第1章 その26 コマラパ老師と青い竜神
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「前世の記憶が、よみがえったようだな」
落ち着いたきれいな声がして、目を開けた。
目の前にいるのは、長身で、長い黒髪に青い目をした、超絶イケメン。女性かしらって思うくらい、キレイな人。でもきっと、男性だと思う。
だって、ドキドキするくらい、かっこいいもの。
「私はカルナック・プーマ。魔導師協会の会長をしている。君は、イリス・マクギリスだな」
鋭い目をして、あたしを問い詰める。
質問ではなく、確認しているというだけの、断定だ。
「ええ。……思い出したわ。あたしはイリス・マクギリス。マンハッタンに住んでた。キャリアウーマンだったのよ。仕事が忙しくて心臓に負担かかってるって主治医に言われてたのに、休みの日にセントラルパークをジョギングしてて、倒れて。それで、死んだんだわ……」
我ながら、あのときは無茶してた。
仕事で貫徹続き。
ストレスで狭心症の疑いありと医師に助言されてたのに徹夜明けにジョギング。バカだった。
「そして、この世界に転生した。君を歓迎するよ、イリス・マクギリス。そしてアイリス・リデル・ティス・ラゼル嬢。《青き清浄なる大地》と讃えられる、《世界の大いなる意思》の統べる世界、セレナンに、ようこそ」
にこやかな笑みを浮かべる、イケメン。
ん?
どうしてこの人は、自信たっぷりに言いきれるの。
まるで、この世界が全て自分のものであるかのように。
あたしは疑い深い目をしていたのかしら。
イケメンは、にやっと笑って。
「そうだよ、この世界は、私のものなんだ。私はこの世界に《世界の大いなる意思》セレナンに愛されて、恩寵を一身に受けている存在だから」
「あたしの考えてることがわかったの?」
「君は、わかりやすすぎて、面白い」
イケメンは、くくく、と、笑った。
悪役かっつーの!
「私に弟子入りしたいということだったが、気は変わっていないかな?」
「もちろん変わってないわ。このあたし、イリス・マクギリスは、有能なキャリアウーマンだから。ハナがきくのよ。すっごく仕事のできる上司って感じのニオイが、ぷんぷんするもの!」
「君は、犬かね? 面白い表現だ」
「うふふん。あなたがテノール青年の事件を裁いた手際のよさ、感服したわっ! 学びたいわ。自分で言うのもなんだけど、この身体、アイリス・リデル・ティス・ラゼルは、家柄がよくて、身体は虚弱で『魔力』をたくさん持っているようだけど、でも、王でも貴族でもない。それって、危険なんでしょ?」
「ほう。さすがに社会人だっただけはある。アイリスの置かれた立場の危うさをよく理解しているのだな」
「権力者が欲するものを持ってる平民なんて、獲物でしょ。前世であたしのいた時代は身分制度こそなかったけど、人種や財産、ステータス、社会的な立場とか、いろいろな格差は、明らかにあったから。早い話が、権力があれば犯罪も揉み消せるってこと。ここは異世界でしょうけど、人間って、そんなに変わらないんじゃないの? だったら、アイリスは、おいしい……じゃない?」
「はなはだ不快ではあるが、その推測は、当たっている」
眉をわずかにひそめた。
「カルナックさまは面倒臭いやつらに対抗できるのでしょ? だからそんなに堂々としてるんだわ」
「目の付け所はいいね」
「あたし、あなたの弟子になりたい。アイリスとアイリスもきっと『弟子入り』したいって言うわ。理由は、あたしと違って、危ないところを助けてくれたとか、かっこいいから、ってとこでしょうけど」
「面白いな。本当に面白い。私は、もう長いこと生きてきたものでね。近頃は、少しばかり退屈している。君を弟子にしよう。約束する。王侯貴族にだって、君と大切な家族に手は出させないよ。私とコマラパには、その立場と力がある。ごらん、あれを」
カルナックさまは、コマラパ老師さまの姿を指した。
「イリス・マクギリス嬢。アイリスやアリスより観察力があって魔力を運用するのにたけている君なら、あれが見えるはずだ」
エステリオ叔父さまやお父さま、お母さまと話をしている、コマラパ老師さま。
注意して。
目をこらした。
そうしたら、見えてきたの。
「……え? コマラパ老師さまを、光が包んでいる?」
「見えるかい。あれは『加護』だ」
二種類の光が、あった。
一つは、青くて。コマラパ老師さまの左肩から腕にかけてを、半透明な衣服みたいに覆っている。
もう一つは、白い光だ。
コマラパ老師さまの、右の薬指に集まっている。
「右手に白い指輪? それに左腕に青いブレスレット? 形はよく見えないけど……すきとおった青と、もう一つ……半透明な白い光が、コマラパさまを包んでいるわ」
「ほほう。そこまで見えたか。なかなか高性能だな。目をこらしてごらん。本質を観るのだと意識しながら」
「はい? 本質を観る、って?」
注意されたように、目をこらして。
「ふえっ!?」
驚いたものだから、あたしはヘンな声をあげてしまった。
「どうした」
「だって! あれ、あれは、ドラゴン!? 小さいけど!」
コマラパ老師さまの肩には、青い鱗に覆われた小さなドラゴンが乗っているの! 翼もあって、ときどきパタパタ羽ばたいたりしてるのよ!
「あっ、あのドラゴン、あたしが『観てる』のに気づいた!? やだ、ウィンクした! かわいいっ」
「カエルレウム・ドラコーのやつ。女子が観ているからと茶目っ気を出して!」
「え? カエル?」
「あれはイル・リリヤ直属の《色の竜》が一柱《青竜》の、分霊。分身みたいなものさ。コマラパの師匠である、青い竜神だ」
「えっ! コマラパ老師さまのお師匠さまは、ドラゴンじゃなくて竜神? 神さまなの?」
「ああ、エナンデリア大陸中央、大森林と呼ばれる密林にある国の、聖なる泉の底に住んでいる。そこの地名を君に言ってもわからないだろうが。あの竜は分身を《憑けている》のだ。弟子のコマラパを守護、指導するためにね」
「ほんとうに全くわかりません。けど、それって、ものすごいことですよね?」
「ははははははは」
思いっきり、爆笑されてしまった!
ふと、あたしは。こわいもの見たさで、カルナックさまに目をやった。
観て、しまった。
カルナックさまは、やっぱり、ただものじゃなかった。
全身を、二重、三重、幾重にも取り巻いている、銀色の鎖。
鎖ではあるけれども、それらはとても弾力があって、しなやかで、強靱で。
まるで銀色の鳥籠のようにも見えて。
強力に守っていると同時に、縛りつけているかのよう……
「観たのか、私を」
凍り付くような視線を向けられ、あたしは縮み上がった。
「ひぃ! ごごごめんなさい! もうしませんっっ」
こんな恐怖を感じたことは、後にも先にもないわ。
「まあ、いい。君が観たものを誰に言っても信じないだろうし。それにしても、なかなか性能のいい分析スキルだ。今の『観測』で、君のスキルは数段階、上がったよ」
にっこり笑ったカルナックさまが、こんなに恐ろしいとは。
アイリスの守護妖精たちが、びびってたわけだわ。
あたしは早くも、弟子入り志望したことを後悔し始めていた。
いや、でも。
この世界で、アイリスが生き延びるには、恐ろしくも頼もしい『漆黒の魔法使いカルナック』さまに師事して学ぶしかないんだわ!




