第9章 その32 女神の末端に触れる
32
『大当たりだよ! さすがアイちゃん』
カルナックさまは明るく笑った。
「なんでそんなに楽しそうなんですかお師匠さま! だいたい、わたしとマクシミリアンくんは今、どうなっているんですか?」
『わからない?』
カルナックさまは、ますます楽しげに声を弾ませているみたい。
正確には『声』ではなくて、その『思考』が直接、流れ込んでくる。
『少なくともアイリス、きみは以前も、似た経験をしているだろう。グラウケーに精霊の森に招待されたとき。あれは魂だけの状態だった。ああ、サファイアと一緒に青竜と白竜が統べる「水底の異界」に放りゅ……留学させたときは違っていたけどね』
「お師匠さま! 今、放流って言いかけましたね! やっぱり、そっちが本音ですよね!? 呆れた!」
「え? え!? そ、そんなことがあったんですか?」
わたしは憤慨、マクシミリアンくんは理解が追いつかなくて困惑するばかりだ。
「ええと、そのことはまた後で説明するわね、マクシミリアンくん。ともかくは、今のことよ」
「あっハイ」
『マクシミリアン、君はちょっと素直すぎるかもしれないねえ。悪い女にひっかからないように気をつけなさい』
「それお師匠さまが言います?」
マクシミリアンくんとカルナックお師匠さまとわたしは、しっかり手を繋いでいると感じている。だけど触れている感覚はないし、自分たちの身体については、まったく見えない。
ただ、目の前の状況……幼い男の子だったカルナックさまとコマラパ老師……少しお若いけれど……の出会いの場面を、現在進行形で体感している。
そして、重要なこと。
精霊さまのお姿にも見覚えがありまくりです!
姉さまと呼ばれているラト・ナ・ルアさま、兄さまと呼ばれたレフィス・トールさま。お二人には、わたしの六歳の『お披露目会』で起きた事件の時、ものすごく助けていただいた。このお二方がいらっしゃらなかったら、あの場に居合わせた百名以上の人間たちは、全員、命を落としていたはずだ。
だけど……このお二方は、きっと、わたしのことなんて知らない。
だってまだ、出会っていないから。
今、この時点では。
どうしよう。この、マクシミリアンくんの困惑を面白がってるとしか思えないお師匠さまは、当初の、わたしたち二人に魔法を教えてくれるという目的を覚えているのかしら?
まったくといっていい、確信が持てないわ!
そのとき。
ふいに、森の中の空気が、変わった。
寒気を覚えた。
《おや、お客様かな》
黒髪の幼い男の子を抱きしめているラト・ナ・ルアと、コマラパ老師。冷ややかなまなざしを向けるレフィス・トールさまの、その背後に。
新たな存在が『顕現』したのだ。
銀色の長い髪、水精石色の涼やかな瞳をした、若々しくみずみずしい美貌の女性……いえ、女性なのかどうか、性別など意味をなさないほどの美しさが形をなしたような、その『存在』が。
ふっと、わたしたちの方に、視線を向けた。
《やはりそなたか。また、なかなかに興味深いことをしているな。だが、このルートは、不安定な時間軸だ。未来の可能性には、しかるべき時に、いずれ相まみえよう。ここは、いったん退いてくれるかな……カオリ》
瞬間、目映い光が弾けた。
《ことに、その少年には……この先のできごとは、見せるべきではないだろうから》
と。
女神は、告げた。
この世界の《大いなる意思》の、末端に、わたしたちは、触れたのだ。




