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転生幼女アイリスと虹の女神  作者: 紺野たくみ


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第7章 その24 呪われた宝石

         24


「いよいよでございますね」

 エウニーケさんはテーブルに置かれたベルを取って鳴らした。小さなベルだけれど、決して大きくはないはずの、その涼やかな音は、静かに、けれど確実に、邸内に響いた。


 リィン!


「ふふふ。始まりの合図だね」

 カルナックさまが微笑むと、なぜかサファイアさんとルビーさんは青ざめて、シロとクロを脇に引き寄せた。


 双子のパオラさんとパウルくんはソファに座って、きょとんとしてる。

「たたかう、ない?」

「ごはんも?」

 残念そうだ。


「アイリスのためにありがとう、二人とも。パウルくん、だいじょうぶ、晩ご飯はもうじきよ。おいしいごちそうがいっぱいあるわ」

 ふたりの気持ちが嬉しくてお礼を言う。


 カルナックさまは、エステリオ叔父さまに助言をしてくれていた。


「もうそろそろ、自信を持ちなさい。可愛い弟子に、私は達成できない課題を与えたりはしない。だから、今度こそアイリスを守り通すのだ。そのために我々魔導士協会は全面協力する。個人的に従魔も貸したしアイリスの守護妖精たちもいる」


「はい、お師匠様。お力添え感謝いたします」

 ひざまずいたままだったエステリオ叔父さまは立ち上がり、カルナックお師匠さまに深く一礼をする。


 そしてあたし、アイリス・リデルも、心を決める。

 本当はもうずっと前から。前世から、決まっていたの。


「叔父さま……ううん、許婚だもの、これからは名前で呼んだほうがいいのよね? エステリオ・アウル。わたしもがんばる。シロとクロも、みんなも助けてくれるもの」

 そしたら叔父さま(頭の中では、つい、叔父さまって考えてしまう)は、赤くなった。


「呼び名はまだ変えなくてもいいんじゃないかな」

 笑顔がこわばってる。

「そうかしら? じゃあ、今までと同じ呼び方でいいの? エステリオ叔父さま」

「う。うん。わたしの、アイリス……」


「やだ照れてるわ可愛いわねえ」

「リア充かよ~いいねえヒューヒュー」

「大先輩方、あまりからかわないで、あたたかく見守ってやってくださいませんか。堅物のアウルが柔らかくなったのはアイリス嬢のおかげなんですよ」


「「だ、か、ら、大先輩言うな!!」」

 サファイアさん、ルビーさん、エルナトさんの掛け合いで、場の空気がやわらいだ。


 こうして、この日の午後。

 六歳誕生日を迎えたお祝いと、親戚、取引先、ご近所さまたちへの、お披露目の晩餐会が始まる。


          ※


 メイドさんたちが革張りのケースを次々に運び込んでくる。 

 ドレスが入った、一抱えもある大きなものから、アクセサリーをおさめた、掌にのるくらいの小さなものまで。


「素晴らしいですわ。大公様の御用達、ルイーゼロッテ様がお嬢様のためにドレスを仕立ててくださるなんて」

「獣神様方の装いもですわね」

「アクセサリーも」

 興奮状態でメイドさんたちがさざめく。


 けれど、ケースの中身を取り出すことができるのはルイーゼロッテさんが許可しているエウニーケさんだけだ。

 エウニーケさんが蓋をあける。

 とたんに、中から澄み切った青く光る水が流れ出てこぼれてきたように見えた。


「メイド長! 大変です、水が」

「床が濡れてしまいます!」


 あわてるメイドさんたちを「落ち着いて」と制して、光る水のなかへ手を入れたエウニーケさんは、ゆっくりと、手を引き上げていく。


 大きな箱に入っていたのはシンプルな、フリルもレースもついていない、すとんとしたシルエットのワンピースだった。スカート部分に違う素材の布が付けてあるデザイン。

 けれど、誰の目にもあきらかなのは、材質の違いだ。

 光沢のある白い布地に、金色の薄い生地、そして青白い光を帯びた銀色の生地が重なっている。


 同じデザインのドレスが三着ある。

 あたし、アイリスと、パオラさんとパウルくんの盛装だ。


「なんて奇麗な」

「宝石みたい!」

「こんなに輝く生地があるなんて初めて見るわ……」


 メイドさんたちが、魂をわしづかみにされたように、うっとりとした表情で、声を上げた。


「土台になっているのは神事に用いられる祭祀用の装束でございます、お嬢様。極東の島『扶桑』特産の白絹布で、重ねてあるのが幻と言われている『黄金絹布』と精霊の御使い銀蜘蛛の織った『銀絹布』。容易にヒトの手に入るものではないのでございます。これぞ精霊に愛されたカルナック様なればこそ、お嬢様のためにわざわざご入手くださったのです」

 あえて口に出して特別な盛装であると強調するエウニーケさん。


「……」

 メイドさんたちの声もない吐息が漏れる。

 エウニーケさんは笑顔で、パン、パン、と手を叩いた。


「さあさあ、みなさん! お嬢様のお仕度を急いで」

「はい!」


「サファイアとルビーは、パオラ様とパウル様のお着替えを」

「はっ!」

「了解です!」


 ところで、あたし、軽~く疑問を感じたのだけど。

 パオラさんとパウルくん、二人とも、あたしと同じ服で、いいのかな?


「もちろん構わない。お披露目の盛装は古代の神事に用いた原点に立ち返ると、ルイーゼロッテは言ってたからね。そもそも伝統的な装束には男女の区別もなかった。魔法使いや神官の装束を見ればわかる通りに」

 自らが纏っている漆黒のローブを見せつけるように、ひらりと身を翻す、カルナック様。


「カルナックさま、まるであたしの考えてることわかってるみたいです」

「前にも言ったけど、君は非常にわかりやすいのさ」

 楽しそうに、お師匠さまは笑った。


        ※


(どうしてこうなった)

 エステリオ・アウルは焦り、困惑していた。

 子ども部屋の壁と向き合って。

 部屋の中央では、アイリスを囲むメイドたちの賑やかな声がしている。


 そこは戦場だ。

 思えばエステリオはエウニーケに誘導されたのだった。


「お嬢様のお召し替えですわ。アウル坊ちゃま、後ろを向いていてくださいませ」


「えっ!? あ、はい!」

 エステリオ・アウルは素直に後ろを向いた。

 アイリスを護るのが許婚の努めとカルナックに指示されているので、逃げ出すわけにいかない。たとえ毎日顔を合わせているメイドたちに、かつてないほど生暖かい視線を注がれていても。


 女性の戦場は、遠慮が無い。

 すぐそばに男性がいてもお構いなしで、「お嬢さまの服をすっかり脱がせて!」「下着も替えて」などとあからさまに口にする。わざと言っていたのかもしれない。


 ドレスと小粒の月晶石ルーナリシアを散りばめた白銀のティアラが、ルイーゼロッテから届けられた。

 手首にはカルナックが用意した精霊白銀のブレスレット。ここまでは決まっていた。

 そこに添えるアクセサリーをブローチにするかネックレスにするかで、朝から数人のメイドが争っている。

 メイドたちは、そこに自分のこだわりの一品を足してもらえたらと懸命なのである。


 エウニーケは、アイリスの黄金の髪に編み込みを施している。

 いつもならサファイアに任せているが、そのサファイアと、加えてルビーは、ラゼル家にとって重要な客人である『扶桑』の獣神、パオラとパウルに着替えをさせることに専念していたからだった。


「さあお坊ちゃまも!」

 嬉々としてエウニーケはエステリオ・アウルに迫る。

「お嬢さまの正式な『許婚いいなづけ』として皆様にご披露なさるのですよ。カルナック様から、これに着替えさせよと、お預りしております」


 それは一見シンプルな白い亜麻のローブに、襟元や裾に銀糸の縫い取りがされたものだった。もちろん亜麻を白く晒すのには多くの手間と時間が掛かっている。


 エステリオ・アウルは、難色を示した。

「これは『覚者かくしゃ』が式典でまとう装束だ。わたしはまだ学生の身、一人前の魔法使いではないから、これを着る資格はない」


「坊ちゃまはそうおっしゃるだろうって、カルナック様からのお達しです。『どうせ違いのわかる者などいまいが、公式の場だし箔をつけておけ』と」


「……お師匠様に遊ばれている気がする……」

 エステリオ・アウルは観念してローブだけ替えることにする。

 着替え終わった頃、背後で、メイドたちの歓声があがった。


「まあ、お可愛らしい!」

「すてきですわお嬢様!」


 振り返ってみると、アイリスが、ルイーゼロッテの仕立てたドレスに、白絹の靴をはいて立っていた。


「よく似合うよ」

 思わず、笑みがこぼれた。

 しかし、その笑みは次の瞬間に凍り付く。

 アイリスが手首につけている精霊石をはめこんだブレスレットが、バチッ! と激しい音とともに青銀色の細かい稲妻が全身を覆ったのだ。


 同時に、アイリスの背後に立っていたメイドのエマが、弾き飛ばされた。

 その手には深紅に輝く星辰輝陽石ソルフェードラのペンダントが握られている。アイリスの首に掛けようとしたのだろう。


「待て! 呪われたものをアイリスに触れさせるな」

 エステリオは叫ぶと同時に、エマの手首をつかんで後ろ手にねじ上げ、片手でアイリスを引き寄せる。エマの処遇は、即座に飛んできたティーレとリドラに任せた。


 中央に星のような条光スターが走った星辰輝陽石ソルフェードラのネックレス。

 もともと輝陽石フェードラは、グーリア王国で好まれている、鮮血のように赤い宝石である。


 サファイアとルビー、エルナトがエマを問い詰めたところ、無表情で「先代様から直接、渡されたのです。これがよいと思ったからお勧めしたのです」と、抑揚のない口調で言い張るばかり。


 ティーレとリドラはエマに対して魔力の痕跡を走査し、「黒。真っ黒」と答えた。

 エマの身柄は、カルナックが引き取る。


「もし身につけていたらと思うと、ぞっとするよ。エステリオ・アウル、君が気づいて防げたのはお手柄だ。さすがに許婚。面目躍如だね」


「ありがとうございます。ところで師匠、わたしの装束ですが」


「それくらい我慢したまえ。きみの可愛いイーリスのためならできるだろう? 今ここに何十人の魔法使いが『目』と『耳』を飛ばしていると思う? 公式の発表だ、プライバシーは、ない」


 カルナックはエステリオ・アウルの肩を叩いて、にやりと笑った。


「出番はもうじきだ。観客も揃っている。覚悟はいいな?」



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