第9章 その37 凸凹トリオは糸電話の夢を見るか
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お父さま、お母さま、エステリオ・アウル叔父さま。ラゼル家がお預かりしている大切なお客さまパオラさんとパウルさん、二人が懐いているギィおじさんとシェーラ姉さま。メイドとして復帰してくれてるルビーさんをさりげなく気遣っているサファイアさん、皆が揃った夕食の席。
「よくがんばったねアイリス。マクシミリアンも努力しているから、安心だ」
カルナックお師匠さまは柔らかな微笑みをたたえて、わたしの頭を撫でてくださった。
皆と語らって楽しそうなお師匠さま、満面の笑みだ。
「お師匠、顔が赤い。酔ってないですよね」
他の人には聞こえないように囁くのはルビーさん。風の精霊の加護を持っているからできること。
「ふふふ。ちょっと雰囲気に酔ったかなあ」
「お師匠さまが楽しそうで何よりですけど」
サファイアさんは微かに眉を寄せる。笑顔を崩さないのはメイドの鑑だと思うわ。
「お師匠さま、うれしいです。アイリス、もっとがんばって期待におこたえします」
次なるスキル『耳』も!
決意は固めたけれど魔法のことはお母さまたちには詳しく話せないのでその先のことは黙っていた。
「その件だけどね。凸凹トリオに話をつけてあるから」
「えっっ! ニコラさんたち?」
「うん。明日にでもここへ来るよ」
「三人とも?」
「そうだよ。表向きは家電の新製品の売り込みだから。出資者である君にプレゼンということにする」
プレゼンて……地球の用語じゃないですかお師匠さま。
みんなお料理とお話に盛り上がっていて、こちらには注意を払ってないようだから、いいですけどね。
「あの、エステリオ・アウル叔父さま、目を見開いてましたよ」
「ふふ。アウルには、君が手綱を取ってくれたほうがいいくらいだからね。期待しているよアイリス」
「へ? はい! がんばります」
そのやりとりを聞いていたのはルビーとサファイアだけではなく満腹になってうとうとしていたパオラとパウルを膝に乗せたシェーラとギィもであったが、賢明な彼らはまなざしを交わすだけにとどめ、口を挟まなかった。
※
「お久しぶりです、お嬢様」
「その節はお世話になりました」
「おかげさまで楽しく発明に打ち込んでます」
翌日の昼食後のこと。
ラゼル家と魔導師協会、いや公立学院を繋いでいる(非公式に)魔法陣から姿を現したのは、赤、青、緑の髪をした同年代の三人の少年たち、ニコラ、トミー、グレアムだった。ちなみに三人とも愛称である。
「いいかおまえら。アイリスお嬢様は、スポンサーだ」
「わきまえろとは言わないわ。そのかわり、わたしたちが見届けるようにお師匠さまに言いつかってるのよ」
出迎えたのはルビーとサファイアだ。
つまり、先輩に恥をかかせるなよと釘をさした。
三人は緊張しつつ、持ってきたものを、アイリスとマクシミリアンに差し出した。
「じゃーん!」
「自信作だよ」
「これ、いとでんわ!」
「糸電話って?」
アイリスは困惑した。
「初めて見ました」
マクシミリアンも同様だった。
アイリスの前世、地球の記憶にあるもので最も近いものは、空き缶である。例えば桃の缶詰のような。その底に、三センチほどの長さで直径は1ミリもないだろう細い金属線が突き出ているのだ。
「え、糸じゃ、なくない?」
アイリスは思わず呟いた。
「つながってないし」
これを聞いたサファイアとルビーは顔を見合わせ、嘆息した。
だが三人の少年には、先輩のため息は届かなかった。
「これで話ができるんだよ!」
一番、ものおじしない赤毛のトミーが言う。
「一つずつ持って! いや、持ってみてください」
丁寧語の存在をふと思い出した青い髪のニコラだが、押しは強い。
「あー、その筒に向かって話してみてください。もう一人は筒を耳に当ててみて。声が聞こえてきますから」
一人だけ冷静というかテンション低めなのは緑の髪のグレアムだった。
電話というからには通話できるというのだろうとアイリスは思ったが、気になることがある。
「線、つながってなくてだいじょうぶなの?」
「だいじょうぶだいじょうぶ、この前、エステリオ・アウル先輩と老師に試してもらったんですけど、できるだけ沢山の人に使ってみて貰いたくて」
「じゃないだろニコラ。そこは、アイリスお嬢さまのためにって言うとこだろ」
「うるさいなトミーは」
「あーお嬢様。伝えるのは魔力なので。線はつながってなくていいです。むしろ、無線というか」
「無線通信? 魔力だとそんな簡単にできるの?」
アイリスは驚きに目を丸くした。
「そうそうそう! それですお嬢様」
「何か話してみて」
「なんでもいいんで」
無線通信という単語にマクシミリアンは気がつかず、サファイアとルビーはもちろん気がついたが、あえてそこはスルーした。
「……そっか。これ、ワイヤレスマイクってこと?」
アイリスは、くすっと笑った。
「じゃあ、歌うね」
すうっと息を吸って。
空き缶から(アイリスには空き缶にしか見えない)口を少し離したままで、彼女は、歌った。
それはこの家で初めて響く、アイリスの歌声だった。
こぼれでたのは、前世で彼女が歌っていた曲だった。
……日本語で。
「あっ……アリスちゃんっっ!?」
その歌声に仰天したものがいたとは、気づかないまま。
天使の歌声が、響いた。




