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転生幼女アイリスと虹の女神  作者: 紺野たくみ


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第7章 その44 禍津日神、忌み名の神

         44


「忌み名の神が、願いなど何も叶えてはくれぬと?」

 ヒューゴーお爺さまの顔が、奇妙に、歪んだ。

 笑っているのだった。

「アイリス、マウリシオ、アイリアーナ。おまえたちは何も知らん。この世界は人間のものなどではない。わしらは神々の気まぐれで生かされ遊ばれているだけだ。わしとてラゼルの分家すじの末子、余り者だったが、後継ぎが死に絶えてお鉢が回ってきたのでな。だが、わしは幸運とは思えなかった。次に死ぬのは自分だと怯えたよ。そんな時だった、名を秘す神のお声が届いたのだ。これぞ無上の喜び。忌み名の神とは闇に隠された真の最高神。このお方にすがり願うよりほかに、この現世という地獄を生き抜くすべがあろうものか……?」


「狂信者か! くそジジイ、あんた信じる神様を間違ってるよ!」

 ルビー=ティーレさんが、吐き捨てる。


「なんとでも、吠えろ。誉め言葉にしかならぬよ!」

 ヒューゴーお爺さまは、甲高く、耳に突き刺さるような笑い声を、高らかにあげた。


「どうなさったのでしょう、先代様は」

 お母さまは、あたしを強く抱き寄せた。


「ろくでもない親父だが、忌み名の神の狂信者だったとは!」

 お父さまは、忸怩たる思いで、歯噛みをする。


 女神スゥエさまは、首都シ・イル・リリヤは魔力がとてもたくさん張り巡らされてて、なかなか顕現できないっておっしゃってた。スゥエさまに、お会いできたら……!

 セラニス・アレム・ダルに魅入られたお爺さま、セラニスに奪われたエステリオ叔父さまを。もとに戻すことなんて、できそうにない気がして、怖かった。


 この世の最高神である、真月の女神イル・リリヤさま。

 第二位の神は、イル・リリヤさまの息子『青白く若き太陽神アズナワクさま』

 そして第三位の神は、誰も名前を口にしない、忌名の神。


 皆は恐れているから、三番目に偉い神さまってことにしたんだ。

 エステリオ叔父さまも言ってた。

 それは災厄の神、日本で言う『禍津日神(まがつひのかみ)』なのではと。


 夜空に白く輝く真月の女神イル・リリヤ様の子だと言う、もう一つの、小さな、昏く赤い月。

 人は、それを『魔眼』と。あるいは『魔天』『魔の月』と、さまざまな別名で呼ぶ。

 真名を口にするだけでも災いが起こると恐れられているから、誰も滅多なことでは、その名前を呼ばない。

 ただ、祈祷書という、神々と祈りの言葉について記された書物には、その名がある。


 セラニス・アレム・ダル。

 けれど、その語源も意味も、どこにも記述されてはいない。


  ※


 時間のゆとりは全くなかったのに、あたしは、以前、女神スゥエさまに教えてもらった、この世界や神々について考えてしまっていた。

 目の前の、あまりにも非現実的な光景から、目をそむけたかったんだ。


 ほんの少し前まで、賑やかに晩餐会が行われていた大広間なのに。

 信じられないほどの惨状だ。

 料理が並べられていた大理石のテーブルは横転して壊れていた。

 床材も土台の石積みもすべて突然起こった爆発で破壊されて、むきだしになった地面。


 なんであんなものが、広間の中央にあるのだろう。

 深紅の、巨大な円形の印。

 それは鮮血の色をしていた。生きているかのように脈打っていた。


 セラニス・アレム・ダルは、空中から、ゆっくりと降りてきて、あたしとお父さま、お母さま、ティーレさんがいるテーブルに、再び近づいてきた。


 お父さまとお母さまは、あたしをしっかりと腕に抱いた。

 何が起こっているのか皆目わからないまま。


 エステリオ・アウルの身体を乗っ取ったセラニスが。

 楽しそうに、やってくる。


「おいでよ、アイリス・ティス・ラゼル。きみは、ぼくの婚約者だ」


「あたし名乗らなかったわ。なぜわかったの」


「もちろん、ぼくがエステリオ・アウルだからに決まってるだろう」


 お母さまは、あたしを強く抱いたまま、離さない。

「違う! あなたの中にある『力』は大きいけれどエステリオ・アウルの魔力じゃない。あなたは誰なの。エステリオの顔をして、でも髪も目の色も、魔力も、何もかもが別人だわ。わたしたちの大切な娘には触れさせない!」


「面白いこと言うね、この状況を見て、それでも抗う? 儚い身の、人間が。……命令だ。アイリスを渡せ。別に、力ずくでも構わないけどね」

 冷酷に笑う。


 そのときだった。

「アイリスに近づかないでください。わたしの大切な義妹だ」

 優しくて力強い声がしたの。


「え、エルナトさま!?」


 まるで風が吹き抜けたようだった。

 シロとクロが、エルナトさまを背中に乗せて大広間を突っ切ってきたんだわ!

 二頭が巨体をゆすり、立ちはだかる。


「そしてエステリオ・アウルも、おまえの玩具になど、させません。大事な親友なので」

 エルナトさまは、手にした小さな鈴を、振った。

「お師匠様からお借りした、退魔鈴というものです」


 音はしなかった。

 無音のまま、振動が、あたりに伝わる。

 見えない水面に、輪がひろがる。


 あの禍々しい赤い円環の脈動が、少しだけ、弱まった!?


「え~。広間の外から助けにくるなんて興覚め。義理妹? ああ、そっか『代父母』と『代理兄姉』か。カルナックめ、念のいれようが激しいな」


「エルナト! よく来てくれた。しかし有り難いが、コマラパ老師は、とどまって獣神さまをお守りしろって言ってたじゃないか」

 ルビー=ティーレは、にやりと笑って、白い従魔の背から降りて来たエルナトの胸を叩いた。が、力が入りすぎてエルナトをよろけさせたのだった。


「双子たちにはギィ殿と竜の姫がついているから、わたしはむしろ背中を叩いて追い出されたんでね」


「……楽しそうだね。無視しないでくれる? ここは、ぼくの攻撃するところだろ?」

 セラニス・アレム・ダルは、不機嫌そうだった。


「退魔鈴だって、ムカつくな! だけど魔獣を連れてきたのは間違いだったね。地上にあふれた魔物は全て、ぼくの支配にくだることになってる。たとえ、ヒトの手に従属したものであってもだ! 襲え! 夜王! 大牙!」

 セラニスは、シロとクロの種族名を叫んだ。

 とたんに、二匹のようすがおかしくなった。目が赤く光って、ぶるぶる震えて、大きくジャンプして、とびかかってきたの!

 あたしは夢中で、

「だめ! シロとクロ、戻って!」

 間一髪。

 二頭とも、あたしの影の中へ入っていった。

 なんとかモンスターみたいに、そこでしばらく休んでいてね。


 いざというときのためにカルナックお師匠さまに教わっていた対処方法を、なんとか思い出したの。

 もとは魔物だから、従える力が弱くなったら、逆らうかもしれないって。

 カルナックさまくらい魔力が大きかったら二頭も、反抗なんてできないだろうけど。


 危機を乗り切ったと思ったんだけど。

 気持ちに、隙がでたのだろう。

 セラニスが、右手を大きく振った。

 

 たちまち、空気を切り裂く竜巻が起こった。


 さっきは風の精霊シルルが助けてくれたのに、いまは、ひとりも、守護精霊たちの姿が見えない。

 どうかしたのかしら?


 突風で、あたしは空中に高く吹き上げられた。

 お父さまとお母さま、ルビー=ティーレさんとエルナトさまは飛ばされて、激しく床にたたき落とされた。


 みんな、倒れたきり起き上がれない。

 体を起こそうとしたルビーさんとエルナトさまの身体から、透明な陽炎がたちのぼって、赤い円環に吸い込まれていく。まるで生命を吸い取られているみたいだ。


「やめてぇっ!」

 必死で手をのばした、あたしは。

 空中で、捕まえられた。

 子供のような顔で笑う、アウルの姿をしたセラニス・アレム・ダルの腕に。


「捕まえた! アイリス。きみも、きみの中の『虹』も、もう、ずっとぼくのものだよ」

 晴れやかな笑い声をあげる、セラニス。


「離して、エステリオ叔父さまを返して!」


「それは無理。できないなあ。だって、この身体は本来、ぼくのために用意されていた空っぽの器だったんだから。エステリオ・アウルが四歳になったときに、念入りに魂を壊してもらったのは、そのためなんだ。レギオン王国の変態に売られたのは、まあ、ちょっぴり、やりすぎ。予定外だったけどね」



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