第8章 その12 青竜さまと、世界のおさらい
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透き通った、朝の光が差し込んでいる。
振り仰げば空は丸く切り取られたように見える。
手をのばしてみても空は遠く、透き通ったガラスの向こうにあるように見える。
実際にはガラスではなく濃密な水の層なのですって。
もしも、すっごく広くて大きい井戸があったとして、その底から見上げたら、こんなふうに見えるかな?
大きな泉から流れ出す水は川になって村の中を流れている。
ここは『水底の異界』という名前だけれど、空気があって呼吸できて、外の世界と変わらない。
あたしアイリス・リデル・ティス・ラゼルと、サファイア・リドラ=フェイさんは、カルナックお師匠さまに連れられて、青竜さまの治める『水底の異界』の留学生ということになった。
青竜さまのお弟子たち。
ウルっていう男の子、エレイン、オーリーという女の子たちが一番年下。
その上の、キリク、コイユルは女の子。
カルミッド、クシ、ケールは八歳くらいの男の子、
サーリア、セレという女の子、スーリル、ソーンという男の子は、九歳くらい?
みんなの年齢は、自分でもよく覚えていないということなので、推定年齢です。
あたしはみんなの「妹」ポジション。
サファイアさんは「おねえさま」だって、自分で宣言していました。
夜明けに、あたしたちは目を覚まして、起きだします。
空は遠くて、明るいけれど太陽は見えない。そのかわりにこの空間をすっぽりと覆う『天蓋』があって、それが明るくなったり、暗くなったりすることで一日の時間経過を示しているのです。
寝泊まりしているのは、リゾート地のキャンプみたいなところ。大きな平屋の建物で、空き部屋もある。気温はいつも一定で、きっと外で寝ても寒かったりしないだろう。
二人で一部屋が割り当てられていて、あたしとサファイアさんは同じ一部屋で寝起きしています。
部屋には家具はほとんどない。
寝床と机と、着替えを入れている衣装かご。
おふとんはふかふかです。羊の毛を詰めた敷布団に、毛布、羽布団。豪華だけど、自給自足なのですって。
夢も見ないで眠って、朝はすっきりと目覚め。
起きたらお布団をたたんで着替えて、
部屋を出て宿舎の前に集まって体操。ラジオ体操に似たようなものです。
朝ごはんは、トウモロコシか芋のポタージュスープと平たいパンと、ゆでたまご。
作るのは青竜さま。
エプロンをつけて楽しそうに歌いながらやってます。
白竜さまは、手を出しません。
出そうとするのですけど、青竜さまに止められてて、食器棚から、木のお椀とお皿を取ってくださるのです。
すりおろした丸い芋と小麦粉をまぜたパンだねを、かまどで熱くした土鍋の上にのせて焼くのは、子どもたち。
アイリスは、やけどするといけないからって、さわれないの。
青竜さまがお椀にスープを注いで、皿にパンをのせると、みんなはそれを取って、自分の好きな席へ。
大きなテーブルを囲んで大勢の子供たちと、わいわい食べるの、アイリスにはとても新鮮な体験です。
ごはんの後は、テーブルの上を片づけて拭いて、地図やノートを広げて、お勉強。
教師も、青竜さまです。
「よいか我が弟子たち。いつも教えていることだが、おさらいをしておこう。外からの留学生もおるからの」
「この世界全体の名前である「セレナン」、これは《世界の大いなる意思》と呼ばれるものと同じ。
大陸は一つだけで、エナンデリア大陸という。あとは海だ。例外は、ここ、東の端に、海峡を隔てた島国がある。これは大陸とはほぼ接触をしていない、獣神に守られた「扶桑」という国で、大陸の諸国では『極東』とも呼ばれている。
南北に細長いエナンデリア大陸の東側と西側をつらぬく二つの背骨、西の海岸沿いに南北に延びているのは万年雪を頂いた山脈ルミナレス。ここは白き腕の女神の座である。
東側にあるのは、活火山系があるため真冬でも雪を被ることのない黒き峰、夜の神の座ソンブラ。
中央に高山台地。無数の川、湖。大森林。様々の思惑、考え方、暮らし方を持つ、あまたの人々の生きている土地がある。
それぞれの地名、気候、そこでとれる産物などは、じっくり教える。
ゆえに、時間をかけてもかまわぬ、自分に理解できる範囲で、ゆるりとおぼえていくがよい。」
「えー! これ、ふつうに教えてらっしゃるんですか、青竜様?」
サファイアさんは頭を抱えてます。
あたしも同感です!
これ、幼児が教わる範囲でしょうか、カルナックお師匠さま?
あたしたち、もしかして、超スパルタなエリート教室に投げ込まれたのでは……!?
だって先生は青竜さまと白竜さまだもの。
これからの授業も生活も、不安しかないわ!