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第1章 その2 妖精と、特別な赤ん坊

       2


 わたしはシルル。いわゆる、風の妖精。

 隣を飛んでいるのはイルミナ。くされ縁の友人ってとこかな。この子は光の精。


 わたしたちは、空気、光、そして水、緑、大地。

 あらゆるところに在るけれどもそれでいて実体はどこにもない。

 人の目になど捉えられない。


 人々が、わたしたちが通ったことを知るのは、痕跡だけ。

 光の尾を引きながら飛び去る妖精の姿を見る者は滅多にいない。


 気まぐれで入ってみた人間の住処。

 そこはこの街、王都シ・イル・リリヤの中程、そこそこ大きな庭園を持つ邸宅が多く見受けられる一郭にあった。

 貴族の館という趣きではないが豪奢な装飾に満ちた邸宅だ。使用人も多い。


 主は羽振りのいい商人かしら。いかにも金持ちそうだこと。


 わたしたちの小さな身体は退屈と気まぐれで一杯だ。


 なぜこの邸宅に惹かれたのか、それはじきにわかった。

 館の中央、中庭に面した窓のある部屋に入ったときだ。


 天蓋付きのベビーベッドに、赤ん坊がいた。

 魔法で動くからくりの玩具が傍らでカラカラと軽快な音を立てて回っている。

 ベッドにいるのはどうみても生まれたての子なので、玩具を喜ぶのは少し先だよね。気の早い子煩悩な父親からの贈り物だろうか。

 かわいい玩具。この子は女の子みたいね。


 人間の赤ん坊、特に生まれたばかりの子の中には、特別な子がいることがある。

 遠くからでもわかった。

 近づいて、それは確信に変わった。


 この赤ん坊、まだ寝返りも打てないくせに。

 なんて不思議な目の色をしてるの!


 かぎりなく透き通った淡い青。#水精石__アクアラ__#色だ。

 まるで人では無いもののよう。


 そして、驚いたことに。

 この赤ん坊は、小さな口を開けて、こう、言ったのだ。


「魂が浮かんでる?」


 なんで? なんでそんなこと生まれたばっかりの赤ん坊が言うの!?

 なんでこんな赤ん坊が、あたしたちを見たうえに本質まで見抜くわけ?


           ※


 ゴーストが見える。


 以前のあたしが知ってたものにとてもよく似ている。

 小さな淡い光球が部屋のそこかしこにいる。


『この子、わたしたちを見ているわ。生まれたばかりなのに』

『いいえ、生まれたばかりだからよ。ときどき、そういう人間がいるそうよ』


 飛び回る魂たちが、あたしのことを噂してる。


『生まれながらにしてわたしたち妖精を見る嬰児みどりごよ』

 光が近づいてくる。


 残念ながらあたしの瞳にはまだ物の形がはっきりとは見えないはずなのだが、それでも確かにわかるのだ。

 ゴーストが、窓辺を浮遊している。語りかけてくる。


「だぁ」


 どうやら、あたしは新生児であるらしい。

 もちろん言葉なんてまだ話せません。

 でも、魂たちにはわかったみたい。


『魂じゃないってば! わたしたちは妖精なの!』


「だぁ、だ」


『ああもう! わかってるわよ。ともかく、エルレーン公国では、わたしたちは可愛くて優しくてキュートな小さい妖精さんなのっっ!』


「だぁ!」


   ※


 あたしは、アイリス。

 それとも……イリス? アリスだったかしら?


 だんだん、以前の記憶とかあいまいで、よくわからなくなってきているのだけれど。

 でもちょっと覚えてる……というか記憶が浮かんでくる。


 たとえば、ふわふわと浮かんで飛び回る、ぼわっと光る球体を感じ取っていると、思い出すもの。

 むかし、あたしがいたところの、古代のとある国の考え方では、魂魄こんぱくというものがあった。人間を構成する要素を、このように捉えていたのだ。


こんは精神を支える気、はくは肉体を支える気を指した。合わせて魂魄こんぱくと言う。魂は天に帰し、魄は地に帰すと考えられていた。


『へえ。そういう考え方があったってわけ?』

『面白いわ。わたしたちの存在と通じるところが、ないでもないわね。それにしても、この子は何者なの? 生まれたばかりの赤ん坊の考えることじゃないわよ』


 おや。魂たちには、あたしの考えていることがわかるのか。


『ちょっと待って。そこんとこは譲れないから』

『わたしたちは、妖精なの! ほらね、あたしは風のシルル。でもって、この子は、光のイルミナなの』


 そうなの。あたしはアイリス。よろしくね。

 ふうん。妖精。ゴーストに似てると思ったけどちがうのか。


 ……妖精。っていうと。


 あ、なんか脳裏に浮かんできた。

 背中にある透明の薄羽根で、優雅に浮かんでいる、綺麗な女性達。長い髪でスタイルもいい、大人っぽかったり、子どもだったりする。

 こんな感じかな?


『そう! まさにそれよ! 気に入ったわ!』

『気に入ったわ』


 妖精に気に入られたら、なんかいいことあるかな?


『もちろん。幼きものよ愛し子よ、贈り物をあげるわ』

『あなたに妖精の守護を!』


 ふわりと風が動いた。

 冷たい感触が、ひたいの真ん中に、ある。


『わたしたちは寛大で気前のいい妖精なんだから……』


 妖精の守護?

 ひたいに、しるしが付けられたのかな?

 それはとっても嬉しい、け、ど…。

 ……急に、すごく眠くなって、きた、みたい……


『いけない、この子まだ生まれたてだったわ、イルミナ』

『力を使い切っちゃったかもねえ、シルル』


 声が、存在が、遠ざかっていく?

 眠りに落ちていく……あたし。

 あたしは、アイリス。




 それとも……イリス?




 眠り続けていた《魂》たち。

 データに置き換えられても、夢を見続けていた。地球は永遠に繁栄を享受し、自分たちはいつまでも、人間らしく楽しんで生きているという、儚い夢を。


 わたしは、管理官。《執政官》システム・イリス。

 この名称が意味することさえ、いまでは……夢幻のよう。


 そしてまた、夢に落ちていく、あたし、アイリス。


 新生児です。



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