第1章 その29 アイリス、アリス、イリス。そしてイリス+
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気がつくと、あたしは、何もない真っ白な空間にいた。
あれ?
ここ、どこ?
夜会はまだ終わってない……よね?
あたし、いつのまにか眠ってしまったんだろうか。
これは、夢?
『魔力診が無事に終わったようですね。よかったわ』
とつぜん、風が吹き抜けるみたいに胸に声が響いてきた。
それは鈴を転がすような、澄み切った、あどけない少女の、きれいな声。
「すぅえさま!」
あたし、あいりすは、きょろきょろ。
めがみさまは、どこ?
「えっ!? スゥエさま!?」
叫んだのはあたし、月宮アリス。
「女神様!?」
叫んだのは、あたし。イリス・マクギリス。
……えっ。
なんで同時に、三人分の声がしたの!?
あたしは……だれ?
おかしいな、同時に、客観的に外から自分たちを見ているような気もする……?
『みなさん、お揃いですね』
微笑んでいるような、明るく静かな声が、いう。
スゥエさまが、そこにいたの。
まるで光そのもののような、神々しい、それでいて、優しく親しみやすいお姿に、あたし、アイリスは、うっとりと見とれた。
柔らかく光る、青みを帯びた銀色の髪。卵形の小さな顔をふちどり、華奢な肩を覆い、腰まで流れ落ちている光の滝みたい。優しい目は、アクアマリンのような淡い青。薄い唇は、ピンクのバラの花びらのよう。
「みなさん?」
「あたし、なんでここにいるのかな」
「夜会の席にいたような気がするんだけど」
「眠い……」
ん? 一人分、増えた?
『ええ。アイリス、月宮アリス。そしてイリス・マクギリスと、もう一人のイリス。ここは特別な空間ですから。《魔力診》で用いられる《精霊の鏡》と同じ性質なのですよ。だから、あなたたちの意識が、それぞれ独立した姿をもって存在できるのです』
女神さまに示唆されて、周囲を見やった。
あたしは。
あたしたちは。
一斉に、驚きの声をあげたのだった。
だってだって!
みんな、ここに、一緒に、いるのよ!
三歳の幼女、アイリス・リデル・ティス・ラゼル。
十五歳の『女子高生』月宮アリス。
二十五歳のキャリアウーマン、イリス・マクギリス。
そして、一万歳の人造生命、システム・イリスが。
『せっかくですから、自己紹介をしていったらどうかしら?』
スゥエさまが、うながした。
このときどこかで微かな鈴の音がした。
空間に鈴の音の波紋がひろがり染み渡り、浄化していくかのような。
もちろん、この空間はもともと清浄そのもの。穢れを祓われるのは、きっと、あたしたち。
ところで自己紹介って、なにを言えばいいのかな?
『とまどうのも無理はないですね。では、ステータスをみんなが見えるように表示しておきましょう』
キラキラ笑顔のスゥエ女神さまが、おっしゃった。
『では、アイリス・リデル・ティス・ラゼル。あなたからよ。基本情報は、みんなもう知っているから、名前だけでいいの』
「はい。あたしはあいりす。みっつです」
水色の膝丈ワンピース。フリルのついた白いエプロンドレス。
絹の靴下、柔らかに仕上げられた白い革靴。
肩までの、金色の絹糸のような髪には、小粒の真珠をちりばめた銀の櫛を差してある。ティアラみたいに。
「えっと、じゃあ、つぎはあたしね」
黒髪で黒い目、黄色みを帯びた肌色の少女だった。
「月宮アリス。十五歳です」
はにかんだ微笑みを浮かべた。
半袖のかわいい丸襟の白ブラウス。首もとに、大きなチェック柄のリボンを結んでいる。
紺色のボックスプリーツスカートは膝上丈、黒いソックス、足下は黒い革靴。
「じゃあ、次、あたしね。イリス・マクギリス。二十五歳よ」
波打つ長い金髪、エメラルド色の瞳をした美貌の成人女性が、笑った。
黒いカシミヤのコート。黒い毛皮のストール。
動きやすそうなグレーのパンツスタイルに、足元は金色のピンヒール。
「ねえ、最後の人、あなたも紹介しなさいよ。まあ、情報はわかるけどさ。システム・イリスさん」
イリス・マクギリスは、一人、離れて佇んでいた女性に、声をかけた。
腰まで届く、金色の長い髪。
きりりとした眉、瞳はエスメラルダの緑。色は白く、ほっそりとした華奢な肢体。光沢のある純白のドレスをまとっている、若い女性。
「……ねむい。ふわぁ。……あたしは、ただのイリス。システム・イリスは、役職名」
美貌の女性は、あくびをして、答えた。
ところで、彼女たちの頭上には、このとき、文字が浮かび上がっていたのだった。
たとえば……。
まずは、アイリス・リデル・ティス・ラゼル。




