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第8章 その36 お師匠さまの選択

       36


《辛かったね、アイリス。世界をリセットしてあげる。きみが幸せになれるように》


 ……いいえ。

 正確には違う。

 もっと、よく思い出して。

 女神さまは、そんな優しいことなんか言わなかった。

 21世紀の地球、東京で、十五歳で死んで転生したあたし、ありすは、裕福な家に生まれて家族に愛されてすくすく育った。

 けれど、お爺さまが暗躍して家業が没落して、とどめに聖堂教会の司祭だったエステリオ叔父さまが赴任先の土地で災厄に見舞われ瀕死の重傷を負った。死にかけているのに、生き延びたとしても、生涯、どこにも定住を許されない巡礼になるという。生まれつき豊富な「聖なる力」を持っていたアイリスは聖堂教会と王家に目をつけられて、囚われた両親と叔父さまを助けるために「聖女」として働き詰めになって……

 でも、結局はだまされていた。みんな教会に殺されていたの。家族を全て失ったあたしに優しくしてくれた、叔父さまの親友、エルナト・アンティグアさま、妹のヴィーア・マルファさまは、グーリア神聖帝国との戦争で、死んだ。

 それで、もう、なにもかも、どうでもよくなった。


 ぜんぶ壊れちゃえばいいよ。


 憤怒の、熱い憤りでさえなくて、冷め切って、あたしは国を壊した。

 地割れから噴き出すマグマ。……妙に、既視感のある……破滅カタストロフの光景だった……。


月宮(つきみや)有栖(ありす)。青白き月の女神が腕に抱いてきた、愛しき咎人よ、死者なるみどりごよ。この人生を、やり直させてあげよう。我としても、人間が滅びるのは困る。#瑕疵__かし__#……傷、となるからな……これも実験だ》


「……実験?」


《そうだな、前世を覚えている人間を、もっと増やそう。性別だって、自由度を加味して……》


 女神は、楽しげに、計画を語ったのだ。


《かつては「私」という思念だけしか存在していなかった、このセレナンに、はるばる虚空の大海を渡ってきてくれたヒトたちだ。できるかぎり多くの魂を救いたいのさ。どうにも人間達は、みずから不幸になる傾向がある。それでは、つまらないじゃないか。せいぜい幸福な夢に浸り、踊っておくれ! この私を、楽しませるためにね!》


 どこかで何かが大きく書き換わっていく。


 思い出した……。 

 あのとき、あたし、アイリスは、カルナックさまに出会っていなかった。


 そして、今。


《世界の大いなる意思》である女神は、カルナックさまを、誘う。

 全てをリセットして、やり直させてあげるよって。


 カルナックさまは、ぽつりとつぶやいた。

「やり直す? どこまで還れば、いいのかな……」


 もしも、ぜんぶなかったことにしたいって、お師匠さまが望んだなら。

 この世界は……


 けれど。

 あたしには、お師匠さまに何が言える?

 いったん、セレナンの女神そのもの、《世界の大いなる意思》によって全てをリセットされた、あたしに。


 長い長い時間が過ぎたように感じた。

 沈黙のあとで、聞こえてきたのは。


「……ふっ」

 カルナックさまの、短く、低い笑い声。

「あなたも懲りないね」


「?」

 疑問でいっぱいになって、よろけた、あたしを、アーテルくんが支えて、抱き上げる。

(黙って、聞いておいで。これが、カルナックという存在だ)


 そして、カルナックお師匠さまは顔をあげて、グラウケーさまを真っ直ぐに見た。

 グラウケーさまを通じて、《世界の大いなる意思》に対して。


「何度繰り返しても、誘われても、私は、それを選び取りはしない」


『わたしたちなら、おまえのかわりに、ヒトなど全部消してやれるのに』


「……私はまだ誰も殺していない。大公も、大公嗣もね。時間と魔力は要するが、回復させる。むしろ、簡単に死なせはしない。記憶に刻み込ませてやるさ。私を、精霊を侮った報いを」


『ああ、そうだね、愛し子よ、おまえは誰も、殺していない。死んだのはヒトの手で心臓をえぐられたマクシミリアンだけだ。おまえの魂の伴侶は、もう……』


「待つよ」

 カルナックさまは静かに言う。マクシミリアンの髪を、優しく、撫でる。

「これまでだって、そうしてきたんだ……また、いつか、彼が転生して、私のまえに現れるのを、待つよ。だって、私には、時間は無限にあるのだから」



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