第1章 その28 白と黒、純白の、もふもふ
28
「いい子にしてたら、ごほうびをあげるよ」
カルナックさまが、どこからか出してきたのは、三匹の「もふもふ」だった。
最初に、二匹の子犬。
純白の毛にうっすら灰色のしまが混じった子犬と、真っ黒な毛をした子犬。どっちの子も、コロコロふっくらとしていて、足先が大きいの。
ラブラドールかな?
生まれたてかっていうくらい小さくて。
二匹は、ひざに乗ってきた。
「うわあ! なにこれ反則ぅ! かっわいいっ!」
ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん
鼻先をくっつけて、しきりにアイリスのにおいを嗅ぐ、白犬。
ク~ン、ク~ン、ク~ン、ク~ン、ク~ン
甘えたように鳴く、黒犬。
「かわいい! かわいいっ! あったかい!」
思わず、二匹の子犬を抱きしめた。
そしたら、とどめは。
子犬よりも少し大きい生き物が、ひざに、ぽんと投げられた。
「わぁぁ! うさちゃん!」
純白の毛、透き通った青い目、長い耳をした、ウサギだった。
抱きしめると温かくて、柔らかくて。
「うさちゃん! かわいい! やわらかい!」
夢中になって抱きしめた。
このときは深く考えなかったのだ。
白ウサギの目が、魔力を持っているみたいに青いことについては。
「……はっ!」
我に返って。
あたし、イリス・マクギリスは、赤面した。
「カルナックさま! い、いまのは、不意打ちだったから! あ、あたしが可愛いもの好きだとかそういうことではなくてね! そう、うさぎよ! うさちゃんとか子犬だなんて」
途中で息継ぎをした、あたし。
次に口をひらいたとき、出て来たことばは。
「かるなっくさま! こいぬかわいい! うさちゃんかわいい!」
それは、まるきり幼い子ども、幼女の声で。
三歳のアイリス・リデル・ティス・ラゼル、そのものの、無邪気な声だったのだ。
「あれっ……なにこれ」
そう言ったのは、たぶん、あたし、イリス・マクギリスで。
「かるなっくさま! このこたち、だいすき! かわいいの」
こう言ったのは、たぶん。アイリス。
このときを境に、イリス・マクギリスの意識は、ふっと身体の支配権を失った。
「カルナックさま、酷いわっ」
これだけ、叫んだつもりだったけど、ほんの微かに唇が動いただけにとどまった。
「しばらく、そこにおいで。アイリスの経験も見ているものも、食べるものの味だって、わかるようになっているだろう? たとえアイリスの身体が、今は君の自由には動いてくれなくても、やはり『君も』アイリスに違いないんだよ。それは『月宮アリス』も同様だ」
……なんで、この『もふもふ』たちを?
「おししょうさま、このこたちの、なまえは?」
「本当の名前は、ひみつ」
カルナックさまは、にっこり笑った。
「その名前を知るものは、魔力をかなり吸い取られるからね。だから呼び名をつけてやってくれ」
「え~、わかんない」
……バカね。じゃあ、ともかく「白」と「黒」とかに、しときなさいよ
「あれ? だれかがおしえてくれたよ。ん~とね、シロと、クロ!」
アイリスの口から、その『名前』が紡がれたとたんに。
魔力が、ごそっと抜け出て。
二匹の赤ん坊子犬に吸い込まれた。
すると……
生まれたてのようだった子犬たちが、大きくなったのである。
生後一ヶ月くらい、だろうか。
子犬には違いないのだが。
二匹は喜んで、アイリスの膝から伸び上がって、幼女のほほをぺろぺろ舐めた。
「うわぁ! くすぐったい! きゃはははは」
喜ぶ、アイリス。
「二匹分で、かなり消費したな。これで当分は『魔力栓』もできないだろう」
ひとりごちてカルナックは優しく微笑んだ。
本物の幼女アイリス・リデル・ティス・ラゼルに。
「アイリス。それに、月宮アリス。イリス・マクギリス。そしてもう一人の、君。しばらくはそのままでいなさい。護衛はつけた。しかし、もしもアイリスでは対処できない事態になったら、表層に出てくることを、赦す」
カルナックの紡いだ言葉は銀色の光を放って、アイリスの中に染みこんでいった。
「さてと、二匹の犬たちの名付けで、意外と消耗しているようだから、ウサギは無理だな。帰っておいで『ユキ』。私のところへ」
純白のウサギはアイリスの膝から、カルナックに抱き上げられ、するすると肩によじ登っていった。
「ほうっ」
祝宴に集まった客達は、固唾を呑んで見守っていたのだが、このとき、期せずして全員が、大きく、息を吐いた。
「なんと! ご覧になりましたか」
「あの『漆黒の魔法使いカルナック』の技を!」
「影の中から二頭の魔獣が出て来て、みるみるうちに子犬のように小さく変身して」
「アイリス・リデル・ティス・ラゼル嬢の、護衛にと、つけられたようですぞ」
「素晴らしい! あの子は、カルナック様のお弟子になったと言ってましたわ」
「これでラゼル家も安泰でしょう!」
一斉に、拍手が起こったのだった。
そして客達の推測は当たった。
宴の席についたラゼル家の当主夫妻の右側にアイリス。その隣にはカルナックが座ったのだ。
当主の左側にはエステリオ・アウル。
彼らの後ろに、コマラパ老師と、学院から呼ばれた魔法使いたちが、立った。
魔導師協会が後ろ盾についているという、表明だった。




