオーディションに向かうのだ。
だいじょうぶ、アイーダは合格する。
そしてスターになる。
これが、あたしたちの、はじまり。