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第8章 その8 魂の奥津城、深淵をのぞく

         8


「アイリスちゃんは、わたしの可愛い後輩。カルナックお師匠様のいちばん若い愛弟子。エルレーン公国公立学院魔法実践科、期待の新星よ!」


 まだ学院に入学する歳ではないアイリスだったが、周囲では、将来は学院に入りカルナックの講座に所属することは公然の認識であるようだ。


「手のひらを、ぎゅっと握り込んで。『なんか集まれ』って、じーっと考えてみて。で、しばらくして熱くなってきたなって感じたら、ひらいてみて!」


 サファイア=リドラの指導に従って、アイリスは手のひらを強く握った。


(これ、前にやったことがあるわ。守護精霊さんたちが教えてくれたことよ。あのときは……虹色の光が浮かんできたんだわ)


 強く、強く握って。意識して。

「集まって!」


 手を開く。

 浮かび上がっている光は、無色だった。

 角度を変えれば虹のようにきらめく、プリズムのように。


「すごいわ! 無色だなんて、さすが属性の全部盛りね!」

 いつになく興奮した口調でサファイアが言う。


「これって、すごいですか?」


「もちろんよ! わたしやルビー・ティーレだったら属性が偏ってるから無色透明には程遠いのよねぇ……ごほん、それはともかく。次へ進みましょう。その魔力を、力を発動するための推進力に、形作っていくのよ。普通の学生だったら呪文を唱えて魔法を使うとかするんだけど。アイリスちゃんは、もう、そんなレベルじゃ、おさまらないからね。大きすぎるわ」

 サファイア=リドラは肩をすくめた。


「その透明な魔力を、『魔法』を起動するスターターにするの。イメージしにくかったら、いままで体験した、強い感情を。例えば、つらかった、痛かったっていう記憶を、引っ張りだしてみて。暑さや寒さでもいいわよ」


 今まで生きてきたなかで一番、つらかった?

 痛かった? あつかった? さむかった?


 ……そうだ、わたしは……


 ふいに、のどもとまで、せりあがってきた『もの』が、あった。

 のどに、胸に、つまって……。


 体が……

 意識が、飛ぶ。

 くびきを離れて……


          ※



 夢の中であたしは叫んでいた。


 喉が切れて血が出るくらい。


 誰にも届かないとわかっているのに。


 なぜなら、生きている者などもう地上のどこにもいないから。


 空から降ってくる夥しい大火球が、核爆弾のように地上を破壊していく。


 地震、竜巻。津波。


 海水は真っ赤で毒液そのものだ。


 赤く濁った大気も猛毒。


 地面に走る亀裂に、都市ごと転げ落ちて呑み込まれていく。


 その都市もゴーストタウン。人なんて生き残ってはいない。都市どころか村にも山にも海にもね。



 監視カメラは刻一刻と壊れていきモニターは灰色になりノイズに覆われる。


 声を限りに叫んでいたつもりだったけれど、あたしの喉はとっくに焼けつぶれて肺は毒の大気に冒されているから実際には掠れ声にもなっていないのだ。さっきから耳障りだと思っていた雑音ノイズの正体は自分の口から発していた音だった。


 ああ、もうだれも。もうだれも。

 人も獣も植物さえも地上に生きてはいない。


 切り裂かれた大地から噴き出すマグマだけが鮮やかな赤色で目を射る。


 もっともあたしの視力もそれほど残っていない。


 オゾンが大気を削り太陽風がほんの少し以前よりも強く吹きつけている、それだけで、人類も動物も強い紫外線にさらされて視力を失い皮膚は焼け爛れた。


 あたしの神経系シナプスは地上に張り巡らされたウェブに直結して情報を拾っているから、地球が痛めつけられるダメージが自分に直接フィードバックされてしまうのだ。


 だから。


 苦しい。

 皮膚が目が喉が内臓の粘膜が肉が骨が砕ける焼ける痛い痛い痛い痛い痛い!


 今は夜。ありがたいことに深夜。

 監視塔の動力も死んでいく。暖房もできないから身体は凍り付くけれども、もう何も感じられないから平気。


 あたしに課せられた役割は災害の監視者。


 受精卵の状態で凍結された『冷凍睡眠者コールドスリーパーたち』と、電脳仮想空間で生活している、データに変換された『ゴーストたち』の管理官。


 ルート管理者権限を持つ、執政官コンスル


 あたしは人工生命体だから普通の生物よりは頑丈だった。

 けれど、そろそろ限界だ。


 夜空には月だけが白く、まるで大災厄の前のように美しく輝いている。

 あたしが最期に目にするのはこの、月だろう。


 暗く長き夜の支配者よ。

 あたしと同じく地球が滅びて赤色巨星となった太陽に飲み込まれる、未来のそのときまで、大地に縛り付けられている運命の、ただひとりの友。


 体が凍り付いて動かなくて、

 けれど熱くて熱くて熱くて痛くて痛くて痛くて


 たすけて。

 かみさま……。


 もういっそ、すべてを終わらせて。

 あたしを殺して、誰か……!


          ※


 そのときだった。

 シャン、と。

 小さく、けれど、はっきりと。

 鈴の音が、空気を震わせた。


「アイリス!」


 誰かの手が、あたしの手首を、掴んだ。

 力強い腕に引き上げられていた。


「戻っておいで。君の師匠である、この私のところへ」


 あたしは、大きく息をついた。

 開かないはずの、目が、ひらいた。


 そこにいたのは……

 夜の闇を切り取ったような漆黒の衣をまとい、黒髪を長くのばした青年だった。


「魂の深淵を、覗き込まなくてもいいんだ。……今は、まだ」




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