表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
251/363

第7章 その29 アフタヌーンティー(5)アイリス、お茶会へ

         29


 セーフルームの床に描かれていた転移魔法陣が、銀色に輝いて、浮かび上がる。


 事前に打ち合わせていたとおりに、まずはエステリオ・アウルが転移魔方陣に踏み込んだ。

 間をおかずに、つづいてあたし、アイリスが。

「さあ、行きなさい」

 カルナックお師匠さまの声に、背中を押されて。


 だけど、ドキドキする。

 転移する先はお披露目会場ではなくて、お父さまとお母さまが待っていてくれる控室だと、わかっているのに。


「アイリスちゃん、わたしたちも一緒よ。手を握っていましょうね」

「大船に乗った気持ちで、どーんとまかせな!」

 サファイアさんとルビーさんが、右と左の手をそれぞれ、ぎゅっと握ってくれた。

「わわわん!」「くーん」

 シロとクロも、力づけてくれるように声をあげて、あたしの影の中に沈んでいく。

 あたしは大きく息を吸って。

 一緒に、魔法陣に足を踏み入れた。


         ※


 魔法陣で転移する瞬間は、ごく短いのだろうけど、あたしにはひどく長く感じた。エステリオ・アウルの姿が消えていくのを見たときの怖さは、たとえようがなくて。……でも、誰にも言わないわ。


 銀色の靄に包まれる。

 両側にいるはずのサファイアさんとルビーさんの存在が、感じられない。

 とつぜん、たったひとりで放り出されたみたいに、たまらない不安がこみあげてくる。

 ここは、どこ?


『その不安は理由のないものではないわ』

 ふいに、懐かしい、優しい声が胸に響いて、あたしは周囲を見渡した。

 けれどもあたりは白い霧に閉ざされて、何も、見ることはできなかった。


「女神さま! スゥエさま?」


『やっと声を届けられるわ。シ・イル・リリヤには大勢の魔法使いがいて、守護のための強力な魔法を常時展開しているせいで、なかなか連絡できなかったの』


「スゥエさま? どこに?」


『今も、声を届けるしかできないの。残念だけど。わたしは、アイリスに伝えておきたいことがあって、話しかけているのよ』


「伝えたいこと? それはなんですか?」


『六歳の誕生日を無事に迎えた祝いの席はめでたい、けれど慶事には隙が生じるもの。あなたには守護精霊たちがいるから大丈夫だけど……エステリオ・アウルに、気を配ってあげて。ターゲットは……昔と同じなの。まだ、エステリオ・アウルは……』


 それきり、スゥエさまの声はとぎれてしまった。

 しだいに霧は晴れていき、あたしは通常の空間に戻ってきた。

 ここは居間のひとつ。お茶会の会場になっている中庭へつながる扉がある。だから控室になっているのだ。

 お父さまとお母さまがいるところ。

 お母さま専属メイドで実は護衛でもあるレンピカさん、マルグリットさんたち、それにローサ、メイド長のエウニーケさんも来ていた。


「アイリス!」

 お父さまとお母さまが呼んでる。

 あたしが魔法陣の上に姿を現したのを見て、二人とも急いで駆け寄ってきた。


「お母さま! お父さま!」

「無事でよかった」

「離れていた間は、とても心配だったのよ」


 お父さまとお母さまは、あたしのお支度を見て、嬉しそうに、目を細める。

 ヴェールをかぶっているから、よく見えないのではないかしら?

 ティアラも隠れてしまってないかな?


 心配していたら、サファイアさんが、ヴェールを少し持ち上げて、顔の部分だけ見えるようにしてくれた。

 そういえばサファイアさんはカルナックさまと遠い親戚だって前に言ってたっけ。だからなのか、サファイアさんには、ヴェールを上げたりできるんだわ。


「すてきなドレスね。大公様御用達のルイーゼロッテさんだもの、きっと素晴らしいだろうと思っていたわ。だけど予想以上のできばえよ。もっとよく姿を見せて」


 期待に応えて、あたしは、くるりとターンしてみせる。

 ヴェールがひろがって、とても奇麗。ついでに神秘的な効果をあげているにちがいないわ。


「エステリオ叔父さまは? 先に会場に入ったの?」

 答えてくれたのはエウニーケさんだった。

「ええ、さようでございますよ、お嬢様。コマラパ老師様や、魔法使いの方々とご一緒です」


 お母さまは、あたしを抱き上げ、頬を寄せた。

「そのティアラはね、わたしもお披露目の時につけたものなの。今は外から見えていなくてもかまわないわ。きれいなものを身に着けていると思うことは、心の支えになるのよ」


「お母さまも、お披露目会でつけたティアラなの? アイリスうれしい!」

 ぎゅっと、お母さまにしがみつく。

 あたたかさが、伝わってくる。

 ふだんから、そんなに抱っこしてもらったりしないけど……良家のお嬢さまって、めんどうなの……こんなチャンスがあれば、アイリスは遠慮しないもの。

 あ、今、すごく、六歳幼女アイリスの本来の感情になってた。


 そのとき、

 転移の魔法陣が再び銀色に光って、カルナックさまが姿を現した。


「カルナック様。このたびはアイリスのためにいろいろとお骨折りを頂きましてありがとうございます」

「お礼のしようもございません。我がラゼル商会は、カルナック様と魔導士協会のために、いかようにも尽力させていただきましょう」


「ありがたいお申し出です。お互いのためになる関係でいたいものです」

 カルナックさまは、ふわりと笑う。


「さて今からが正念場です。招待客は善意の者ばかりではありません。彼らはこう考えているでしょう。許婚と公表されている相手はどこの誰か、名目だけの許婚ではないか。付け入る隙があるか。隙あれば自分たちの息のかかった者を代わりの婚約者にと推挙するつもりだ」


「まあ! 恐ろしい!」


「ご安心を。奥様。我々に全てお任せください」

 爽やか笑顔のカルナックさまだけど、あたしはふと、夜中の通販番組を思い出したのでした。


「よかったわねアイリス。エステリオもこんな頼もしい方たちと親しくしていただいて、安心だわ」

 お母さまが頬を染める。

「わたしの実家は小さな商家だったから、お披露目は簡単に済ませたのよ。あなたには、素敵なお披露目会をしてあげたかったの」


「我が家のお姫さま。お手をどうぞ」

 お父さまの差し出した手を、あたしは握った。


 エウニーケさんが、扉を開ける。


 茶会が行われている、お父さまご自慢の、中庭へと。


 お父さまに誘われ、ヴェールで顔を隠した、あたしはゆっくりと歩く。

 隣にはお母さまがいて。


 嬉しくて、だけど、ふいに、あたしは泣きそうになる。


 アイリアーナお母さまは、前世のあたし、21世紀の東京に住んでいた、月宮アリスのママに、雰囲気が似ているから。

 あたしはパパとママより先に十五歳で死ぬなんて親不孝をしてしまった。


 ママ。パパ。ごめんなさい。

 あたしは、ここで、異世界セレナンで、生きているよ。

 伝えられたらいいのに。


「どうしたのアイリス。不安なことは何もないのよ」


「ううん、お母さま。うれしいからなの」


 笑顔で、そう答えた。

 決心してる。

 今のお母さまとお父さまには、うんと親孝行をするんだ。


 あたしは決意を新たに、茶会の席へと足を踏み出す。

 エステリオ・アウル叔父様……あたしの、大切な許婚も、そこで待っていてくれる。


 けれど、ふと不安がよぎる。

 あのスゥエさまの忠告。


『ターゲットは……昔と同じ』


 どういうことだろう?

 館の廊下を、お父さまとお母さまに挟まれ、サファイアさんとルビーさんがいるのを感じてゆっくりと歩きながら、あたしは、考えていた。


 この時点では、よくわかっていなかった。

 もっとよく考えておかなくちゃいけないことだったのだと、あたしは、後に、痛感することになる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ